13.ギャップ
お読みくださり有難うございます。
「あああぁぁぁ〜」
「おつかれ」
「シン〜」
部屋に来て早々、クッションに顔を埋めたヤナギに、声を掛けると半分涙目で見上げるので、妹にするように頭を撫でた。
「もう…やだ」
「そう言ってても頑張るんでしょ?」
「うん」
「殿下直属軍の総隊長に決定した事で、誰かに何か言われた?」
酷いブーイングでもされたのだろうかとシンは心配したが、ヤナギは遠い目をし困惑のこもった声で言った。
「いや……反対もなく受け入れられるし、うちの隊は大喜びだし、自信ない」
「それだけヤナギの頑張りを見てくれてる人がいるって事じゃないかな?」
「そうかなぁ〜」
「俺は話聞くくらいしか出来ないけど、疲れたらいつでもおいで、それにカレンが美味しいお茶淹れてくれるよ」
黙って頷くヤナギに、微笑ましく思いながら頭を撫で続けていると、扉をノックする音が聞こえた。出迎えるために扉を開けると、食材を手にしたキョウが申し訳なさそうに立っていた。
「すまないな。毎度シンの部屋で」
「いいよ。寝るぐらいしか部屋に戻ってないし」
「厨房借りるぞ」
「どうぞ、まぁほぼキョウ専用だけどね」
シンは、チラッと顔を埋めたままのヤナギを確認し、キョウの手伝いをする。いきなり知らされた大きな事柄に、今後の対策会議とこれから一番大変であろうヤナギへの労り会だ。
ヤナギが愚痴を言ったり弱った姿を見せるのは、本当に小さい頃から見知っている自分達の前だけである。他人の前では決してその様な姿を見せる事は、許されないそんな立場にヤナギも含め自分達は立っている。
再び扉のノック音がして、扉を開けると、兄のヤグルマギクとノギが、両手に酒瓶抱えて立っていた。
「そこでノギに、会ったから手伝いをね」
「あぁ〜良い匂い」
2人とも言いたい事だけ言いながら部屋に入る。毎度の事なのであえて指摘はしないが、シンはノギを見て行った。
「ノギ今日早いね。ユリオの所行ってから来るのかと思ってた」
「ユーくんは、お嬢に任せたよ」
「アイリスにか?」
「うん」
ノギは、会話をしながらヤナギを起こし、頭をわしゃわしゃとかき混ぜている。ヤナギはされるがままで、抵抗する気はないらしい。簡単なつまみを作っていたキョウが、出来た物をテーブルに置きながら確認するかのように問いかけた。
「ノギ、今日初めてアイリスに会ったんだよな?」
「そうだね〜」
「おや珍しいね?君が出会ったばかりの人間に、主を預けるなんて」
キョウだけでなく兄も驚いて訊ねているが、ノギは確信を持っている声ではっきりと言った。
「彼女は、ユーくんにとって必要な人物になると思ったからね」
「とか言いつつ仕事ついでに調べてるんだろう?」
ヤナギの問いかけに、ノギは肩をすくめた。
「そうだね〜あのフドル家何が何でも守ろうとしている人物だという事は、はっきりしてるね。それは置いといてあれだよ。ユーくんがある時を境に、物の見方が少し変わったから誰がそうさせたのかな?って思ってね。」
「ある時?」
「俺たちが薔薇を贈った時だね」
「半年前だったか」
ノギが肯定を込めてうなづいた。
「今まで、力を求める事に頭の大半を占めていたユーくんが、自分自身に必要な力はどれなのかを考えるようになった。まぁ一歩引いて物事を考えるようになったなぁと、後誰かに負けないように気合い入れ直してるとこ何回か見たし、それでそうさせたのは誰かな?と」
「それがアイリスだったと?」
「彼女の人事でユーくんが、どうしても譲らないから気になってね?シュロ殿に、「半年前もしかしてユーくんそちらに行きました?」って」
「え?ユリオ一人で行ったの?」
護衛無しに何をしているんだと言いたいところだが、キョウはこの事を聞いていたのだろうさして驚きもせずに言った。
「あぁそう言えば、アイリスもユリオと一回会ってるって、その時か?」
ノギは、うんうんと頷きながら、酒瓶のコルクを抜いた。それぞれに酒が行き渡ったのを確認してから
「まぁとりあえず乾杯!おつかれ〜」
「「「「乾杯!」」」」
「ぷはぁ〜うまい!まぁ今日お嬢と話して確信したよ。彼女は、ユーくんに必要だとね。」
