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ま、まあその後はわちゃわちゃしましたよ。
乱入(?)したエディさんにエーレンさんが驚いて泣き出して「違うの、これは違うの!」ってお約束のセリフを言ったり後ろにいた私に気が付いてドスが利いた声で「浮気かコノヤロウ」ってキレ始めたり、同様にエーレンさんの元カレ(?)がエディさんに向かって「テメェがエーレンを誑かした野郎か!!」とか修羅場勃発ですよ。正直怖かった。
え、私は関係ないですよとは言い出せない状況でした。
私の託を聞いた外宮筆頭が現れたのでバトンタッチしましたけど、代わりに今度は私がお使いで統括侍女さまの前に行かなきゃいけなくなったりとか……。
エディさんは堂々とした騎士としての態度を崩しておられませんでしたので大丈夫でしょうが、外宮筆頭は大丈夫かしら。園遊会内部は基本的に武器の持ち込み禁止とはいえ、一部の護衛の方は許可が下りてましたので抜刀沙汰などが起こっていたら怖いですよ!
報告した時の統括侍女さま毅然とした態度に見えましたけど、アレは一瞬意識が飛んでたんじゃないかと推測します。
いやあ、他のお客さまが若干興味のまなざしを向けていたのできっとあの叫び声にも似た罵倒の声は一部の人の耳に届いてしまったのでしょうね……これは園遊会に泥を塗ったことになるんでしょうか?
そりゃそうだよね……私が、ではなくとも当事者のエーレンさんはこの国の侍女なんだから。この国の侍女が痴情の縺れから人気のないところで婚約者以外の男と密会した挙句婚約者を前に取り乱し罵倒大会が行われたなんて恥ずかしい話以外の何物でもありませんよ!
流石に痴情の縺れ云々はエーレンさんからしたら言い過ぎかもしれませんが周囲の人にはそう見えたはず。っていうかきちんと別れてなかったんなら痴情の縺れで間違いないでしょうね……。
今回は当然と言えば当然ですが、私にお咎めはなさそうです。トラブルが起きそうで直ぐに行動を起こしたし、責任者に連絡をしていますし、単独行動もしておりませんからね!
とはいえ、連れて行った騎士がエディさんでなかったならばエーレンさんがあれほど取り乱すことにはならなかったかもしれないと思うとそこはちょっと反省すべきかもしれません。
こういう事態が起こるなんて誰が予想できたんだって話なんですけどね……。
けれども大勢いらっしゃるお客様のほとんどがこの騒ぎに気が付かれておりませんし、また言い方が悪いですが下々の問題に彼らが興味を示すほどのこともなかったのでしょう。園遊会そのもの、メイン会場は和やかな様子そのままでした。
これがどこかの貴族の方だった、となれば一気に醜聞として社交界の中を駆け巡る話題となったんでしょうけどね。
「あっ、ユリアさま」
「メイナ、何事もない?」
「はい、あの、なにかあったんですか?」
「ええ、まあ。そのことは後で」
「はい」
「ユリアさま」
「スカーレット」
「先ほどご不在の際にシャグラン国大臣閣下のご子息がこちらにおいでになり、あちらのご家族が是非お話をと仰っていました」
「……そうですか。ありがとう」
ええーなんで呼ぶのさ……なるべく大臣のそばとか行きたくなくて細やかな仕事見つけてはそっちに行ってたのに。
プリメラさまとディーン・デインさまのお姿を見つつ、給仕はセバスチャンさんに任せて安全圏とか思ってた私のこの考えに天罰でも下ったんだろうか?
いや、やっぱりお仕事だもんね。逃げちゃいけない……ってことなんだろう。
筆頭侍女としてご挨拶、はしたけど! 他のお客さまに比べれば確かに会話はあんまりしませんでしたし。やっぱりこんなんじゃダメよね、プリメラさまの顔に泥を塗るわけにはいきません!!
