14.夜空の下で
お読みくださり有難うございます。
『父上』
茶を楽しみながらゆったりと過ごしていると、姿勢を正したユリオがシオン見る。
『改まってどうした?』
『フドル家の2小隊、私の直轄に入れてもよろしいですか?』
『ユリオ何故そうしたいと思った?』
ユリオが提示した希望に、シオンが手を組み少し考えてから尋ねた。ユリオは真っ直ぐその目を見返し言った。
『今まで国内の事を学んできました。まだ全てを学べたとは思っていません。しかし国内を良くするだけでは、意味が無いと、国外の事も学んだ上で、より国を良く出来るのではないかと思ったからです。』
『とユリオは言ってるが、スノードどう思う?』
隣で成り行きを見守りながらお茶をしていたスノードはカップをソーサーに静かにおき、少し考えてから言葉を発した。
『学ぶ事に終わりは無いので、良い事だと思いますが、今まで近衛部隊だけだったのが3小隊になりますからね。部隊をまとめる者が必要になるかと』
『ヤナギが、適任だと思っております』
『ヤナギ殿なら心配ありませんが……』
少し言葉を濁した叔父スノードに、父は一つうなづき言った。
『よしユリオ、フドル家の2小隊お前の直轄に入れるのは良しとしよう。しかしそれは年末とする。それまでに必要な事は何かを考えて行動しなさい』
『はい、父上』
***
「はぁ〜」
ユリオの重たいため息が、静かな空間に流れた。
ユリオがいるのは、東の宮屋上部分にある温室で、一面ガラス張り出来ており外の天気に惑わされず、空を見上げたりする事が出来るお気に入りの場所だった。
因みに、空を見上げた時に、骨組みが邪魔しないよう職人が、持っている技術を総動員して作り上げた為、中に居るのにそれを感じさせないのが、この温室の魅力だと作り上げた職人が語っていた。
ユリオは、先程から1人床に寝転がって、夜空を観ながら反省会をしていた。
「父上が年末にと言っていたのは、地盤を固める準備期間の為だったのにな」
あの場に他の者が居なくて良かったと、キョウに怒られた時、ユリオは心底安堵した。
「はぁ〜」
何度目か分からないため息をついた後だった。
コツと足音がした。いつもこういう時にはノギが顔を出すのだが、まだ部屋に戻る気にもなれないユリオは空を見上げたまま言った。
「ノギ、まだ戻らないぞ」
「ノギが良かったら呼んでこようか?」
「ア、アイリス!?」
予想だにしなかった人物が現れ、ユリオは慌てて飛び起きた。アイリスは、ユリオの驚きようにどう伝えるか迷ったが、言づけられた言葉をユリオに伝えることにした。
「ノギに「ここにユーくん居るから宜しく」って言われた」
アイリスは、軽く周りを見渡した後、座ったままこちらを見ているユリオを見た。
「隣に行っても良い?」
「え?あぁ」
まだ驚いているのかぎこちない返事のユリオをよそに、アイリスは隣に座り先程のユリオのように寝転ぼうとしたが、ユリオに肩を掴まれ止められた。
「アイリス待て」
「大丈夫だよ。それに上着が汚れる」
「汚れたら洗えば良い。女性は体を冷やしたらダメだと母上にきつく言われてる」
「分かった。借りるね」
アイリスが聞き入れてくれた事にホッとし、ユリオは先程と同じようにまた寝転がった。
「ここに温室があったんだね。空がとても近く見える」
「昔……」
「うん」
「昔からよくこうして空を見上げてたんが、小さい時に、庭で今みたいに寝転んでたらそのまま寝てしまったんだ。タルロ殿に呼ばれて俺の側を離れてたキョウが、見つけた頃には、結構な時間が経ってて、その後風邪を引いた。それから此処が作られたんだ」
「此処に居るって分かっていれば見つけやすいしね」
「まぁそれもそうだな」