晴れ晴れといった表情で語るノギにシンは今朝方の会話を思い出していた。
「今日医務室でアイリスに話してた事?」
「そうそう、この国の王子であるユーくんを知った上で、個人として対等に接する事が出来る人物。ただでさえユーくんは、女性と接点を極力持たないようにしているから実質、殿下に近しい年頃の娘は、2人しか居ないからね」
婚約者が決まっていない王位第一継承権のあるユリオ、貴族達はこぞって自分たちの娘を薦める。それで無くても権力や財力欲しさに群がってくる御令嬢は沢山いる。
アイリスが側近になるまで、幼なじみのカレン以外の適齢期の女性とプライベートで話しているところは見たことがない。
「確かに彼女と殿下の関係性は、皆が注目しているのは確かだね」
ノギの言葉に兄が同意した。医務室にいても来客がその話をしていた。人の行き交いの多い大部屋などは、尚更なのだろう。何とも暇な事だとシンは思った。
「基本こちらに来ることは滅多に無いが、特に貴族達はそう言う話が好きだからね。それでなくても彼女と接点を持ちたがる人は多い」
「フドル家か……」
「そうだね。良くも悪くも目立つ彼女が、何度か貴族に話しかけられているのを見たんだけど、冷静に対処していたからその辺は、大丈夫だと思うよ。反感を買う事はまず無いかな?」
兄は研究という趣味には寝食忘れるくらい没頭する人物だが、これでも伯爵家の嫡男だ。話はきっちり耳に入れているらしい。
「まぁどちらにせよユリオとどう転ぶかは、本人達の意思が大事だろ?今は良き友人関係を築いてる感じだし。そもそもそういう事に疎いからな2人して、もう1人居るから3人か……」
ヤナギの呆れ半分の声色に、全員がキョウを見たが当人は、首を傾げ斜め上なことを言い出す。
「どうした?おかわりか?」
「「「「はぁ〜」」」」
「何故人の顔を見て溜息をつく」
普段は、周りのどんな些細な事でさえ気を利かすキョウがこの類の話には、全く役立っていない。ユリオと常に行動を共にしているので、キョウにもそう言った類の話は多いが、タルロが事前に止めているので本人の耳に入る事は基本皆無である。
キョウが追加で入れた。つまみのおかわりを口に入れながら、談笑していると、再び扉がノックする音が聞こえた。
「はい?」
「邪魔するぜ!」
「こらポール!すまないな」
シンが扉を開けるとそこに居たのは、酒瓶を持った双子だった。2人を呼んだのは大方ノギだろうから2人を部屋の中へ招き入れる。「ノース殿とポール殿?」とヤナギの戸惑った声が聞こえたと思ったら、いつの間にかノースがヤナギの目の前まで移動していた。
「ヤナギ、今は敬称いらない」
「つい癖で」
「基本城内では、立場を考えて我慢してるのに、普段でも敬称つけるのが癖になるならいっそのこと城内でも敬称無しで…「分かった分かったから、ノース!これでいいだろう?」」
「お兄ちゃんが抜けてる」
「ノースお兄ちゃん」
最後の方はとても小さな声だった。当のノースは可愛いを連呼しながらヤナギの頭を撫でている。
ヤナギからすればここにいる者達は皆幼なじみだ。本当は親しいがあえて距離を置いていたヤナギと今のように堂々と話せるようになるまでにシン達も時間が掛かった。同じ軍部にいるフドルの双子達は、普段気軽に話せないのはわかるが、真面目で騎士の模範だと言われているノースの部屋に入ってからの一連の流れを見ていたシンを含めた男達は軽く……いやかなり引いていた。ポールは苦笑しながらこちらに向かって言った。
「みんなゴメンな。兄上は、ヤナギに対してはいつもこんな感じだから」
「ノースの初恋ってヤナギだっけ?」
「うん……ってなんでノギが知ってるんだ!?」
さりげなく出された問いに素直に答えたポールは目を丸くして驚いている。ノギはしれっと答えた。
「この間酔わせて聞いた」
ノギの爆弾発言と驚きが冷めていないシン達は、あいた口が塞がらない、兄に至っては、顎が外れるのでは?とシンが心配する程あいている。
そんなシン達を余所にポールとノギは話を続けてゆく、慣れろという事だろう。
