教育機関訪問5~エル&アール~
「さー、次行きましょう!」
「……レミちゃんって、子どもが泣くことに対して、抵抗が無い人?」
「いえ、耳障りだな、と感じることはあります。主に公共の場では。ただ、子どもは泣くのが仕事と言いますから、普通のことなのだろうと思ってます」
「むしろ、心強いわねー……校長先生、すみません、あの子大丈夫でした?」
「まぁ、ぐずってはいたものの、泣き止んではいましたよ」
「すみませんでした。つい、感情的になってしまって……」
「私も怖いくらいでしたが、あの子にとってはいい薬でしょう。では、次の子を連れてきましょう」
「そういえば、この子たちは双子なんですか?」
二つのファイルの写真と名前の欄を並べる。
顔もそっくり、名前も苗字が同じ、年齢も同じ。
「そうですな。二人とも優秀というのは、ご両親の教育のたまものかもしれませんが」
「先輩、双子の同時転生というのはありえますか?」
「兄弟や家族が転生するくらいだからね、めずらしいけどありえない話ではないわ」
「でしたら、レアケースは早めに摘んでおきたいですから、この双子にしましょう」
「分かりました、直ぐにお連れ致します」
エル・スチュアート…9歳・女
アール・スチュアート…9歳・男
共に錬金術のスコアが満点。
その癖、理科と数学のように、錬金術と関連している要素も多い魔法のスコアは赤点ギリギリという、よくわからなさ。
まぁ天才というのはそんなものなのかもしれないけども。
「こんにちわー!」
「……こんにちわ」
元気のいい男の子の声と、消え入りそうな女の子の声とともに扉が開く。
活発そうな顔立ちのアール・スチュアートがズンズンと中に入ってくる。
そして校長の影に隠れるように、歩いているのはエル・スチュアート。
「はい、こんにちわ。元気いいねーアール君は」
「アイツが元気がないだけだよ!」
と言いながら、エルの方を指さす。
エルはその挙動にビックリしたのか、校長の影にサッと隠れてしまった。
「エルちゃん、初めましてだねー、怖いかな?」
「うん……」
「大丈夫、お話聞くだけだから、安心して、ね?」
「……うん」
「じゃあ、そしたら最初にアール君から聞こうかな? 同じ質問するから、あとでエルちゃんも答えてね? じゃあ、アール君、学校は楽しい?」
「楽しいよっ!」
「じゃあ錬金術は楽しい?」
「楽しいよー。こないだもさ、ゴーレムのコア作って学校の像を動かしたんだよ!」
「あら、悪戯にしてはちょっとやりすぎかなー」
「へへへ」
「学校以外なら捕まりますから、控えてくださいね?」
「はーい」
ヘラヘラと聞き流すように答える姿から、こちらの忠告もたいして聞いていないようだ。
まったく! この学校は口の利き方を教えてはいないのだろうか?
「じゃあ次はエルちゃん、学校は楽しい?」
「……あんまり……」
「あら、何か嫌なことでもあるの?」
「……ない」
「あ、良かった。何か嫌こととかあったのかと思った。良かった良かった」
ニコーっと笑顔を向けて笑いかけると、少し少女の顔のこわばりが取れる。
そして、質問に対して『何で?』攻めをしないというのも、重要なポイントだろう。
勉強になる。
あと、その笑顔を私にも向けてくれませんかね?
「そしたらさ、錬金術って楽しい?」
「た……楽しい」
「学校より?」
「うん」
「じゃあエルちゃんは錬金術が大好きなんだね」
「好き……」
「いいねー、好きなことで、成績もスゴイ良いから、このままお勉強してくれると嬉しいな」
「……はい」
「じゃあ、次は二人のうちどちらかが答えてね? 錬金術はどうやって勉強したの?」
「……」
「……」
お、なんだ? 黙ってしまったな。
活発なアールにとっても、言いづらい質問なのだろうか?
