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 城下は昨日の騒ぎの割に、穏やかなものでした。

 変わらず活気に満ちた商店街、走りはしゃぐ子供たち、町を歩く行商人たち。ここだけ見ると、話に聞いた辺境でのモンスターに怯える生活など想像できませんね。


 王城の騒ぎは一応箝口令が敷かれていたから知る人ぞ知る状況ですしね。事情を知っている商人たちももう終わったこととして逆に静観することで『今後の付き合い方』を色々決めるに違いない。今回の件で誰と親密にすべきか、誰と疎遠にすれば自らの商売に良い影響を与えるのか……と。

 でも私の方に詳しい話が来るのは一体いつのことやら……。凄腕商人と呼ばれる方々の情報網と先見の明は本当に凄いの一言に尽きますからね。私も見習いたいものです。


 しかしアルダール・サウルさまと並んで歩くのが照れくさい。前も照れてしまったけれど、今はまた状況が違うっていうか……よくよく考えたら前の時もあれだけ意識してたのってもしかして私は自覚がなかっただけで片思いしてたのかなあ。


 ……。


 ……うん、まあ深くは考えるのよそう!

 自ら墓穴を掘るような真似をしたって何も生み出しませんからね!!


「どうかしましたか?」


「いえ、今日も良い天気だと思いまして」


「そうですね、気持ちの良いくらいの天気ですからね」


「ええ、本当に」


 野苺亭は昼時だったからかそこそこ混んでいて、やっぱりカップルが多かった。

 今度こそ私たちもカップルだけどね! 案内されてメニューを開いて……あれ、この間とあんまり変わらないような気がする。

 私が単純だからなのか? 芸がないのか? こういう時って恋人らしい(・・・)ってどうしたらいいんだろう。他のテーブルの女性を見て真似るとかした方がいいのかな。いやいや、他をちらちら見てたら不審がられるよね、ダメじゃん!!


「ユリア殿……先程から何か難しい顔をしてますが」


「えっ?! いえ、あの……アルダール・サウルさまは何を頼まれますか」


「私ですか? そうですね……うーん、このお勧めになっているグラタンにしようかと。デザートにアップルパイも付いているんですね」


「ああ、それは美味しそうですね。私もそれにしようかしら」


「じゃあ決まりですね」


 きのこたっぷりマカロニグラタンにサラダにアップルパイのセットって美味しそうじゃないですか。

 カロリー? うん、あんまり考えません。

 正直言いますと、前世の生活よりもずっと健康的な生活をしてますからね。たまにはがっつり食べたっていいじゃない!


 ……はっ、これデートだった!

 美味しそうなものに思いっきり釣られる女はモテないとか昔会社の先輩が言っていたような……って今更アルダール・サウルさまに対して取り繕う方がおかしいか。

 前も食事を共にしてるし、美味しいデザートが食べたくて作ってるのも知られてるし。


 あれだ。物は考えようだ。

 私らしさを知ってそれを好いてくださった奇特な方なのだ……と!!

 なんだろう、自分の中から女子力がドロップアウトしていった気がする。元々そんなにないけど。


「……アルダール・サウルさま。始めに申し上げておきたいことがあります」


「なんでしょう?」


「その……私たち、こ、恋人同士になったのですよね? ですけれど私は前にも言いましたがこういうことにはまったく縁がなく、どう振る舞えば良いのかわからないのです。あなたを楽しませるような話術も持っているわけではありませんし、それほど話題を抱えているというわけではありませんし……いえ、お客さまを楽しませるような話題は知っております。でもそれは違うのだろうということくらいはわかっていてですね、」


 思わず早口になってしまって言い訳の連発だったと気が付いた時にはもう遅い。

 ああーなにやってんだ私、というツッコミが脳内を駆け巡って変な汗が出始めた時にはアルダール・サウルさまが目を丸くしていて。

 そして私が更なる言い訳を考えて口を開いて、でも上手い言葉が見つからなくて、それを繰り返していたらくすくすと笑い始めた。


「本当に……ユリア殿は可愛い人だなあ」


「えっ」


「大丈夫。私は貴女と一緒にいるだけで楽しいんです。一緒に過ごしている時間はとても穏やかで、沈黙だって苦にならない。勿論一緒に話していることも楽しい。それでいいじゃないですか」


「……そ、う、ですね……。……ありがとう、ございます」


 これが……これが大人の包容力というやつなのでしょうか!!

 どうしましょう、碌な経験がないせいか胸が痛いくらいです。これがトキメキとかいうやつなんですね。今胸がぎゅぅってなりましたよ、音が聞こえるかと思いましたよ。

 いえ、前世でそのくらい経験ありますよ。二次元じゃないですよ、三次元でですよ?!


 でも前世でそのトキメキは碌でもない終わり方でしたからね。


 あれは……会社の先輩でした。

 カッコ良い大人の男性が優しくしてくれてゲームみたいな展開が?! みたいに思ったら案の定違っていた……なんて恥ずかしい片思いを思い出します。まあ、その先輩は色んな女性に愛想を振りまいていて私と同じように誤解されることもしばしばだったと後で聞いて自分のチョロさと迂闊さを恥じたものです。

 あの時は「恋愛なんてゲームがあればそれでいい……」なんてやさぐれたものです。いやはやお恥ずかしい。


 まあそんな悲しい思い出は今や忘れるべきなんだろう。だってそれはやっぱりあくまで前世の話。


 食事をしている時も、ただ世間話をしている時も、確かにアルダール・サウルさまが仰ったように一緒にいるだけで私も楽しいと思う。それはやっぱり大事なんじゃないのかな。

 ドキドキしちゃうし顔はやっぱり真っ直ぐ見れないし、名前を呼ぶのもハードル高いとか思っている私だけども。


 ……どうしよう、自分の恋愛偏差値低すぎて泣きそう!

