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「アルダール・サウルさま、」


「アルダール」


「……。……、……アルダール、さま。重ねて申し上げますがエーレンさんとの会話は他言無用でよろしくお願いいたします」


「できればもう少し大きな声と、さま付けも外して欲しいところかな。……君は何を隠してるんだい?」


 結局アルダールに頼ることにしました。……呼び捨てにできてないのかよって? ほっとけ!

 いやどう考えてもミュリエッタに関することを上手く切り抜ける方法が思いつかなくてね。


「隠し事というわけでは……エーレンさんが地元の方とお話しになっている時に気になったことがありました。不確かなことですので報告を上げる前に確認したいだけです。状況によっては騎士団に報告してくださって構いませんが……今は、一旦お待ちいただけませんか」


 仕事の延長上とは言えない。個人的にエーレンさんに面会申し出てるだけだからね……だからアルダールの口調は砕けたものだけど私としてはなんて説明していいか正直分からなかった。

 まさか「前世の記憶があるんです! この世界によく似たゲームがあって、エーレンさんの知り合いがその主人公で、同じように前世の記憶持ちの可能性があるんです!!」とか言える訳がない。


 言ったが最後、電波だと思われるわ。

 いや電波と思われるどころか急遽精神を病んだってことでどこか地方の修道院とかに押し込められる未来しか見えないわ!!


 まあそんな暗澹たる人生なんてごめんなので、アルダールには「ちょっと気になることがあるからエーレンさんに会いたいが情緒不安定らしいから付き添いをお願いします」と当たり障りなく説明したんだよね。

 私が気にするっていうことが彼にも気になったようで……くっ、こうなるとわかっていたからどう説明したものか。いやまあ、エーレンさんとの会話で収穫があるかどうかもわからないしね。

 

 勾留されているって理由が園遊会にいた元カレとの関係性からなんだけど、王城勤めがそれなりに長いしエディさんの婚約者ということもあって大人しく事情聴取に協力してくれればそれで済んだ話なんだと思うんだよね。

 そこで大人しくできなかったから疑惑が払拭できなくて勾留に繋がったわけだから、このままだと減給どころか解雇だって見えてくるんだけど……そこの所彼女はわかってるのかしら?


 アルダールと面会手続きを済ませると、見張りに立っていた兵士が私とアルダールを見比べて口を開いた。


「それでは、近衛騎士殿がついているので大丈夫だと思いますが……」


「ああ、彼女の護衛は私が必ず」


「面会時間に今回制限はかけられていませんが、もし対象者が暴れるなどの様子が見受けられた場合は強制的に拘束をせねばならないため退避いただくこととなります。その点をご了承ください」


「承知いたしました」


「落ち着きを取り戻したようではありますが、未だ気が立っているようですので刺激なさらぬよう」


 念を押して言ってくる騎士の様子にどれだけ暴れたのだろうと思わずにいられません!

 一般兵士ではなく騎士の詰め所に勾留されている点は侍女であることとエディさんの婚約者として重んじてもらえているのでしょうが、このままではやはりエーレンさんの立場は悪くなる一方では?

 そう思いましたが、まあそこは彼女と話をしてみないとわかりませんね。


 エーレンさんは勾留されているとはいえ、騎士団の詰め所の一角に軟禁されているだけの結構良い待遇だった。室内にあるのは簡素なベッド、クローゼット、小さなテーブルと椅子とランプだけというのが何とも侘しい。花くらい持ってきてあげるべきだっただろうか?

 彼女はその椅子に座って毅然とした態度で、睨みつけるようにして私を見ていました。


「何か御用?」


「ええ。私も座って良いかしら」


「好きになさったらどうですか。貴女は私よりも身分あるお方ですから私の許しなど必要ないでしょう」


「……そう、ありがとう」


 ツンケンした態度、でもどこか繕ったような気位の高さ。

 辺境出身というのは彼女にとって知られたくなかった部分なんだろうなあ。私に知られたという事は理解しているんだろうけど……だからこそ、かな。

 まあこの程度の態度でどうこう言うほど私も狭量ではないし、寧ろそういう意味ではスカーレットで鍛えられてますから! いや、あの子の場合バ可愛いから……おっと口が滑った。


「貴女みたいなつまらない女でも、エディみたいに真っ直ぐな男、落とすのはさぞかし簡単だったんでしょうね」


「は?」


「でもお生憎様! 彼はアタシの事がすごく好きなのよ。何を言い訳しに来たか知らないけど――」


「エーレンさん、すでに統括侍女さまにも申し上げましたがその点において私は潔白です」


「はっ、口だけなら何とでも言えるわよね!」


「……はっきりともう一度。そういうことは一切ございません。私としては将来を誓った殿方がいらっしゃるのに関係を絶たずに自然消滅を狙った上、他に熱を上げる……という方がどうかと思いますけど?」


 おっといけない。こんな風に言ったら反感を買う……ってもうやらかしちゃったよ。

 だってイラッとしたんだもの!! なんでここまで言われにゃならんのよ。

 私だって聖人君子じゃないからね。


 でも私の言葉にエーレンさんも自覚があるからだろう、ものっすごい形相で睨まれたけどそれ以上は何も言われなかった。

 うっ、怖い。超怖い。美人のマジギレ怖いわあ!!

