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その後も私は延々と挨拶して回っては各テーブルに足りないものがないかを確かめては指示を出し、大がかりな判断は統括侍女さまにお伺いを立て……の繰り返し。
薔薇も紅葉も楽しむ暇なんてありません!
そういうのは今度時間を作って優雅にしたいものですよね……、プリメラさまと是非ご一緒に。
「お集まりの方々、本日はライゼム辺境伯からの贈り物で件のモンスターをお見せくださるそうですぞ!」
ひときわ大きな歓声が聞こえて私は思わず体ごとそちらに意識を向けました。
モンスター、その単語、間違いなく聞こえました! 私の空耳なんかじゃありません!!
(来た!)
「モンスターですって?!」
「危険じゃないのかしら……」
「なんでも腕利きの冒険者も一緒だというし……」
「まあ、恐ろしい!」
誰の声だかまではわからないけれど、辺境伯がモンスターを持ってきた、というのがまさか本当になるとは……いや、今までも珍しい山猫だのパンダっぽい生き物を連れて来た人もいたからな。杜撰なのか、特権階級のなせる業なのか……正直こっちとしては迷惑極まりない。勿論声にも態度にも出しませんが。
(……あら?)
しかし悲鳴も怒号も、モンスターの声らしきものもありませんね……。
人だかりができていたのでなんとなく位置はわかりますし、騎士の方々も一斉に物々しい雰囲気になりましたからただの冗談でしたー、というオチではなさそうですが。
「恐ろしいわ、こんな牙を持っているのね」
「ご覧くださいまし、この毛艶! 討伐した暁には見せしめにコートにでもしてあげれば良いのに」
「あら夫人ったらそれはちょっと悪趣味ですわ!」
「しかしこんな小さなものでも恐ろしさには変わりないのだろう?」
「モンスターの中には魔法を使うものもいるというしなあ」
「なぁに、我が国の騎士たちに怖いものなどありはしない! 冒険者たちもいることですしなあ」
「そうですなあ!!」
どっと笑いまで起こったそれに私は思わず眉を顰めてしまいそうでしたよ!
興味を持ったであろう人々の合間からこそっと見てみれば、モンスターと言ってもそれは標本とかはく製とかだった。なんだ、心配して損した……でもそんな代物で王太后さまが忠告なんてしてくるだろうか?
それに、私の記憶にあるライゼム辺境伯というのは確か最近辺境伯の座を継いだばかりの若者だったはずで、今日は代理で文官が参加していたことは記憶しているから託されて持ってきたということなんだろうけど……妥当な線なら。
これがまた面倒なことにお家騒動で辺境伯の名前を地に落とそうとかそういう陰謀とかあったらどうしよう。いやその前に調査が入っているのかもしれないし。
でもあれ?
野次馬の、その輪の外側――私と丁度対角線の位置に、エーレンさんの姿が見えた。
ひどく青褪めた顔をしているものだから、妙に気になってぐるりと回って私が近づいてみると、彼女は辺境伯の名代と一緒にいた男性に腕を掴まれてどんどん端っこの方へ進んで行く。
嫌がっている様子だけど、周囲を気遣ってかバレていないようだ。
あれってまずくない?!
見失わないように追いかけつつ、近くにいた侍女を呼び止める。
こういうのは報・連・相です。忘れちゃいけません!
「貴女、えーと、外宮の人だったわね」
「はい、これは……王女宮筆頭さま」
「外宮筆頭に侍女の一人が何かあったようだと伝えて頂戴、つる薔薇の小道だと言えばわかるわ。それと王太后さまに私が席を外したことを伝えて」
「承知いたしました」
広い庭にはいくつも小道があるけど、ここの庭の小道は数が少ないし私が今いる位置で報告が上がればどの小道かくらいきっとわかってくれるはず!
ああでも騎士のどなたかが近くにいてくれればそちらにも声を掛けるのに……ってちょうどいいところにいたわ!
「エディさん!」
「む、これはユリアさま。いかがなされた」
「付いて来てください。少々不穏な気配がいたしました」
「承知!」
うん、打てば響くようなその返事。いいねいいね!
でももうちょっとなにがあったかとか聞いてくれるとモア・ベター!
とはいえ、なにもないのが一番だけどね。
小道に入ると人気は一気になくなって、遠くに声が聞こえるだけになった。植物に囲まれただけでも結構声って通りにくいものなのね。男性でも頭が隠れちゃうくらいだからね……こちらはつる薔薇だから見栄えよくするためでもあるんだけど。警護の人からするといやだろうなあ!
