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 どうもギルデロック・ジュードさまは私がこの話を聞いたら「なんて素敵な褒美なの、ありがとうございます!」と飛びつくと思っていたようだ。すんごい驚いてるし。

 ま、まあそういう女性も世の中にはいるかもね? 次期公爵の愛人ってポストは決して悪くないと思うから。本人曰く、奥さまも公認してくれて生活は保障するって話なら日陰者って立場にはならないだろうし。


 とはいえ、私は筆頭侍女というあまり高くない身分であるにしろちゃんとした『役職持ち』です。王族にお仕えするだけの実績と信頼ある人間を引き抜くっていうのは国同士のトラブルの元になる行為でしょう。

 ましてやそれが下位とは言え領地持ちの貴族の娘に対しての一方的な要求となれば『うちの国に喧嘩売ってンのか、アァン?!』っていうきっかけにもなり得る話なのですよ。勿論、私の断り方が宜しくなくての国際問題、もあり得ますが……前提としては向こうが『他国の』大貴族であり、『無作法に』自国の娘に言い寄ったという方が問題視されるでしょう。


 普通は誰かに間に入ってもらって円滑にするものですし、この場合は私の主であるプリメラさま、の後見人としてここにいらっしゃる王太后さまに間に入っていただくのが筋と言うものです。

 それをすっ飛ばして諸手を挙げて喜ぶであろうなんていう軽い見積もりの行為はあまりにも滑稽で無様、あってはならない醜態もいいところ。

 シャグラン王国ではどうか知りませんが、少なくともこのクーラウムでは当面社交界では笑いもの間違いなしの行為なのです。


 ちなみに上の人からの申し出を断る方法も勿論あります。

 ある程度これは金子が必要になりますが、やはり間に立てる地位の高い方に依頼する、という形ですね。まあ今回私がちょっとストレートすぎる物言いでお断りしたのは角が立ちかねませんが、向こうの失態もありますし王太后さまのご機嫌を損ねたということで有耶無耶になるかもしれません。

 いえ、ボーナスが期待できなくなったかもしれませんね……そこは覚悟しておきます。ええ、しておきますとも!


「ええ、確かにユリアはよく仕えてくれて気の利く、良い娘です。侍女としての責任感もありますし貴族の令嬢としてのマナーもばっちりですわ。だけれどそんな女性を、仲人も立てずに一方的に婚姻の申し込みをする……というのは少々どころか大分礼儀知らずではなくて? その上、愛人ですって? 貶すような言も見受けられましたし、それで幸せにできると? そしてそれをわたくしたち王家の者が諸手を挙げて賛成するとでも? 面白い冗談ですわねえ」


 にっこりと、おっとりした雰囲気のまま王太后さまが反論を許さずぐいぐいと言葉で攻めていく。

 相手がこの国の王族とあって、大臣もあうあうしている姿はなんとなく可哀想だ。奥さまはフォローせずに相変わらずワイン飲んでるし。……気に入ったのかな。


「まあ、でもそうよねえ。シャグランでは許されるのよねえ」


「そ、その通りです! シャグランでは愚息の態度は少々荒っぽいものの、男らしいと評判で――」


「でも」


 やんわりとした口調から一転、王太后さまが厳しい声を出して扇子を広げ、その口元を隠した。

 なんだろう、大臣閣下、それはシャグランの社交界というものがこちらに比べると横暴でがさつだと明言したようにも聞こえますけど。

 王太后さまは目つきは鋭く、バルムンク一家を睨みつけている。


「だけれど『ここ』はクーラウムなの。自重していただけるかしら」


「はっ……は、いや、その。そ、そうですな。園遊会のこの開放的な素晴らしい空間に我々も少々甘えてしまっていたようだ。ギルデロック、貴様も謝罪せんか!!」


「ぐっ……も、申し訳ございませんでした」


「あらあら。私よりも一方的にとんでもない理由で婚姻を申し込まれた若いお嬢さんに言うべきではないかしら?」


 おっとー王太后さまのフォローは留まることを知らない!!

 若いお嬢さんですって! 若いお嬢さん……なんて良い響きでしょう。この国では二十代というだけで確かに行き遅れ扱いでしたからね……自分の中では前世の感覚も相まってまだまだ若いと思っているんですが、世間の評価は厳しいものです。

 なんて優しいお方なんでしょうね……優しさがここのところ色んなことがあった私にはとても温かいです。


「……ユリア・フォン・ファンディッド。性急な申し出、すまなかった」


「はい、謝罪をありがとうございます、バルムンク公子」


「申し出を受ける気になったならばいつでも」


「ですから結構です」


 聞こえてる? 聞こえてますかねこの御人。私結構ドがつくストレートにお断りしてますからね。

 しつこい男は嫌われますよ?!