スカーレットだってうまく猫被ってくれているし、メイナだって緊張しきってるのがモロバレだけど頑張ってるものね……ここで私が頑張らないでどうするって話ですよ。
「お呼びと伺いました、王太后さま、王女殿下」
「ああ悪いわね、忙しいのに」
私を呼んだのはお客さまだけれど、私の主はプリメラさま――この国の王家です。
ですのでまずは王太后さまとプリメラさまに頭を下げて、用件を伺ってからお客さまに……というのがスマートです。面倒とか思わない。こういうのが作法ってやつなんですって。面倒とか思わない、大事だから二回言いましたよ!
「先ほど紹介したシャグラン王国の大臣殿、そのご子息とはパーティ会場で会われたとの話を聞いたのよ。なんでも改めてお話ししたいことがあるそうで……時間を取ることはできるかしら?」
「はい、王太后さま」
できるかと聞かれてできませんとは答えません。こういうのは形式として上の方が『聞いた』だけで、実際には『そういうわけだから、わかったね』という念押しなだけです。
前世でもそうですけど、上司からの無茶ぶりは大体かわせない……そういうものなんです……。
「うむ、感謝いたしますぞ。さて、ユリアと言ったかな。ワシではなく息子がそなたに話があるそうでなぁ。どんな接点があったのかは知らんがまあ、聞いてやってくれるか」
「はい、かしこまりました」
「うむ」
尊大に頷いた相手……つまりシャグラン王国の大臣というこのおっさんは、ギルデロック・ジュードさまの父親ということである。正直あんまり似てない。ずいっとおっさんを押しのけるようにして前に出てきたギルデロック・ジュードさまは私の方を見てにっかり笑った。
ちなみに大臣の奥さまはこっちにまるで興味がないらしく延々とお酒を飲んでいるようなんだけど……え、ピッチやばくないのあれ?
「うむ、すまんな! だがここでならばちょうど良いと思ってな……ああ、まずは父上の尊大な態度を詫びておこう。息子のオレが言うのもなんだが態度ばかり大物で敵を作りやすいだけの、基本的には無害な男なのだ。誤解を与えてしまったならば申し訳ないが、あれはあれで他意がないので許してやって欲しい!」
「えっ、……は、はい」
ちょっとどんだけいきなり父親のこと貶してるのこの人。これ無自覚で悪気無しっていう一番タチの悪いパターンじゃん? 大臣は諦めてるのか笑顔だけど青筋ちょっと立てただけで何も言わないし、王太后さまは笑ってるし、その後ろでアルダール・サウルさまが遠い目をしていて……大臣の奥さまは相変わらずカパカパとワイングラスをあおってらっしゃるし……。プリメラさまとディーン・デインさまが心配そうにこっちを見ているっていうのだけが私の和みなんですかね……?
なんだろう、私場違いなんでって逃げられたらどれほど楽なんだろう……。
「それで貴様を呼んだ理由だが、先ほども言ったが貴様には褒美をくれてやろうと思っている。この男は我が父にしてシャグラン王国の大貴族。それ故に時として部下が愚かしいことをしでかし、それを見逃してしまうこともままあるのだが……いや、それは言い訳にしかならんな。だがそれにより家名が傷つくことも、父が愚かしい貴族として傷つくこともなかったのは貴様が動いた結果だ」
「……いえ、ですから褒美などいただくわけには参りませんので」
「そこで考えた結果、貴様の主であるプリメラ王女殿下、王太后さまの御前にて話をするのが適していると判断したのだ」
聞けよ!!
いらないって言ってるのにさあ。もう……お願い、もう少しだけ私の言葉にも耳を傾けていただきたい!
とりあえず、さっき言っていた『あの男』って自分の父親のことだったんだ……?
なんだろう。この人貴族としての矜持が高くて正義感が強いのかもしれないけど、色々間違ってる上に尊大なところとかは見事なまでに御父上に激似ですよと申し上げたいところです。まあ、言いませんけど。
「ユリア・フォン・ファンディッド。貴様をオレの愛人にしてやろう!!」
……え、なんだって?