「で?何を悩んでいたの?」
空を見上げながらそう問われ、ユリオは溢れるように言葉が出てきた。
「自分が未熟で不甲斐ないなと」
「ヤナギの事?」
「まぁそれもあるが色々と……」
「……」
ユリオが幼かった頃、終戦してからまだ日は浅く各地にその傷痕が沢山あった。シオンは、自らの足で国を周りながら今後の対策を考えていた。視察にはいつもユリオを連れて行き、基本何も言わないが、見て学べと背中がそう言っていた。
そんな視察のある日だった――
『王族や貴族様はいいよな。終戦すれば日常に戻れるんだ!俺たちみたいに日常すら戻れない人間の事なんて考えもしないくせに!』
そう言った男がいた。あの時は、ただ向けられる憎悪に萎縮して父の袖を掴んでいた。
父は確かあの後に、「皆が心から笑えるような国になるよう頑張らないとな」そう悲しそうに笑って――
「…ユ……ユリオ?」
また1人思考の渦に呑まれかけていたユリオは、アイリスの声で現実に引き戻された。
「どうした?」
「それってユリオ1人で頑張らないダメなことなの?」
「え?」
ユリオは空を見上げているアイリスの横顔を見た。
「シュロ様が言ってたの。1人で出来る事には限りがあるって、何かを作り上げていく過程の中で、陰から支えてくれる人は必ずいるって」
「……だが俺はこの国を引っ張っていかなければ」
「うん。いつかは王様になってみんなを引っ張っていく存在になるんでしょ?でも1人じゃない」
「……」
アイリスは、空からゆっくりとユリオの方に視線を向けた。瞳には互いの顔が映る。
「ユリオ今朝言ってくれたでしょ?力になるって」
「確かに言ったが」
「私もユリオの力になる。1人より2人の方が、もっと色んな事が出来るし、それに私だけじゃない。キョウ達もユリオに頼って欲しいって言ってたよ」
「いつそんな話したんだよ」
「えっと、この間ユリオが仮眠しに行った時?」
「はぁ〜」
「(1人じゃない)」
幼い頃から1番長く共に過ごし、兄の様な存在のキョウ。
馬鹿みたいに喧嘩して張り合って、駄目な時は本気で怒ってくれるヤナギ。
普段は揶揄って遊んでくるのに、ユリオが落ち込んでいると決まって側にいてくれるノギ。
ユリオよりユリオの身体を気にかけて、息抜きの仕方を教えてくれるシン。
おおらかに、時には強引に背中を押してくれるカレン。
無知なユリオを馬鹿にするのではなく、知らない事があるのは当たり前だと言って、色んな事を教えてくれるヤグルマギク。
次々と皆の顔が浮かぶ、自分はまだまだ未熟だ。今だって直接ではないにしろ皆が、己を支えるために動いている。
「もっと頑張らないとなぁ〜頼りない王子で幻滅したか?」
「いいえ、ふふ」
「どうした?」
突然笑い出したアイリスに、ユリオは困惑しながら問いかけた。
「初めて会った時からユリオ変わってないなぁって」
「初めて会った時?」
あの頃は、ただ強くなりたくて力を求めていた。
たが今は――
「いや少し変わったぞ?」
「そうなの?」
「強くなりたいのは変わってないが、今は自分に出来る事から学んでいこうかと思ってる。」
「ほら、やっぱり変わってないよ」
アイリスはそう言いながら、体を起こして座り、空に手を伸ばしながら言った。
「会った時からずっとユリオは、前に前に進もうとしてる」
ユリオも同じように体を起こして座った。何も話さず、ただ静かに彼女の言葉の続きを待った。
「私何も覚えてなくて、シュロ様が目の前で怪我して、何も出来なくて、私は一体何なんだろう。何のために生きてるんだろうって」
「っ……」
「そんな時にユリオに会ったの。「守る為に強くなりたい」そう言った時のユリオの目がすごく眩しいくらいに輝いて見えたのそれで、私もユリオみたいに頑張れたらなれるかなぁってその時思ったんだ」