うーん、しかし時々こういう場で侍女とかナンパしたお客さまが逢引してたりするもんだけど……今回はいないようで何より。鉢合わせとかとんでもない誤解だの恨みだのを招きそうでそれは勘弁して欲しい。
おっと、声が聞こえてきた。
「エディさん、声を潜めてくださいね」
「わかっている、……で、なにがあった?」
「エーレンさんが先ほど酷い顔色をしていたので声を掛けようと思いましたら、どなたかに小道の方へ連れていかれるのを見かけたもので。救護室でないし他の侍女に声を掛ける様子もなくて、少し心配になりました。ただ、私も単独で行動するのは好ましくないと思いましたのでご同行願ったのですが」
「なるほど。委細承知した」
「理解が早くて助かります」
本当にわかってるかな?
いやいや、護衛騎士団所属ってことは脳筋タイプとはいえ頭もきっといいはずだ。
今までの印象があんまりだっただけで、この人だって有能なはずだ。
ほら、アルダール・サウルさまも仰ってたじゃないですか。良い人だって。
ちょっと行儀が悪いかなと思いつつ聞き耳を立ててみる。
特に浮気現場の調査とかじゃないし、具合が悪いようなら声を掛けるし……襲われてるとかなら勿論助けに行ってもらうし。堂々と出て行けばいいじゃないかって? いや、さっきの連れていかれている時の雰囲気がそういうの憚られるなあって思ったわけでして。
「――……どうして」
「どうしてはこちらのセリフだろう、エーレン! どういうことだ、婚約者がいるだって?!」
「……あなたには、関係ない……」
「あるに決まっている! おれはお前の恋人だったはずだぞ?! 戻ってくるその日をどれだけ待ち望んでいたと思って……」
「アタシは! もう! あんな田舎のオンナじゃないのよ!」
おおっと、修羅場だった!!
これは予想外ですよ?!
アルダール・サウルさまに鞍替えしようとしている、というところまでは知ってましたがまさか地元に置いてきた恋人がいて、清算しないままにエディさんと婚約したのか!?
どんだけ男の人を手玉に……っていやいや、問題は私の後ろに本人いるわ。びっくりしてる場合じゃない。
どうするよこれ、初手から色々ミスった感じなんですけど。
「ええと……エディさん」
「……いや、後で彼女とは話す。ここで揉めるような真似は、しない」
「ご賢明な判断です」
おっと思いのほか冷静だ。
そりゃそうか、この場でこの間みたいな修羅場見せたら全員立場無くすからね。
とはいえ、飛び出したい気持ちがあるんだろうけど……。
この場は立ち去るべきなのか、或いは様子を見守って何かあったら止めに入れるようにするべきなのか。
どうするよこれ、何が正解なんだろう? 早く外宮筆頭来てくれないかなあ?!
「ミュリエッタが言ったのよ! 大きなモンスターが現れるって……本当になったじゃない!」
「だから何だって言うんだ、結局ミュリエッタの父親が倒したんだから――」
(うん?)
ただの男女の痴話喧嘩かと思いましたが、話の方向がだいぶ逸れてきているような気がしますね。
巨大モンスターの出現をエーレンさんは聞いていた? 相手もそれを知っている?
それに、ミュリエッタ、という名前。
確かそれ、ヒロインのデフォルト名じゃなかったかな。
ゲームだと勿論好きに名前変えられるんだけど……あえて変えないスタイルでプレイしても『ナナシ』とかにはならないシステムだった。そこんとこは賛否両論あったみたいだけどね。
うーん? なんで今ヒロインの名前が出たんだろう?
ヒロインは、巨大モンスターの出現を予知していた……とか? まさかね。
あまり憶測ばかりしていても今の事態が収まるわけじゃないし、先ずはこの二人をなんとかしてから……ですよね。
「アタシは辺境で終わるなんて御免だわ! 移民の子供だからって差別されることも、モンスターに怯える生活ももうたくさん!」
「お前……エーレン、おれを捨てるつもりで……」
「あんたみたいな野暮ったい男、アタシがいつまでも相手してると思ってンの?! 辺境伯の館で働けるようになって、惨めな生活から脱して……いい夢見れたって思っておきゃいいじゃないのさ!!」
あれが素だったのかな。いつの間にかアタシって自分の事言ってるし。口調もずいぶんと荒くて……。
ちょっと今、怖くてエディさん振り向けないな。
うーん、安易に纏めるなら。
エーレンさんの実家は辺境移民の家柄で、立場は低め。能力があったので辺境伯の館で働けたしそこで恋人もできた。けど中央の、しかも王城で働けることになってそっちを選びました、ってとこか。
辺境の暮らしは私には想像ができないけど、メッタボンが厳しい面もたくさんあるって言っていたから大変なんだろうなあと思う。
その生活の中で、ヒロイン――ミュリエッタとどう接点を持ったのか。そこまではわからないけれど。
「この……くされ女!」
「なんですって?!」
「そこまでにしろ!」
(うわ、エディさん?!)
堂々と出て行ったよこの人!!
いや、タイミング的には間違いないかもしれないけど。
これ以上ヒートアップしてお客様に見つかったらと思うとヤバかったと思うからね。
でも……うん、やっぱりさ。
人選ミスった気がすごくするのは何故だろうか!