 しかしこの件でバルムンク公爵……シャグラン王国の大臣ともあろう人が、クーラウムに些細なこととはいえ恩を売られてしまったということね。王族がする園遊会で、傲慢な振る舞いなんて笑えない話だわー。シャグランではあれが当たり前だっていうなら、私はシャグランに嫁いだりとかしないわ。いや、そもそも嫁がないけど。


 はぁ、これで一応決着ですかね……アルダール・サウルさまに関しては後程ご説明申し上げることにしても気が重いと申しますかなんというか……。


「ふふ、大丈夫よユリア。わたくしたちは貴女がそばに居てくれたら嬉しいもの。望まぬ結婚なんてさせませんから安心して頂戴ね。ね、プリメラ」


「はい、おばあさま! ユリア、ごめんね。こういうお話だと思ってなかったのよ。でも……ユリアがそばに居てくれたら嬉しいけど、その、行き遅れ、とか……あんな悪口を言わせてしまうのはわたしの所為よね……?」


「い、いいえ王女殿下、そのような事は決して!」


 ただの恋愛音痴なだけなんですごめんなさい!! プリメラさまが責任を感じるところじゃないのよおおおお?!

 目を見てお話しできない系のインドア女なだけなんです。お菓子とか作ってプリメラさまと一緒に居られるのがすごく楽しいからね、本当に!!


「そうよープリメラ。安心なさい、ユリアならちゃんとするから。ねえ、そうよねえ?」


「え? は、はあ、まあ、なんというか……ええと、善処いたします……?」


「ええ、そうしてちょうだい。あ、そうそう」


 ふいっと王太后さまは後ろを振り向いて、アルダール・サウルさまの方を向いた。


「それで? 先ほどバルムンクのご子息に試合申し込まれた件はどうするの? ちょうどユリアが戻ってきたから返事が有耶無耶だったでしょう」


「は。……私めはこの国の近衛としての勤めがございます故、私闘は厳しく禁じられておりますことは王太后さまもご存じのことかと思います。規則ですので……」


「あらあら。相変わらず面白みのない返事ねえ。でもまあそれが当然ね。ということでバルムンクのご子息、諦めてくださいな」


 とうとう名前で呼んでもらえなくなったね。王太后さま、こういうの厳しいお方だからなあ。いや、それにしたってギルデロック・ジュードさまの態度があり得なかったんだけど……。よくもまあ今まで無事だったなあ……。

 悪い人ではないと思うんだよねえ、ぶつかりそうになった侍女とかを怒鳴るでもなく気遣えたり、動機が嫌いな親の云々って言うのはどうなのかと思うけど。曲がったことが嫌いだから正せたことに対して感謝したりと、まあ、悪い人ではない。ただ悪い意味でのお貴族さまって感じな上、周囲がそれに沿って当然って態度が悪い印象になるわけで……周囲がそういう環境だったらやっぱりそれが当たり前ってなっちゃうのかもしれないけど。

 騎士として有能だっていう話だから、貴族として考えるより騎士さまとして対峙した方が接しやすいのかもしれない。


 ……いや、もう相手することもないか? いや待て、今後アルダール・サウルさまとお、おおおおおお付き合いなんぞしちゃったらですな、もれなく時候の挨拶で決闘の申し込みしてくるこの人とも縁が続く……のか?

 いやいや、そもそもお付き合いと申しましてもあれですよ健全かつ未来がどうこうとかではないただの男女のお付き合いと申しますか単なる男女の交際ですのでまったくもって相手方の交友関係が私の方に影響を及ぼすかと言われれば大した変化はないんじゃないかなと予想できるわけでありますが!


 はあ、自己弁護疲れた。


「「――! ――!! ――」」


「あら? なんだかあちらのが騒がしくなってきたわね。ユリア、悪いけれどちょっと見てきてくれるかしら」


「はい、かしこまりました」


 確かに歓声とも悲鳴ともとれるような声が聞こえた。

 さっきみたいに誰かが痴話喧嘩、とかならいいけど……そう思いながら王太后さまに頭を下げて身をひるがえしたその瞬間、ガザァ、という音と舞い上がる葉っぱと花びら、そして遅れて突風に釣られるように空を見上げて。


 ゴ ァア ア ア ア ア ア ア ァァ!!


 大きな大きな声で叫ぶ、モンスターの姿が私たちの前に、いた。


 あれ……私、今年厄年だっけ……ってそんなものこの世界にないわあ!

 ちょっと待って、なにがあったの私の侍女ライフ?!

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