公務員はつらいよ?
<報告書>
タナカ ソウスケ 男性 年齢三十歳 健康状態・良好
・女神レナスによって転生される
・言語能力に特に支障はなし
すぐにでも業務の遂行が可能と思われる。
よって、以降の各検査より、労働省社会援護局への引き渡しを行うものとする。
「ぃよし! おしまい!」
午後に受け付けた転生者の報告書を書き終え、イスの上で伸びをする。
時刻を確認すると定時まであと少し。
だらだらと机の片付けでもしていれば定時になるだろう。
「あら、今日の転生者、もう片付けたの?」
背後から声をかけられる。
先輩のマリ・ミストラルさんだ。
金髪碧眼の眉目秀麗な私の目標。
その吸い込まれそうな瞳を見つめると、同性ながらもドキッとしてしまう。
「はい、言葉も文字も通じたのでとてもスムーズでした」
「それは運が良かったわね。私は今日はさんざんだったわー」
「そういえば、慌てて事務所から出ていかれましたもんね。あれは一体どんな案件だったんですか?」
「破壊主義者な征服者タイプが来たのよ」
「げ」
この世界にやってくるものは、人間だけではない。
異世界を征服した魔王とか、倒せないから転移させられた魔物とか。
そして、必ずしも協力的ではないものも当然多い。
そのようなある程度の脅威を持っているものの転移を確認できた際は、私たち異世界移民局が従軍することとなっている。
どんな存在でも共存や共栄の道を探る。というお国のご意向らしい。
「で、どうなったんです?」
「まぁ、話は通じたのよ。ただこの世界を征服したがっちゃってね」
「あらま、それは面倒くさい」
「というわけで、武力行使ってなったんだけど。どの程度の戦力を使うかって話になって、執行までグダグダよぉ」
「出たー、軍の出し惜しみ癖」
「で、あまりにも話が進まないから、私の出動」
「それって、結局、軍は戦力裂きたくなかっただけじゃ」
「あ、レミちゃんもそう思う? まぁ、相手は一騎打ちを快諾してくれたのはよかったかな」
私たち移民局にはある程度の実力行使が許されている。
突然、豹変して危険な存在になる移民を、周囲に被害が収まらないように取り押さえるためだ。
場合によっては殺害・封印処置も。
「相手が先輩というのも、相手にとっては不幸でしたね」
「ちょっと、地味に傷つくわよそれ……まぁ、すぐ終わったけど」
私たちの世界は移民を受け入れるようなって、大きく発展した。
魔法が主体の世界に、科学が加わったのがおよそ五百年ほど前。
面白いことに、科学と魔法は似ている点があったようで、科学は直ぐに魔法と比肩するようになり、以降、互いに互いを発展させていった。
すると、危険な移民に苦戦することが無くなってしまったらしい。
もちろん、その技術は生活にも還元はされているけども。
そして、そのことを抜きにしても、先輩は素で強い。
勇者の家系による加護と身体能力、科学と魔法の恩恵をたっぷり受けた英才教育、そして本人自身の才能。
以前、現場研修として帯同したことがあるが、自称・破壊神を片手でねじ伏せていた。
ちなみにそいつは、その破壊能力を駆使して鉱山に努めているそうだ。
そんなチートじみた存在が最新鋭の装備に身を包みブーストがかかる。
相手にとっては悪夢以外の何物でもない。
「この世界を統べることになる王の、最初の犠牲になることを光栄に思え! とか言ってたわね。そもそも、軍と私たちが、あーでもない、こーでもないと話している間に何かしらバフをかけておけばよかったのに」
「あれじゃないですか、変な騎士道精神みたいなやつ」
「そういうのは征服者が持つものじゃないわね」
「先輩がそういうこと言うの、中々ゾッとしますね」
「あなたも直ぐに出来るようになるわ。そういえば、まだ移民局の試験受けていないの?」
「私は事務方に専念したいのと、自信がありませんので」
前述のとおり、移民局の局員にはある程度の武力が必要だ。
先輩のように破壊神クラスを相手にするとなると、最上位の難関試験を抜けなければならない。
ちなみに私は下から三番目。先輩とは四つほど段階が違う。
「お給料とんでもなく上がるわよ?」
「それは魅力的ですが、現状あまり困っておりませんので」
「じゃあじゃあ、今のところからもう一個レベル上げた試験ってどう?」
「……先輩、もしかして課長に、私を試験受けさせるように言われてます?」
「あ~……まぁねぇ、そういうことも、無くはないかな? 生臭い話をしちゃうとさ、部下があまりくすぶっていると、あまりよろしくないわけなのよ」
「私はそれでよろしいです」
「私もそれは分かるんだけどねー。私の評価も関わるわけで……もっと言えば、課長の評価にも関わったりしちゃうのよねー」
こういう思惑とかを隠さずに言うところ、本当に好きだ。
魑魅魍魎どもが政治ゲームを繰り広げている公務員において、こういった人は本当に貴重だ。
「勉強も実技も毎日付き合ってあげるから~……お願い、ね?」
「!?」
先輩と毎日レッスンですって!?
とても魅力的だ……しかし……本当に面倒くさいのだ。
「私の使ってた参考書とかもあげるし、ね? ね? ね?」
「~~~~~~!?」
先輩の使っていた参考書だと?
それはつまり先輩がめくったり、つまんだり、ついうたたねをして頬と唾液が参考書についっちゃったりしちゃった可能性があるという事だな。
「とりあえず! お話だけでも! よし、今日はもうご飯奢っちゃう!」
「お供しますとも!」
先輩とご飯デート! 今日の夕飯の献立は全部キャンセルだ。
試験? 受けてやる受けてやる!
しかしながら、もっとレートを釣り上げてからだ!
現在の目標は先輩とご飯なのだ。
お酒も嗜んじゃったりして? 素敵なお店の雰囲気にちょっと酔っちゃったりして?
そしたらその後は……うへへへへへ……
「レミちゃん、顔がだらしないことになってるわ」
「おっと……」
とんでもない顔をしていたと思うが、幻滅されただろうか。
「そんなにお腹減ってたの? それとも何か食べたいものがあったのかしら?」
「……はい」
「あと変な顔をしちゃダメよ。可愛い顔してるのに、それこそもったいないわ」
……助かった。
いやまぁね、食べたいものはありますよ、目の前に。
でも、そんなこと言えるわけないじゃないですか。
「もったいないなんて、そんなことないですよ。ささ! ご飯行きましょ! もう定時です!」