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こちら異世界移民局!~転生・転移チートを許さない世界の物語〜  作者: ひろほ
第一章 明るく楽しい職場です。
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蟹鍋食べたい。

暖色系の間接照明で落ち着いた雰囲気の店内。

カウンターの席で先輩と横並びに座りながら、仕事の愚痴に花が咲く。


「そういえば、朝一の征服者タイプは結局どうなったんです?」

「ある程度ポテンシャルは高いっぽいので、研究所送りみたいねー」

「研究所……当然素材としてですよね?」

「きっとそうなってるんじゃないかしら? どのみち、私の知ることではないわー」


と吐き捨て、酒をグイっと飲み干す先輩。


「あ、先輩、次何飲みます?」

「レミちゃん、もう事務所じゃないんだから、先輩はやめてー。呼び捨てでいいのよ?」


!?

先輩のことを呼び捨て……恐れ多いことこの上ない……。


「いやー流石にちょっと抵抗ありますってー。恐れ多いですもん」

「えー敬語も別にいいのよ? 私が何だか気を遣うもの」

「あ、敬語は私は普段からそんな感じですので」

「というか、抵抗って何よ! 実は私の事嫌いなんじゃないのぉー?」

「いえ、大好きです! ……って先輩ちょっと酔ってません?」

「なら、名前でくらい呼んでよねぇー。また先輩ってー」

「えと、じゃあ……」


何故名前を呼ぶというだけでこんなに緊張するのだろうか。

たかだか数文字。

酷く卑猥な言葉を面前で言い放つような、そんな恥ずかしさ。


「マリ……さん……」

「惜しい! けどまぁ、今日のうちはこれでいいわ。許してあげる」

「ありがとうございますー」

「本当に可愛いわねぇ。移民が皆そんな感じなら嬉しいのだけれども」

「そういえば、今日は色々大変だったみたいですもんねー」


店員にグラスを掲げ、おかわりのサインを出したのち、ため息を軽くつく。


「あの征服者タイプの後の件もねー」

「あれ以外にも厄介な件だったんですよね?」

「そうそう。大まかに言えば、転生後自殺志願者だったのよ」


転生・転移移民者はカルチャーショックから、たまに自殺を図るものが居る。

早期発見を行わなければならないのは、なにも相手が征服者や侵略者に限った話ではないということだ。


「それは珍しいですね。自殺した人が転生する場合、大体が喜んでいたり、記憶にプロテクトかかっていたりするのに。どういった事情だったんですか?」

「改造人間」

「え?」

「だから、改造人間よ。人と動物の合成したやつ」

「じゃあ、科学タイプの世界から来たんですね」

「そうみたいよ? で、その人?は失敗作だったみたいなの」

「あらま。ただ、生きてるだけでも儲けものだったのでは?」

「まぁ、結局失敗作だから、処理目的で『次元転送ゴミ箱』みたいなのに入れられたそうよ」


そういえば、この間、新しい次元転送ゴミ箱を、夜中のテンションで買ってしまったなー。

従来機のゴミ処理場にダイレクト接続のみならず、逆流防止機能、分別機能まであるというスグレモノだ。

なんていう余計な事まで思い出してしまった。


「で、ひょんなことから、この世界にチャンネルが繋がって、来てしまったと」

「そういうことよねー。ただ、私、その人が死にたい気持ちっていうのは少し分かっちゃうのよね」

「……そんな……。一体どんなお話だったのです?」

「そうね……科学者が戦闘員として、改造人間を作っていたの」

「ふむ、そこそこあるケースですね」

「その人?は志を持って、自ら改造人間に志願したみたいなの」

「拉致ってきて無理やりとかではないんですね」

「そこはまだ幸せ……いえ、だからこそ不幸なのかもね。その人?には」

「あの、さっきからちょいちょい、『その人』に疑問符つけるのやめてもらえません?」

「その人?に行われたのは、甲殻類の蟹との合成だったみたい」

「あ、意地でもつけるんですね」

「目が覚めたら、甲殻類の強靭な外骨格を手に入れるはずだった。けれど、現実は非情だったの」

「失敗だったって言ってましたもんね。あれですかね? 外骨格がそれほど硬くなかったとか?」

「いえ、手がね……」

「もしや、欠損ですか……」

「いえ――――――普通に五本指の人の手だったのよ」

「はい?」

「だって、蟹と合成したのよ? アイデンティティが欠片も無いじゃない?」

「あの、たまーにスゴイ馬鹿な発言しますよね?」

「馬鹿!? 馬鹿って言った!? 酷い……」


さめざめと泣く演技をするが、チラっと指の間からこちらの顔を伺っている。


「酔ってますよねー。で、その人結局どうしたんですか? 蟹鍋にでもしました?」

「……そういう発言って、けっこう魔族の血が入っているのかなーって思うわね。一応、人のなりをしているから、私はそれは食べたくないわね……」

「あー、それもあるかもしれませんね。ひぃおじいさんなんて、人は未だに食い物だと思ってる節がありますもん」


魔族は同じような人のなりをしていても、大きく体の構成が違い、他種族となることが少なくない。

故に、自分らの種族以外は捕食対象と見る者もそれなりに居る。

私もハーフではあるものの、人と少し形が違えば、人としての認識が薄くなるのを自覚している。


「あとでひぃおじいさんの討伐申請出しておいてね」

「断ります」

「で、その人をなだめすかして、この世界は色々な人がいますよー、あなたは決して残念ではないですよー、って分かってもらったわ。街の見学とか、他の異形転生・転移者の話を聞かせたりね」

「見学までいけたってことは、少しは前向きになったのですかね」

「うん、最後にはここで頑張る、とまで言ってくれたわ」

「おお! 流石です、せんぱ……マリさん!」

「ふふ、ありがとうレミちゃん」


嬉しそうに目を細めるマリさん。

名前を呼ぶだけで喜んでくれるなら、いくらでも呼びたいなぁ。


「そしたら、明日辺り適性技能検査ですかね?」

「あー、気が変わるかもしれないから、サクッとやらせちゃったわ」

「え、申請通して当日、しかも午後以降の申請なのにいけるんですか?」

「そこはほら、援護局に借りがあるからねー。それに今回も改造人間という事で従軍扱いではあったわけだし、優先度は高かったもの」

「おおー。持つべきものは実績ですね」

「で、驚いたことに、あの蟹男」

「ついに蟹男になりましたね、その人も名前があるでしょうに。で、何があったんです?」

「めっちゃ、手先が器用だったの……」

「マジすか!? なら、蟹の爪にならなくて、本当に良かったんじゃ……」

「そうね……。人?生って何があるか分からないものね……」


何故か儚げな視線で遠くを見ているマリさんの横顔を見ながら、夜はどんどんと深くなっていく。

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