現場仕事5
「ぜーはーぜーはー……ゴホッ!」
いかに体力があろうとも、全力疾走は疲れるものである。
最後の柱を地面に突き刺しながら、杖のようにもたれかかる。
「柱を……立て終え……ました」
「ご苦労さま。こっちは機材の準備も終わっている。合流してくれ」
「わ……かり、まし、たぁ……」
未だに荒い呼吸と火照る体で徒歩はちょっと嫌だな。
「アンタッチャブル、オドの取り込み量はどんな感じ?」
『満タンです』
「え? 満タン? さっきの魔法行使の時のは?」
『先ほどのは使っておりません』
「あー、なーんか疲れると思ったら、そういうことか、そうですか……って、なんでサポートしないのよ!」
『オーダーにありませんでした』
「~~~~~~~っもう! とにかく飛翔魔法を使うわよ! もちろんオドでね!」
『オドによる魔法行使を実行します。詠唱をどうぞ』
「少しは悪びれなさいよ、はぁ……。――――――浮かべ、駆けろ」
乱暴な言い方をすれば、たいていの魔法に大仰な呪文は必要が無い。
やりたいことが出来るようになるのが魔法。
魔力を十分に持ちうるなら、その思いを魔力を込めて正しい方向へ持っていくだけで、魔法は出来る。
自分の限界ギリギリの魔法であれば、精霊であったり地母神だったりへの祝詞をあげたり、私のアンタッチャブルのような守護霊に呼び掛けたりと、サポートを依頼する必要があるけども。
それが俗に言う呪文だ。
ちなみに魔法陣はその呪文を直接書き込んだりしたもの。
これに魔力を流し込むだけで、魔法の行使が可能となる。
「ポイントまで運んじゃってねー」
『かしこまりました』
眠くなるような気だるい疲れをまといながら、アンタッチャブルに任せて遊泳する。
スーツのおかげで姿勢制御も楽々だ。
『Piーーーー!―――魔力の奔流の増大を確認』
「!?」
ウトウトしていた頭が一気に冴える。
「ポイントに急行!」
『陸路をお勧めします』
「なら早く降ろして!」
フッと体が自由落下。
両足を地面にめり込ませながら着地し、即座に駆け出す。
「走れ!」
『オドによるブーストを開始。ショックアブソーバー、ガススプリング起動』
自身の魔力、マナによる足の速くなる魔法にオドでさらに魔力を加算する。
衝撃を吸収する機構、反対に反発させる機構も動いたみたいだ。
『さらに増大。空間湾曲限界値まで、もう間もなくと思われます』
もう? 増え始めてからほんの僅かな時間じゃない。
ただ小規模な転移であることの証拠だから、本来なら嬉しいことなんだけど。
今じゃないでしょ!
「おおおおおおおりゃあああああ!」
最後の丘を走り幅跳びよろしく飛び越える。
ズザーっと着地をして、現場に到着するって、カッコイイよね。
『スポイラー作動、空力ブレーキ』
着地寸前に、強化スーツの一部がブラウスやパンツの隙間から広がり、勢いがなくなる。
予想、いや、理想に反して、フワっと着地することになってしまった。
くそ、アンタッチャブルめ……。
心の中で何度目かの悪態をつく。
「着いたか、もう降りてくるぞ」
「はぁはぁ、はー……い」
『体の冷却を始めます』
髪とブラウスの襟を軽く整え、ジャケットのボタンを締める。
さてさて、どんな人がくるのだろうか……。
この瞬間に立ち会うのは、やはり緊張する。
係長や先輩もそうなのだろうか?
