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食えないジジイ。

頭のおかしい声を上げて、マリさんにおじいちゃんは近寄っていく。

その様子はいくら身内でも変質者だ。

いつも人をからかうような、つかみどころのない振る舞いする、このジジイにしては珍しいことだ。


「あなた様はもしや……あだっ!」


額を打ち抜かれるジジイ。

きっと、おばあちゃんの特性―――ピンポイントだ。

簡単に言えば、自分が思った通りのところへ物を飛ばす能力。

物は固体でも液体でもお構いなし。空気のような気体でも圧縮して飛ばすことが出来る。

私も幼少期に粗相をすると、手や足をビシッとやられたものだ。

子どもたちはチョーク投げと名付けていたっけな。

まぁ、今のはそれとは比べ物にならない威力っぽいけど。


「あなた……お客様の前でなんですか」


ああ、この声、この冷静な指摘が子どもの頃の記憶を呼び覚ます。


「う、すみませんでしたな、お客人……。この屋敷を治めます、ブックマンのキーヨ・エイプリルでございます。お見知りおきを」

「あ、えーと、マリ・ミストラルです。よろしくお願いいたします」


ちょっとうろたえているマリさんも珍しいな。

さて、一歩間違えれば変質者となっていたこのジジイに詰問しなければなるまい。


「いったい……そこまで取り乱してどうしたんですか?」

「私の思い出にある、勇者様の波動と同じでな、つい取り乱してしまったのだ……申し訳ありません」

「いえ、そこまでの歓迎されるとは光栄ですね」

「そうおっしゃっていただくと、気が楽になりますな。ささ、どうぞこちらへおかけください」


といってジジイはすぐ横のテーブルセットを勧める。


「私はお茶でもお持ちいたしましょう」

「では、私も手伝います」

「いえ、レミリア、あなたはお客様を歓待なさい。それもマナーの一つですよ」

「分かりました。ではお願いいたします」


マリさんを促しながら、私もテーブルにつく。


「さて、レミリア、あちらの生活はどうかね」

「その前に、マリさんへ襲いかかろうとした件の説明が不十分ですし、さらには謝罪もまだです」

「レミちゃん、いいのよそんな?」

「いえ、きっちりしておかないといけません」

「ふむ、どこから話せばいいものか……。私は昔、魔王様―――つまりは初代勇者様の側近として国に仕えておりました。その間に、勇者様には大変お世話になりました」

「いえいえ、もうかなりの代を経ているので、私は親戚というだけで、初代とは全く違う人物ですよ。なので、普通の客としてお取り計らいくださいませ」

「ふむ―――そうですか」


何か考え込んだ風に髭をさする。

このジジイがこういった仕草をする場合、大概は何か狙いがある時だ。

ごくごくたまーに、大事な時のみ、分かったフリや考えたフリをすることもあるのが殊更に厄介でもある。


「その初代勇者様の波動や魔力の質の記憶は、私の一族に恐らく引き継がれていることでしょう。そこのレミリアもおそらくは。もしかしたら、私の妻も同じように伺ったのではないですかな?」

「確かに聞かれました」

「やはり、レミリアももしかしたら初対面の気はしなかったのではないかな?」

「あー……私は……えー、まあそうですね」


――――――あれ? もしかして、私の勘違いなのかな?

救ってくれた時に感じた優しさも。

再会の時の胸の高鳴りも。

おじいちゃんの言う通り記憶していたものだからなのかな?

ということは、マリさんへの気持ちも作り物?

もしかしたら、私を救ってくれた人とマリさんは別の人で、私が勝手に勘違いしているだけなのかな?

そんな―――そんなことって……。

急に、私の足元がグラついた。

地震は計測されていない。体調も悪くない。そんなことがあればアンタッチャブルが騒いでいるはずだ。

問題は私の心の内にある。

分かり切っているけど―――しっかりと踏ん張ることは難しそうだ。


「とはいえ、私の知識や経験は受け継がれるものの、感情や思い出などは私だけのものであります。そればかりは我が一族も受け渡しが出来ないようですな」

「え? 何ですかそれ?」


ドロドロな地面が固まり始める。


「うん? レミリアは知らなかったのか? あくまで知識として受け継いでいるだけだ。個人が習得した技術や体術なんかも、修練が無ければ満足に使えんよ。お前は覚えが良かったから、知識がそのまま自分の技術に感じているのかもしれんが……」

「いえ、そこじゃなくて、感情や思い出とは?」

「ほう……。感情や思い出なんかの大容量のデータなど、代々引き継いでおったら脳がもたんよ。……まぁ、聞きたいのはそういうことではなさそうだが」


眉を少し釣り上げてそう言い放つ。

このジジイ、何を理解して何を考えている?


「とにかく、私が知っている経験や感情が、そのまま下の世代に引き継がれることはない。せいぜい知ってる人くらいなものだ。お前の感情はお前だけのものだ、安心しなさい」


ニヤリと笑ってみせるジジイ。

この野郎、感づいたのか、それとも勘違いしているのかどっちだ。まぁ、多分正解なんだろうけど。

しかし、揺らぎが無くなったのも事実だ。


「なんか……良かったわねレミちゃん」

「本当に!」


ニヤニヤとこっちを見つめるジジイ。

あー、これは絶対分かっているな。というか、一応言わせてもらうと、同性愛の異種愛だぞ? 良いのかそんなことで? いやまぁ、本人が言うなって話なんだけども。


「レミちゃんが私に笑ってくれたり、親しみを持ってくれるのは、レミちゃん自身の感情というのはとても嬉しい事実だわ」


その言葉で私も嬉しくなる。

そして救われた。

―――おいジジイ、生あったかい目を向けながらニヤニヤするんじゃない。髭で隠れてても笑っているって分かるぞ!

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