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 ディーン・デインさまとの約束にほっこりして自室に戻った私は、届けられていた手紙類を仕分けてげんなりした。

 内容はプリメラさまのドレスを作るのに愛顧している店から新作の布地が手に入った内容、同じように宝飾店から、帽子屋からとまあ要するにダイレクトメールの一種だ。

 その辺は流行り廃りがあるのでインターネット頼りの前世と違ってこういうのをこまめにチェックしたり、店主と意思疎通をしっかりとっておいて優遇してもらったりするのは大事なことだ。

 まあ向こうも“王族”という最高の顧客をそう酷く扱うことはないけど、人間優しくしてくれて良いお付き合いしてくれる相手には誠実になってくれるというものです。

 勿論、下心と駆け引きは忘れずに。相手は百戦錬磨の商人ですからね。

 後は私が愛用しているコーヒーと紅茶の店からと、城下の人気の菓子店、本屋、文具店、叔母さま(父の妹だけど、とても父と仲が悪く私とは仲が良い)から近況を知らせる手紙。


 それらに交じって父親から。

 金の無心だった。

 ちょっとスナギツネの顔になった。


「おいおい、女がなんてぇ顔してんだ!」


「王弟殿下こそ、女の部屋に断りもなく入るなど許されませんよ。しかも窓から……」


「悪いなあ。兄上にいつものように見合いの話題をされて逃げてきたとこなんだよ。アラルバート・ダウムにこの後剣の稽古をする約束をしてるんだ」


「さようですか。お帰りはあちらです」


「相変わらず冷てぇな! ……お前も一緒にどうだ?」


「なぜ私が」


「アラルバート・ダウムもお前と話がしたいんだとよ。俺との稽古の時は一切人を寄せないことになってっからな、ちょっと付き合え」


 付き合えと言いつつ私の腕を握って離さない殿下。

 気安く未婚女性の腕を掴むなんて無作法も良いところだけれどこの人にはやはり貴族の常識なんてものは似合わないのかもしれない。


 夕方なのでできれば食事の支度をしてからの方がありがたかったが、さすがに王太子殿下をお待たせしてはいけないだろうと諦めることにした。

 ポークチョップにするつもりだったんだけどなあ……。



◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□



 さて久しぶりに王太子殿下のご尊顔を拝した私は、当然膝をつき床を見つめるように深く礼をした。

 当然だ、私は貴族位を持つだけの一般人、相手は雲上人なのだから。


 アラルバート・ダウム殿下はゲーム上で言えば、メインターゲットと言える相手だ。

 格好良くて頭も良い、家柄も良くてさらに剣技も素晴らしいという超優良物件だ。

 ただゲームの設定では確か、王太子として期待するだけの父と厳格なだけの母を相手に完璧な子供でありすぎた彼は自分の感情を出すのが苦手で、唯一心を開いているのがこの叔父である王弟殿下と、母親に疎まれている上にデブっちゃって嫁入りも怪しい哀れな妹に対する同情くらいだった。

 そこを天真爛漫で貴族らしくない田舎貴族のヒロインに出会って、その破天荒さに呆れながらも感情表現豊かな彼女に段々と惹かれていくとかなんとかそんな感じだったはずだ。


 だけどプリメラさまは現段階でとても美しく成長を遂げていて、ゲームでは勉強嫌いだったけど今はとても優秀な生徒として先生方も鼻が高い。

 下手をすると3つ年上の王太子殿下よりも頭がいいかもしれない上に、魔法も使えるから……。

 いや、王族は皆すごい魔法使うらしいけどね。

 この世界では誰もが魔法の力を宿していて、その大小は才能としか言いようがない。

 私のお湯を沸かしたり風で物を浮かせたり地面を盛り上げてバケツを置く台を作ったりとかは些細な魔力でできることなのだ。

 プリメラさまは四大属性の基礎力がやや高め、召喚術が得意。

 アラルバート・ダウム殿下は四大属性が高め、特に火属性特化。

 両陛下に関してはわからない。

 王弟殿下は身体強化がすごいらしい。らしいというのはあくまで本人が言ってただけなので。


 私? ……四大属性のみの、平凡よりやや弱い、と言ったところでしょうか。

 いいんです。これで食っていくわけじゃないんで。

 お茶沸かしたりするのに重宝しますよ!! いいじゃないですかそれで!!!


「呼び出してすまなかった。そんなに畏まることはない。顔を上げてくれ」


「はい、ありがとうございます」


「それにしても、休みの日だったのか? いつものお仕着せとは違うけど相変わらず地味だなアー!!」


「叔父上、失礼ですよ。落ち着いていて良いではありませんか」


「だがコイツもまだ若い部類だぜ?」


 くすくす笑う王弟殿下は別に私を貶めたいわけではない。

 ただ相変わらずだと笑っているだけで、悪意はない。それだけで随分違う物だと私は宮廷という魔窟で知っている。

 だけどそんなに地味だろうか。

 お仕着せのメイド服は濃い紺色だけど、今日の私は非番なので落ち着いた濃いめのブロンズカラードレスだ。柄らしい柄はちょっとないけれど、刺繍がそっとされているのがワンポイントで気に入っているけれどやっぱり地味だろうか。

 とはいえ、私自身が地味顔なので派手な服を着たところでミスマッチなんだけどね!


