ご利用は計画的に。
「あ、読み終わりました」
私の夕飯の献立が決まった頃、タナカさんが資料という体の契約書を読み終える。
「何かご質問等はありますか? 無ければ先ほども申し上げましたが、最後のページ下部にある欄に署名をお願いいたします」
「特にはありません。この世界に馴染めるように切り替えるのに少し時間がかかってしまって」
「そうですよね。皆さんそうおっしゃいます。ですが、タナカさんは直ぐに決断なさっていただいている方ですよ。転生に選ばれるだけあって、胆力がありますね」
あ、ちなみに半分はリップサービス。
気が変わらないうちにとっとと署名させなくてはならない。
酷い時は1週間は待たされることもある。
今日中に決まらないとなれば、残業はもちろんのこと、役所に異世界民の滞在申請、簡易宿泊所の登録と案内、上司と他部署への報告書と引き継ぎまで行わなくてはならない。
ほら書け! 早く書け!
「あの、一点いいですか?」
……えー……。
これ、今日は待ってもらっていいですか? とか言っちゃう流れじゃない?
くっそ、頑張れ私、くじけるな私!
この世界の窓口なんだ。私がこの世界の顔なんだ。
と、自分に言い聞かし、何とか営業用の仮面を崩さずに聞き返す。
「えーと、どういった内容でしょうか?」
「これは、こっちの世界の字で書かなくちゃなりませんか?」
ふう……なんだ、そんなことか。
どうでもいいからチャチャっと書いてくれませんかね。
「あ、そちらは書きやすい方で構いませんよ。文字が無い世界の方もいらっしゃいますし。その場合は拇印を頂いておりますが。タナカさんもそちらがよろしいですか?」
「いえ、大丈夫です。じゃあ書いちゃいますね」
いよいよ、タナカさんはペンを手に取り、すらすらと見慣れぬ文字を書いていく。
最後の一画を書き終えた途端、紙が輝き始める。
「おわ!」
「あ、ご安心ください。まずは契約、ありがとうございます」
「けけっけ、契約?」
契約神の加護を得た用紙は、ある程度の強制力を持つ。
ざっくりと言えば、契約を破れば不幸に見舞われてしまう。
爆発したり、落雷にあったり、まぁ、そんなところ。
もちろん、国にもリスクはあるのだが、基本的に与える側であるので、そこまで影響もない。
それに魔力の強すぎる者、強力な神の加護を持つ者にはその効力も弱まってしまうが、本気度を示すことにはなるだろう。
「はい! あなたは、この世界で生活をするために。国はあなたの労働力を得るために。今回の契約を交わさせていただきました。まことにありがとうございます。ちなみに、この契約には魔術的な強制力がありますので、強引な破棄はおすすめいたしませんので悪しからず」
「契約なんて聞いていないんですが!?」
「あれ? そうでしたっけ?」
まぁ、それもそうか。
――――――言ってないもの。
さて、今日も美味しいご飯が食べれそうだ。