 こういう時は話題を変えていくのが得策ですね、そうしましょう。


「そういえばお聞きしたいことがあったんです」


「なんですか?」


「剣聖候補ってどういうことでしょうか?」


 そうそう、これ聞いておきたかったんだよね!

 ゲームで戦闘とかあったけど、剣聖とか出てきたことなかったからね。そういうのあるんだーくらいにしか思わなかったし……侍女生活してるとそういうの関係ないもんだから。

 いや、私が興味なくてわかってなかっただけかもしれないけど。そういやどっかで聞いたかな? ってくらいで……。


「ああー……いえ、あれはギルデロックが勝手に言っているのです。というか、私たちの師匠というのが現在剣聖と呼ばれている方なんですが、元はシャグラン出身の傭兵です。剣の腕は一流ですが、女性と酒と賭博が大好きな方でして……」


「まあ」


「宮仕えなどは堅苦しいと一切断り放浪の旅をするような人です。私はたまたま父が話を聞きたいと招いた際に筋が良さそうだと面倒を見てもらったんですが、ギルデロックからすると『剣聖が自ら弟子にとった唯一の弟子』という風に見えるんだそうです」


「自ら弟子をとるというのが珍しいのですか?」


「ええ、放浪癖のある人ですからね。剣技を教える報酬をもらうという生活方式でブラブラしている人ですから……ギルデロックの時も、シャグランの貴族に借金を肩代わりしてもらってその息子の稽古をつけていると手紙で教えてくれましたよ」


「……また強烈な方ですね」


「否定できません。ですがギルデロックは筋が良かったようで、それでわざわざ嬉しくて手紙を書くような結構気の良い部分もあるんですけどね」


 苦笑しながらも教えてくれたアルダール・サウルさまは、お師匠さまのことを懐かしむようにしていた。奔放過ぎて大変なこともあったけれど、お師匠さまがいたから子供時代救われた面もあったんですって。……それはあれかな、今のバウム夫人が輿入れする前ってことなのかな。

 あんまりその辺は聞いてはいけない気がして聞けませんでした。

 

 お師匠さまは今もどこかで元気に放浪しているらしく時折お手紙をくださるんだそうです。ついでに今度クーラウムに来た時には食事と酒と寝床を奢ってくれと書いてあるんだとか。うわあ、強烈な人そうですよね!!


「まあそういう事ですので、師匠も生きているのに次の剣聖とか候補だとか言われても迷惑極まりないですよ。そもそも、あの人が次を誰にするとか言うでもないし勝負を挑んで来いとでも言うならまだしも一方的にギルデロックが私をライバル視しているだけですからね……」


「そうなんですね」


 そうなんですねしか言えないわー。ギルデロック・ジュードさまが一方的ってのはわかってたけどそこまでか!


「師匠が来た折には貴女の事を紹介させてください」


「え、よろしいんですか」


「ええ。勿論です」


 まあ詳しく知れて良かったというか、アルダール・サウルさまが凄い人なんだなあと改めて認識したということですが……イケメンで剣技が凄いとかどんだけー。ちなみに魔法は風系を使うんだって。得意じゃないとか言ってるけど私よりは魔力があることは確かです。


 いえ。私がものっそい弱いだけの話なんですけどね!


「それと、だけど」


「え?」


 アルダール・サウルさまがふわっと優しく笑った。う、わぁ、イケメェェェンオーラが……!!

 ちょっと口調がディーン・デインさまに向けてみたいに砕けた辺りがまた破壊力を……ってあれ?


「ユリア、と呼んでも良いかな。口調も、もう少しこう……他人行儀じゃないようにしたい。貴女と私は、恋人同士になったんだから」


「は……わ、あの、私……」


「呼んでも良い?」


「あ……は、はい……」


「私のことも、アルダールと気軽に呼んで欲しいんだ。……できると思った時でいいから、ね?」


 は、反則だああああ……私から言い出したかった!

 いやでも実際できてないんだけど!!

 私にとっての超難関をこの人、さらぁぁああっとやってしまいましたよ。


 いや、うん。

 嬉しい、から……いいけどね。

 砕けた口調のアルダール……さま、いや、アルダール、は……正直、特別感あるし……。


「……ぜ、善処します……」


 でも私が彼の名前を呼び捨てにするのはまだまだ先のようだ!!

 とりあえず脳内でシミュレーションして慣れて行かないと挙動不審にしかならない気がしてなりません。ああ、ヘタレということなかれ……。


 野苺亭を後にして、私たちはただ町を適当にぶらついてみましたが特に何もありませんでした。

 でもなんだか楽しかったというのは事実です。


 今後も休日は、こんな風に過ごせたらいいね、なんて話をして……ああ、私もリア充の仲間入りですね!


「そういえば私たちの関係はもうバレバレなんだろうけど、一応王女殿下にはご報告申し上げた方が良いのかもね。王弟殿下には私から伝えておくけど……」


「ふぐっ?!」


 な、ナンダッテー!!

 いやでもそうか、風紀上の問題もあるしなによりプリメラさまからしたらご婚約者の兄君と自分とこの侍女がお付き合いとか知っておかないと女主人としての立場が云々あるのよね!


 え。えええ。ちょ、ちょっと……なんというか、更なる難易度が高いミッションがここにきて登場、だとぅ……!!

あまァァァァァァァい!(当社比)

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