「普通誰が護衛対象になるか分からないだろ?城に上がる前まで、修行としてどんな格好をしていても攻撃できる術を鍛えるために、一ヶ月その役になりきるんだ」
「ヘぇ〜それは聞いてなかったや。って事は女装もするの?」
「するぞ、貴族の令嬢から給仕役までやった。今では、潜入捜査の時に凄く役立つ。バレたらダメだから女装している時は、立ち居振る舞いも全部女性としやるんだよ。で、ヤナギが家に来た時初めにやったのが貴族の令嬢。兄上はその時、父上について領土内見て回ってたから、ヤナギの事伝えて無くてさ」
帰って来たノースが出会ったのが、貴族の令嬢に成り切っていたヤナギで、一目惚れだったらしい。ポールはいつ気がつくのかと面白いから何も言わずに、見ていただけでだったが、流石に将来結婚などの話が出て来たので慌ててネタばらしした。
固まっていたノースに、怒られると思ったヤナギは、半泣きで謝ったのだが、男の格好に戻っても可愛かったらしく、今もこの状況が続いている。
「実の弟の俺より可愛がっているからなぁ〜まぁ双子だから同じ顔を可愛がるのも変な感じだけどな」
「まぁノースとポールって根本的な性格だと、ノースの方がシュロ殿よりだよな」
「そう……なんだ」
スノードが過去にシュロは「残念な人なんです」と言っていたのをシンは思い出した。これはノースにも当てはまる事だろう。
「そうだポール!」
ノースに頭を撫でられ続けているヤナギが、話に割り込んできた。
「ヤナギどうした?ってか俺にはお兄ちゃん付けてくれないの?」
「えぇ〜ポールもかよ。それよりも師匠が機嫌悪いとことか俺初めて見たんだけど?」
「機嫌悪い?あぁ基本ヤナギの前では、格好つけてるから」
「はぁ?なんで?」
「唯一の弟子にはカッコイイとかしか見せたくないみたいだよ。父上ヤナギの前だと、書類整理もキリッとした顔してやってるからな」
「はぁ〜なんだよそれってあれ?アイリスには格好つけなくていいの?」
呆れ顔のヤナギが、首を傾げた。
「屋敷に戻って一番に、母上に怒られてたから隠せなかったんだよ。でも兄上の事はアイリス知らないぞ」
「アイリスの事可愛がってるのに?」
「同じ様に接したらアイリスに嫌われる」
遠い目をして言ったノースに、何となく想像がつくので、返す言葉が見当たらなかった。
「そうだヤナギ」
「何?ノース」
「お兄ち……まぁ後でにして、アイリスの師になって欲しい」
今度は、ヤナギの口が先程の自分達の様にあんぐり空いた。
――固まる事数十秒。勢いよく首を横に振る。
「い、いやいや待て、それなら師匠とか父さんの方がいいんじゃ」
「父上が、弟子はヤナギ一人で良いって、後アイリスは娘だから親として教える事は教えたってさ」
「弟子が俺一人で良いって嬉しいけどさ、じゃあ父さんは?」
「師匠には、「3人居るからこれ以上いらない。それに教える事で自分も成長出来るからヤナギに言え」って言われた」
「3人てお前たちじゃん」
途端にノギとポールの笑い声が響く
「諦めろヤナギ」
「俺より適任者がいるだろう?それに歳も変わらないのに師って……」
ヤナギのいうようにその道の師になるという事は、弟子を導くのも必要だ。歳の近い間柄での師弟関係は聞いた事がない。
「少し聞いてもいいかな?」
「どうした?ヤグルマギク殿?」
「彼女は、殿下の推薦があったとしても実力が無ければ側近はなれない。この王国の次を担う人物の側で仕える知識と力があるはずですが?」
兄の問いかけを聞いた。ノースが苦笑いして
「アイリスは元々素質と才能がある。鍛え始めて1ヶ月半でフドル門下の隊長クラスに傷をつける程度に、少なくともゼラ殿と良い勝負だと思うよ。それに……ここにいる皆んなには話しておかないといけない事がある。それを踏まえて今回の事だ」
軍に関係ある事ならシンは兄と席を外そうと思ったが「シン殿たちも聞いて欲しい。」と言われたので、居ずまいを正す。
「実は……」
そうして2人から聞いた話に、シン達はしばし沈黙した。
「どちらにしても俺責任重大だな」
ヤナギの放った声が静かに響き、シンは静かに酒を注ぐのだった。
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