「む、来たか」
歪んでいた空間が遂に開き、中から人が出てくる。いや、落ちてくる。
お、人か、良かった良かった。
広げていたクッションにドサッと落ちるのを見届けると、私たちは近くに寄っていく。
「えー、聞こえていますかー? おカラダに支障はないですかー?」
拡声器を使って、呼び掛けてみる。
が、応答がない。
「クッションに埋もれてしまって、話せないとかですかね?」
「ありうるかもしれないな。特別強力な魔力を感じるわけでもない。接近するぞ」
様々な器具の入ったバッグを肩にかけ、周りを警戒しつつ歩いて距離を詰める。
と同時に計器を近づけながら、様々な要素を出す。
「おかしいな、金属反応もない。魔力反応が無いならサイボーグなどだと思ったが、どういうことだ。なにかしらの人造人間の線もあるが、どれにしても魔力奔流が説明つかない」
「サーモスコープ起動します」
「任せた」
「んー、ちゃんと熱は持っているので、生き物ですね」
「なら、何でもない一般人がこっちに来てしまった、ということかもしれないな」
たまーに、なんの力も持たない人間がこっちに来たりすることがある。
大概ひと月もすれば、この世界で慣れてしまう。
さて、そんな話をしながらも、問題なく到着できた。
しかし、その時に悲劇は起こった。
「それなら安心なのですけどね……きゃあ!」
「!? どうした!」
私の眼前には、半裸に動物の皮をまとった男性が居たのだった。
気絶しているのか、目を閉じている。
そして、足を広げている……。
「ああ、あ、あ、あ、そのー、なんというか……アレが、丸見えで」
「む、これはどうなんだ。セクハラに触れるのか?」
『抵触します。ただ、この場合、被告はこの男性ですのでご安心を』
「そうか、ありがとうアンタッチャブル。なら、このまま転移者を確保する」
なんでそんな冷静なの二人?とも……。
アレを見るって、そんなに普通にあることなの?
「とりあえず、担架が必要か。新米、組み立てを手伝ってくれ」
「……あ、はぁ……」
衝撃が強すぎて生返事になってしまった。
必死に平静を取り戻そうとしながら、携帯用担架の係長とは反対側に膝をつき、組み立てを始める。
まぁ、その時には既に係長側は終わっているようだったけど。なんでも早いなこの人。
「よし、こっちは終わった。少し本部と通信してくる」
「あ、はい」
脳裏にアレがこびりついてしまい、忘れよう忘れようとすればするほど、アレが浮かびあがる。
あーもう、作業に集中しなきゃ!
「新米!」
大きな声で私を呼ぶ声。
一体なんだろうと思うと、背中に衝撃が走る。
吹っ飛ばされながら、態勢を立て直し振り向くと、さっきの半裸男。
そうかそうか、起きたのか。起きちゃったのか。
で、起き抜けに、馬と追突したような威力の突き飛ばしをかましたのか。
―――まぁ、問題ない攻撃力だね。
「……上等」
半裸男はチラッと係長を見た途端、おびえた表情になり逃走しようとする。
動こうとする係長を手で制し、瞬時に正面に回り込む。
驚いた表情を浮かべるが、私の顔を見てホッとしたようだ。
「なんだ女の方か」みたいなとこだろう。
叫び声を上げながら飛びかかってくる半裸男。
女だから押し倒せるとでも思った?
「“触るな”変態!」
粘度の高い液体にものを投げ込んだような鈍い音が響く。
ゆっくりと半裸男の体が崩れ落ちた。
「……確保終了です」
「久しぶりに見たな、アンタッチャブルの力。まぁ、ちとやり過ぎかもしれないが。殺っちゃってはないんだろ?」
『脈、呼吸、ともに確認できます。物凄い量の魔力が送り込まれてきましたので、周囲に散らしておきました』
「おー、運が良かったなコイツ」
「フー…フー……!」
「そろそろ落ち着け新米」
あー、もう、感情的になってしまった。
私の特性は、守護霊の名前のとおり「不可侵」の能力。
空気圧と魔法障壁、重力の三つの力をベースに、その日の気分で何かしらの属性が加え、侵入不可で不可視の壁を作ること。
その私だけの魔法は当然防御に向いている。
しかし、それを私は今回攻撃に使った。
不可視の壁を分厚く展開し、対象の体を包みこむだけ。
それだけで、いきなり全身をプレス機に挟まれたようなもの。
うん……自分で言ってて、よくこの人死ななかったなぁ……