子どもか!
設置しておいたトラップは、対象の動きを遅くするもの。
ヤスモトさんを追い掛け回すフリをして、上手い事そこを通れば良いな、程度だったが助かった。
初歩的な魔法であるから、もちろん直ぐに解除されるだろう。
しかし、ほんの少しで良い。
アンタッチャブルを起動させ、私がそっちに駆け付けるまでは。
魔力を隠蔽する事にリソースを裂いているのだから、効果は通常よりも大きく、解除も遅くなるはずだ。
私が作った障壁は、三角錐の形である。
最小かつ最硬な形だ。
しかし、それで捕らえられたとも思っていない。
あの二人なら、何だかんだ抜け出してくるに決まっている。
不可視の障壁越しに、マリさんが居るのを確認した。
さて、力任せにぶち破ってくるか、何かしらの能力で無効化してくるか。
「アンタッチャブル――――――」
さらに障壁を展開する。
私が同時に展開できる障壁の面積は決まっている。
それに比例して、強度と消費のコストが増していくのだが、なりふり構わず全投入。
マリさんが床に手を当て、係長の時と同じように液状化を狙っている。
同じ手を食うほど、私も間抜けじゃない。
障壁と聞けば、誰もが壁を思い受かべるだろう。
しかし、今マリさんが触れているのは、床に敷いていたアンタッチャブルだ。
如何に液体になろうとも、私が配した不可視のバリア。
そもそも、液体への状態変化を起こす事ができるだろうか? というところ。
いやー、結構疲れる作業が多かった。
アンタッチャブルを展開し続ける事も、その上にトラップを設置する事も、バレないように追い掛け回すのも神経が要る事だった。
さて、引っかかったマリさんに狙いを定め、一目散に駆けていく。
…………囚われの王女……アリだな!
などと、下らない妄想もしながら、マリさんの眼前に立った。
動きが遅くなりつつ、床への魔力行使が上手くいかないとくれば、多少なりともうろたえている。
とはいえ、勝ち誇る訳にはいかない。
相手はあのマリさんなのだ。
「縮まれ、アンタッチャブル!」
三角錐の形を小さくしていく。
少しの綻びも無いように、丁寧に集中しながら。
「ええええ、容赦なさすぎー!」
どことなく楽しそうではあるが、少しは追い詰められているようで何より。
「お覚悟を!!」
「もーーーー! ブレイブ!!!」
ゲームが上手くいかなかった時の子どものように、不満を口にしながら、とんでもない能力を発動させるようだ。
って、マジですかい?!
「嘘でしょ!?」
ついつい口から本音が漏れる。
アンタッチャブルから伝わる感覚。
それは、ただの力のゴリ押しであった。
概念のような存在である私の障壁を、とてもシンプルな腕力でぶち破ろうとしているのが分かる。
確かにアンタッチャブルに限界はある。
しかし、それでも、その堅牢さには自信を持っているし、兵器レベルの武器をもってしてもなかなかに破られないと知っている。
木刀で切り裂かれたり、ぶん殴られて破られたりとされた記憶はある。マリさんに。
それでも、おかしいとしか思えない。
――――――想像してみてほしい。
ガラスを破るとして、何かしらの棒やハンマー、そういった類の道具を使って破る事だろう。
腕に自信がある人なら、拳や蹴りでもいいだろう。
しかし、押し込むようにして、ガラスを破ろうなどと考える人が、何処にいるだろうか?
いや、此処に居るんだけれども。
そして、出来ると思ったから、この人は出来るのである。
大した動作も無く、私の障壁は突如居なくなったかのようにぶち破られる。
そんな異常事態を目の当たりにした私は、もはやタッチどころではなかった。