「まあ、似合ってるよ。お前はごてごて着飾るよりはいいかもな。今度俺が見立ててやろうか?」


「遠慮申し上げておきます。殿下、お呼びのことと伺いましたが」


「ああ。そうだな、どこから話すか……お前はリード・マルク・リジルのことは知っているか?」


「……リジル商会の一人息子で、王太子殿下のご友人であると記憶しております」


 貴族の方々からは結構ただの商人の息子如きが王太子殿下のご友人の立場を射止めるなんて! とお怒りのご様子だが、残念ながらリジル商会は国王陛下から爵位を与えても良いのではないかと思わせるくらいの国益を上げているのだ。

 商会だから勿論商売優先だけど、国が富むことも手伝ってくれている大商人というやつだ。だから表立って敵対する相手はそういない。


 そしてこのリード・マルク・リジル。例に漏れなくゲームでは攻略対象者である。

 因みに余談だけれど、この名前がふたつ、というのは貴族の息子に与えられるもので、一般庶民にはあまり見られない。

 リジル家が貴族並みだと挑戦的につけたのだという人もいる。

 まあそれはともかくとして、このリード・マルクは王太子殿下の友人で同い年。

 明るい茶色の髪に愛嬌ある顔立ちの、ネコみたいな少年だ。ツンデレ系キャラだったはずだ。


 王道エンディングが、『見た目が姫さまの方がいいと思ってたんだけど、それはまやかしだった。恋ってこんなに相手を素敵に見せてくれるものなんだね……!!』というデレを見せてくる。

 で、裏エンディングが『愛するキミを、もっと可愛くしてあげたいんだ。ねえ、僕好みになってくれるでしょ?』という実は彼がデブ専だったというオチを持ってくるという……ちょっとシナリオ担当はどういう趣味をと言いたくなるものが存在する。


 私は王女付き侍女ということでまだ会ったことはないが、リジル商会は王家御用達の商会でもあるので出入りは結構あるはずだ。


「そうか、ならば話は早いな。実は先日から、金貸し部門と宝飾品部門の方でお前の父親、ファンディッド子爵が出入りしていることをあいつが告げてきた」


「………?!」


「まあ貴族の中には借金で首が回らない者も多いからな、あまり気に留めることでもないのだが……城下に館を構えているわけではないファンディッド家がなぜリジル商会の本店に出入りしているのか、お前には心当たりがあるか」


「……申し訳ございません。私は勘当された身でありますので……」


「そうか、そういえばそうだったな。ではあの男になにかあってもお前に火の粉が降りかかることはないのか?」


「わかりません、が、そのような事態が予測されるのでしょうか?」


「恐らくな」


「……、なんてこと」


「お前がいてくれるから、プリメラがあんな風に笑えるのだろう。だからお前にはずっとあいつについていてやって欲しいと思っている。これは王太子としてではなく、兄としてだ」


「畏れ多い事でございます」


 少し照れたように顔を背けて素振りを始めた王太子殿下を、私は少し驚いてみてしまった。

 だって彼は、妹を、あまり良いようには思っていなかったはずだ。ゲーム内でも妹が優秀さを片鱗でも見せると嫌そうな顔をしていたから。


 だけどこの目の前にいるのは、ただの妹想いの兄という少年にしか見えない。


「……この間、プリメラと少し話すことが久しぶりにできたんだ。俺はあまり愛想があるわけではないし、母上があの通りだからな、あまり好かれていないと思っていた。だがプリメラは、にこにこと俺のそばで笑っていた。ちょっとびっくりしたが……あの子は、良い子だ」


「……」


 あなたも良いお兄さんですよと思わず言いそうになったが、さすがに黙っておいた。

 出来る侍女は空気が読めるんですよ。

 ついでに空気になっている王弟殿下はにやにやと甥っ子を見ていた。


「父上の偏愛や、母上のかたくなさ、そしてどう動いていいかわからない俺と……家族としてはどこも満たされなくとも、あの子は俺を兄として呼び、俺よりもすごいのにあまり関わりすらない俺の良いところを次々と知っていると教えてくれた。正直恥ずかしかったが、嬉しくもあった」


「……」


 うおおおおおおウチの姫様マジ天使いいいいいいぃぃぃぃ!!!

 そしてその現場にいられなかったことが悔やまれる!

 照れるアラルバート・ダウム殿下と笑って兄上好き好き攻撃するプリメラさまとかもう天使じゃん?!

 脳内カメラフル活動で脳内アルバムに収めたいじゃん?!


「そんな風にプリメラを育ててくれたのは、他でもないお前だろう」


「身に余る光栄でございます」


「謙遜するな。……だからこそ、お前の身内の問題でお前が城下がりをせねばならないような事態は避けて欲しい。協力が必要ならば、リジル商会の方には話を通しておく。話はそれだけだ」


「ありがとうございました」


 ……おかしいな、こんなイベントあってたまるか!

とりあえず、王子が姫をどっかに嫁がせるルートは回避できた模様。

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