 いやしかしここで怯んでは女が廃る。というかそういう勝負しに来たわけじゃないし……一言物申したかったのも事実ですが、それよりも私には目的があるわけですから。


「エーレンさん。私は貴女と争いに来たのではありません」


「……なによ、嘲笑いに来たんでしょ? 領地持ち貴族の娘で、幼少の頃から王女殿下のお気に入りで、今や地位と名誉をお持ちだけどモテないから僻んでるんでしょ! わかってるのよ、こういう事態で正面切ってアタシのこと詰れるんだから意気揚々と来たんでしょ。厭味ったらしくアルダール・サウルさままで連れてきて!!」


「エーレンさん、落ち着いて……というのは難しいかもしれませんが話を聞くくらいはできるでしょう? これ以上罪を重くしたくはないでしょう?」


 エーレンさんの私に対する態度にアルダールが厳しい眼差しを向けたのがわかったので、慌てて彼女に声を掛けてみれば罪が重くなるかもという言葉に過敏に反応しました。

 うん、これは一応……わかって、いるのかな? いやわかってないか。じゃないとあんな反応したりしないよね。

 

「私への誹謗中傷を止め、反省の態度を示すだけで貴女への処罰は軽くなるかもしれません。元よりそこまで処罰が重いわけではありませんし」


「……だって、アタシが辺境の出身だと知れてしまって、……きっと、筆頭侍女さまだって、」


「外宮筆頭はそれを知って尚、貴女が優秀で努力家だと庇い続けてくれています。私も貴女個人に対し、悪感情は持っておりません。ただ、私とエディさんが浮気をしていただのなんだのあらぬ事を言った点を正してくださればそれで結構です」


「嘘よ、アンタは王女宮の、王女のお気に入りだもの」


「え?」


「だって、ミュリエッタが……」


 エーレンさんはぶつぶつと呟くように何かを言いましたが聞き取れません。

 ただ、また聞こえた『ミュリエッタ』という名前。一体エーレンさんは『ミュリエッタ』に何を言われていたんでしょうか?

 私はどう切り出してよいかわからず、またエーレンさんに何と声を掛けるか迷ってしまいました。


 だってそりゃそうでしょう。

 見た目は美人のエーレンさんですが、すっかり憔悴していて挙句に今なんだかちょっと精神病んでいるみたいな雰囲気なんです。ホラーですよ、ホラー。

 私、こう見えてチキンハートの持ち主なのです……あんまり表情に出ないだけで。


「王女宮の人に睨まれたら、酷い目に遭うって……アタシは辺境に、戻りたくない……!!」


「エーレンさん……?」


 彼女は一体、何を言っているのでしょう。

 よしんば、侍女の職を辞さねばならないにしても辺境に送られる謂れはないのだから城下で職を探せば良いだけです。辺境に戻るとは一体……それに、王女宮の人間に睨まれたらって……私にはそんな大層な権力ありませんよ!


「……失礼、エーレン殿。貴女は色々と誤解をしておられるようだ」


「……え……?」


(アルダール?)


「貴女の態度が頑なであればあるほど、許し処というものが遠のくのです。エディ殿も貴女が此処から出て来られることを望んでおりますし、彼女が言った通り処罰は決して重いものではなく、寧ろ態度次第で軽くもなるでしょう」


「嘘よ……だってエディは、全然来ないもの!」


「それは当然でしょう。貴女の罪を重くするわけには参りません」


「え?」


 エーレンさんは今、すごく感情的なんですね。まあ困っている時に恋人が助けに来てくれなかったら憤慨しちゃうかもしれませんが……エディさんは上司に彼女が今回の事件に関与していないと陳情しているとアルダールがここに来る前に教えてくれましたから。

 下手に護衛騎士が勾留されている人間に婚約者だからと安易に面会すれば、脱走の幇助を疑われかねません。どこでそういう目があるかわかったもんじゃないのが悲しいところですが、ここは王城ですから厳しくて当然とも言えます。

 ですから、無実を証明する。それがもっとも恋人の為になると理解して行動しているエディさんは真摯に対応していると言えましょう。寧ろただの脳筋じゃなかったって私も感動です!!


 それらをかいつまんでアルダールが説明すれば、エーレンさんはボロボロと涙を溢し始めました。

 声にならない嗚咽を漏らしながら、膝の上にある手を白くなるほど握りしめています。


 声を掛けるのは忍びなくて、私はただそっとハンカチを差し出すくらいしかできませんでした。


「……アタシ……アタシ、知っての通り辺境の出身で、アタシの両親が他国からの難民で来た二世なんです。だから、辺境でもあんまり地位が高くないっていうか、差別の対象になってて、仕事はキツいのばっかりだったし、女とみれば娼婦とか愛人になれとかそういうのばっかりで」


 落ち着いたエーレンさんが語り出した身の上話はそりゃもうヘビーでしたね!!

 辺境ってこういうのが当たり前なの? 思わずアルダールを横目で見ると、なんとも言えない表情をされました。うん、まあ、地方性とかあるんだろうし……難民問題は前世でも色々とトラブルがあったことをニュースで見ましたからここでもそうなのかもしれませんね。


「アタシ……アタシが失敗したら、王女宮の人は意地悪だからきっと辺境に戻されるって……」


「そんなことを誰が言ったんです?」


「ミュリエッタよ」


「え?」


「アタシが昔いた所によく来ていた不思議な女の子が、そう言ったのよ……あの子の言ったことはどんどんと当たったの、あの子は予知能力があるのよ……!!」


 エーレンさんが怯えたように私に言った声は、潜められたものでしたが……思わずアルダールの方を見れば、彼も困惑した様子でした。

 でも私は彼女の言葉に、確信を深めただけです。


 そう、ミュリエッタは――ゲームの主人公にして記憶持ちの転生者である、と。

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