このお坊ちゃん、いきなりぶっ飛んだことを言いだした気がして思わず黙って相手を見つめちゃったよ。
ああ、うん。至って向こうは真面目なんだなと思うとこっちは逆に頭が痛くなってくるっていうか……。
「貴様はこの国の下位貴族の娘で行き遅れ、美貌もコネもあるわけではなく王女殿下の信頼によって今の地位にいる女であると聞く。故にオレの元にくればシャグラン王国の大貴族の内縁とはいえ妻の座を与えることもできるからな、ああ、感謝はせんでいいぞ。確かに身に余る栄誉とは思うがこれはオレから貴様への感謝だからな!」
「大変結構なお申し出ですがお断り申し上げます」
「そうか! ……うん?! 何故に断る! オレの正妻の座が得られんからか?!」
「違います」
「流石に貴様の身分ではオレのような大貴族嫡男の妻には相応しくないし、第一すでに妻がいる。ああ、もしや妻のことが気にかかるのか? 彼女はオレに愛人ができても気にせんだろう。懐の深い良い女だからな、安心するがいい!!」
「ですからそういった事柄全て関係なくお断り申し上げます」
だから聞けよ人の話!!
まあ、普通に考えたら身分が上の人からの申し出は居酒屋テンションで「ハイ喜んでー!!」ってするのが一般的な貴族マナーですけどね。庶民だと更に断れない罠です。これが自国の公爵さまとかからの申し出と称した命令だったらお断りするのはとても難しかったかもしれませんが、そう、この方々他国の方ですからね。
とはいえ、本来はもっとスマートに綺麗に遠回しのお断りをすべきだったと思う。
お客さまに恥をかかせるということになりかねないもの。でも思いっきりこの人、ストレートに言わないと伝わらない気がして……。
ですから私は深々と頭を下げました。
「この身は王女殿下のお傍に末永くお仕えさせていただきたく思っております。お許しくださいませ」
「ユリア……!!」
感動したようなプリメラさまのお姿がちらっと見えましたけど、心配させちゃったかなあ。
いや、まあこういう状況なんて普通ないからね。公務怖いってならないといいんだけど。
後で改めてプリメラさまにご安心いただけるようお話ししたいと思いますよ!
「ほほほ、それにしてもバルムンク公爵、貴方のご子息は随分と性急な事。我が国の貴族の娘をあのように申した挙句に愛人にですって? 冗談としては少々外聞が悪いのではありませんかしら」
「は、いえ……そこな侍女は非常に才女と知りましてな、当家としても彼女が望んでくれるならば是非にと……息子は物言いこそ良くありませんが、気骨ある真っ直ぐな男で不幸せにするようなことはないと……」
王太后さまも開いた口が塞がらなかったに違いない。パンッとやや乱暴に扇子を手のひらに打ち付けるようにして大臣の方を睨み据えている。
若干キツめの口調で問い質すそのお姿はお怒りも覚えておられるような……まあ確かにギルデロック・ジュードさまは私のことを愛人に迎えると言いつつ随分こき下ろしてくれた気がしますよ。誰が行き遅れのブスで人脈なしだ!
……いや、否定はしきれんけども。
(す、少なくとも私を想ってくれる人はいるんだから!)
とか思ってそっちをちらっと見たら、何故だかすごーくいい笑顔でこっちを見ているアルダール・サウルさまがいた。
あれ、絶対『こっちへの返事を待たせてるのになんで他の男に言い寄られてるのか後で釈明お願いしますね』って顔ですねわかります。
やだ、まだ正式にお付き合いしてもいないのにアイコンタクトだけで何を言いたいのがわかるとか……できればもう少し色っぽい方が嬉しいかな?!
そもそもこれって、どう考えたって私に責任ないと思わない?!