「知り合いの……おばちゃん」
か細い声でエルが答える。
「おばちゃん? 親戚のおばちゃん?」
「違う……近所の人」
「近所の人かー、その人は錬金術がとても上手なんだろうねー。あと、教え方も」
「うん! スゲーんだよ、おばちゃんは! 何もないところから魔法で材料出しながら、錬金したりとか!」
「ほう、組成魔法と錬金術の相互利用ですか」
「これは、その人もスカウトしなくちゃいけないかもね」
錬金術と魔法はどう違うのかと言えば、錬金術は『魔力で素材を分解、合成する技術』だ。
したがって、等価交換が原則となる。
鉄の塊から剣を作ろうと、塊以上の大きさにはなれないし、鉄以外の素材に変えることも出来ない。
そして、魔法は先に触れたように、『念に魔力を込めて具現化する』のが基本である。
では、何もないところから、鉄の剣を錬金術で作成しようする。
しかし、素材が無ければやりようがない。
故に、空気や地面といったそこいら辺にあるものを、分解して必要な成分を抽出する必要がある。
ただ、それは非効率なやり方でもある。
まず、素材を分解するために、必要であれば分子レベルで魔力を流して結合を切る。
そして、自分が思うものだけを手繰り寄せて、合成する。
ここまで来てやっと素材が揃って、錬金術を行う。という回りくどい手段だ。
そこでお手軽に魔法を使い、強引に素材を引き入れるのだ。鉄の成分集まれ~~~といった具合に。
魔力をそのまま使っているので、難しいことや魔力のコントロールもあまり難しくなく、オススメのやり方だ。
「その人からは魔法を教わってはいないの?」
「俺たち、魔法好きじゃねーもん!」
「私からしてみたら、どちらも変わらないのですけどねぇ」
「レミちゃんは魔力の使い方が上手だから」
「……まほうはしてき、れんきんじゅつはげんじつてき(魔法は詩的、錬金術は現実的)って、言ってた」
「で、方術は原始的ってやつね」
「その近所のおばちゃんは、どっちかの専門機関に居たかもしれませんね」
魔力を使って何かしらをするという行為は、広く古くから行われており、独自の発展を遂げていった。
そして、その中でも魔法と錬金術は、科学との相性が良く、飛躍的に発展、浸透していった。
対して方術は、方角や色、そういったものの儀式やしきたり、ジンクスが多く、科学との相性は最悪だった。
万能薬だと言われていた丸薬が実は下剤だったり、式神という守護霊のようなものが実は悪霊の類を憑依させていただけだったりと、科学で解明されては困ることも多かったようだ。
そしていつしかローカル魔力行使として、存在感を薄めていったのだ。
「ほうじゅつってなーに!?」
「とある地方を中心に栄えた魔力行使の一種です」
「え? よく分かんない」
「少し珍しい魔法の種類ってことよ」
「珍しいのか……分かった!」
「この学校では、方術は教えていませんよね?」
「ええ、国のガイドラインに沿った指導内容になっておりますので、卒業を控えた最終学年に少し話をして紹介する程度ですな」
「まぁ、あんなドマイナー魔力行使、国のスタンダードにはなりませんよね」
「レミちゃん、そういう発言は外でしないでねー、お願いだから」
にっこり笑ってはいるが、目が笑っていない。
違います先輩、私が求めているのは、そんな笑顔じゃないんです!!
「じゃあ最後の質問、アール君とエルちゃん、どっちが強い?」
二人して、目を合わせて黙ってしまった。
軽く首をエルが振ると、アールが勢いよく手を挙げた。
「はい、ありがとう。エルちゃんの方が強いと思ったんだけどなー。うん、これでお話はおしまい。またお部屋で待っててもらえるかな?」
「……はい」
「はーーーい!」
またもや校長が二人しっかりと送り出してくれる。
この作業だけでも大変だろうな。
「レミちゃん、どーお?」
「んー……あの二人のパワーバランスが、微妙な感じしますよね」
「そうね、明らかに主導権はエルちゃんの方よね」
「けど、最後に明らかに嘘をついた」
「それが何を意味するのかは、分からないけどね。何でもない理由で嘘をついたのかもしれないし」
「何でもない理由まで考慮しなくてはなりませんかね?」
「……有り得ないことを捨てていって残ったら、ね」
「思考の消去法ですか……長くなりそうですね」
「そうなるかもしれないわね。とにもかくにも後一人よ!」
「了解です!」
―――そして、校長が最後の一人を連れて戻ってきた。