「大層なこと言ったが俺は、ただ自分の事しか考えて無かったぞ?」
「本当に自分の事しか考えていない人に、人は惹かれないよ。ユリオが何の為に強くなりたいのか知ってるから皆んなユリオの側で支えたいって思うんだよ」
そう言ったアイリスは、優しい目をしている。
「(俺の方が、何度彼女に励まされたんだろうか) 」
恥ずかしいのでアイリスには内緒だが――
「やっぱり俺はまだまだ未熟だな」
「ユリオが完璧だったら面白くない」
冗談を言う人では無いので、ユリオはアイリスを見て問う。
「どう言う意味だそれ」
「友人として張り合いがなくなる」
「友人か……」
「うん。王子でもユリオはユリオだし、私が初めに出会ったのはただのユリオだもの」
アイリスの言葉に、ユリオは静かに瞠目する。
「ただのユリオか……」
「ええ、あれ?でもこれって不敬にあたる?」
首を傾げたアイリスを見て、笑いがこみ上げてきた。
アイリスは、そんなユリオをムッとした顔で睨む。
「悪い。思い出し笑いだ。昔ヤナギも同じように慌ててたなと」
「ヤナギ?」
「あぁ、ヤナギに初めて話しかけた時、まず拳骨喰らったからな」
「ヤナギは、いきなり暴力振るわないと思うけど」
確かにヤナギはそんなに人では無い。ユリオは懐かしむように言った。
「あいつの素振り練習している目の前にいきなり顔出したから怒られたんだ。その後1人で大慌てだ。」
「それはユリオが悪いと思う」
自分が悪いのは100も承知だ。ユリオは肯定しながら話を続ける。
「まぁな。でも今まで怒られるといっても嗜めるみたいな感じが多かったからな。躊躇なく殴られたのは、初めてだったんだよ。まぁだからかなヤナギとは、取っ組み合いの喧嘩もよくやった」
「それでキョウやシンに怒られたんだね」
それからアイリスにいくつかの昔話をした。
驚いたり、笑ったり、表情が少しずつだが変わる。
あぁもしかしたら彼女は、元々表情が豊かだったのかもしれない。ユリオはそう感じた。
先ほどまでずっとぐるぐると考え事をして、見えない何かに追いかけられているような殺伐とした気持ちが、気がつけば穏やかになっている。アイリスといると張り詰めているものが気がつけば無くなっている事が多い。
もっとこんな時間が続けばいいのに、初めて会った時みたいに何処か寂しそうな顔じゃ無くて、もっと笑顔が増えればいいのに――
『ユリオ覚えておきなさい。お前の周りには沢山の人がいる。全てを守りたいという気持ちは、とても大事だが難しい事だ。だから目の前にあるものから守れるようになりなさい』
『目の前のものとは何ですか?何を守るのですか?』
『沢山の人としっかりと向き合いなさい。そうすればいずれ分かる時がくる。その時感じた気持ちを大切にしなさい』
「(あの時父上が言った言葉の意味は――)」
全部を1人で守れるというのはただの傲りだ。
大事なのは目の前にあることから1つずつそれが大きく繋がっていく。
「(俺は今――)アイリス」
「どうしたの?」
「この国を守れるために前に進みたい。けど俺はまだ未熟だ。出来る事に限りがある。だから俺にアイリスの力を貸してくれないか?」
「ユリオ殿下。家臣としてそして、友としてあなたの力になります」
彼女は力強くそして優しい目でそう言った。
「(守れるのならまず目の前にあるもの。俺は、アイリスお前の笑顔を守りたい)」
そう言ったら彼女は、どんな顔をするのだろう
この時のユリオは、名前の無い、芽吹くまでにまだまだ時間のかかる種をまいたのだった。
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