皇国に戻って3
「あ、やってますねー」
液体になった床が元通りに戻った頃、ヤスモトさんが現れた。
「ヤスモトか、ちょうど良かった」
「いやー、遅れました」
「お疲れ様です」
「早速だが、ヤスモトも特級試験って事でいいか?」
「え? 特級?」
私と係長を交互に見ながら、疑問をヤスモトさんは口にした。
ええ、分かりますとも、試験や昇級なんかを断り続けた私が、やたら出世する気の無い局員と有名だった私が、試験――――――それも特級の試験を受けるというのだから。
「ええ、ちょっと一気に出世しようと思いまして」
「ヤスモトは今二級だったか……一級にしておくか?」
「いえ、面白そうじゃないですか、特級! だってマリさんやレミリアさんと一緒ってことですよね?」
「あの、私は受かるって訳じゃ……」
「きっと受かるから平気ですってー」
「特級は基本的に自分の下の人間を連れて行くんだがな」
「「あ、そういえば……」」
二人揃って、その考えが欠落していた。
確かに、マリさんとサイジ係長の二人でって事は、そういえばなかったなぁ。
それに、この二人が揃って出張る事があれば、何か大事があったのかと、ちょっとした騒ぎにもなるだろう。
「どうする? それでも特級に行くか?」
「ええ、とりあえず特級になっておかないと、私の目標もクリアできませんから」
「私も考えは変わらないですね」
「そうか。なら、早速訓練に戻ろうか、二人で組手だ。ただし、勝敗のみならず、お互いに禁じ手を設けさせてもらい、それを見抜くのも課題にする」
能力や魔法が禁じられる場合もあるわけで、それに対応しつつ、相手の能力や可能な行動を判断する訓練というわけか。
「組手のルールはどうしましょうか? もちろん目突きとかは無しとして」
私に目突きなんていう発想はなかった。
もし、禁じ手ではなかったら、使っていたつもりだろうか? なかなか物騒な思考をしている。
「ああ、目突き、喉、それに内臓への攻撃は無しだ。それ以外は寝技だろうが投げ技だろうが、魔法や特性だろうが許可する」
おい、やべぇ、やべぇルールだぞ。
何を考えているんだこの上司は。
私がマリさんやサイジ係長と戦うなら、実力差があり過ぎるのだから、周りに配慮が出来るだろう。
しかし、ヤスモトさんと私は、多分拮抗しているはず。
となれば、つい熱くなって被害が大きくなるに決まっている。
いくら演武場が頑丈で、周囲の人間がある程度戦える人間だとしても、だ。
「どうなっても知らないですよ?」
最速の男がどうにかしてくれるだろうと、責任は丸投げ。
うんうんと頷きながら、メモに何やら書き込んで渡してきた。
さて、何が書いてあるのやら、同じようにヤスモトさんにも渡している。
禁じ手なんだろうけど、あんまりえぐいやつじゃないといいなあ。
と、願いを込めながら開いてみると、『遠距離攻撃』とだけ書いてある。
ザックリ過ぎやしませんかね? と同時に範囲が広すぎる。
ふとヤスモトさんを見ると、同じように『うへぇ』という顔をしていた。
判断に困るというより、やりづれぇなコレ、ってところだろう。
「よし、始め!」
何の前触れもなく、組手の開始が告げられた。
スロースターターと指摘された欠点を意識し、速攻を仕掛ける。
遠距離攻撃禁止というのも手伝って、迷いは一切ない。
飛んでくるものに対して、つい驚いたりするのが人間というもの。
それを意識して跳び蹴りを見舞った。
転がるようにしてヤスモトさんは避けて距離を取ると、両手をパン、と胸の前で合わせる。
「変幻自在―――chameleon」
その両手を開くと、ヤスモトさんの手には光の棒が握られていた。
カメレオン、それが彼女の特性だ。
棒という形態は一部に過ぎず、剣にも盾にも銃にもなる、マリさんとは違った『何でもアリ』の能力である。
少なくとも、特性は封じられていない。それだけは頭に入れておこう。
それ以上の推測は今はまだ邪推になるかもしれない。
とにかく、私は攻めの一手あるのみ。
「アンタッチャブル!」
両手にまとわせて飛び込む。
体から離れていないのだから、遠距離攻撃ではないはずだ……きっと。
ヤスモトさんは私の能力を警戒するだろう、しかし、攻撃にアンタッチャブルを使わずに、あくまで本命は徒手空拳。
これで多少なりとも虚を突かれてくれるとありがたい。
カメレオンの迎撃をアンタッチャブルで弾き、更には水面蹴りを繰り出した。
ただでさえも、回転する攻撃は何が来るかも分からないし、防御しようとするのであれば、頭が優先される。
そんな中、下段も下段の低い位置への攻撃は、ちょっとやそっとで対応出来るものではないはずだ。
「うわわっ!」
その思惑は的中し、ヤスモトさんを転ばせる事に成功した。
そう、倒すとかダウンではなく、転ばせる程度の攻撃なのだ、水面蹴りとは。
だからこそ、予想の中には入っていなかっただろう。
このまま追撃―――さて、何処を狙おうか……特に思いつかなかったので、とりあえず顔面を踏みぬく事にした。
が、横から幾重にも分かれた光の棒が突いてくる。
ちょ、この数は、目付きとか喉の攻撃になりませんかねぇっ?!
アンタッチャブルで障壁を作るものの、追撃のタイミングを失ってしまった。
ヤスモトさんも、攻撃よりも態勢を整える事を優先したようで、仕切り直しといった間合いが空く。
こりゃあ、長引きそうかなぁ……?
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