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園遊会を翌日に控えて私の精神コンディションが最悪です。
……ええ。自業自得ですけどアルダール・サウルさまのことを考えたらどうしていいかわかりません!
いえ、ありがたいお話ですし私も好きなんだからそれでいいじゃんって話ですよね。
『好きです! 付き合ってください!!』
『まあ嬉しい! 喜んで!!』
え、これやるの? 誰が? 私が?
いやあじゃあ「ごめんなさい」するのかって言われたらそれはそれで……そんなつもりはなくとも焦らした挙句にあんな疑問にまで真摯に言葉をいただいた状況でそれやったら私、人間として終わってしまう気がします。ましてや、私も想っているわけですし……。
でもですよ?!
じゃあまあなんだかんだ言ってお付き合いすると決めました。
で、相手は数多のご令嬢が狙ってたアルダール・サウルさま。背後から刺される予感に怯えなくちゃならないんですかね……?
いや、それは言い過ぎですけども。
問題は私の覚悟のなさでしょうか。
宮仕えの覚悟はありますけど、恋愛ごとの覚悟なんて前世を含めて生まれてこの方したことありません。ついでにどうやったらいいのかわかりません。
だって相手、イケメンですよ?! わかりますか、イケメンなんです。大事な事ですから二回言いました。
対する私は平凡です。ザ☆平凡です。どっからどう見ても平凡なんです。
わかりますか、その対比。並んだ時、他者の目が怖いというこの気持ち!!
ふふふ、「憧れのイケメンが私に恋、を……?!(トゥンク)」からの恋愛が許されるのはゲームの中だけだと思います。現実にそんな状況になってごらんなさい、美女と野獣と笑われるのか、或いは背後を気にするべきなのか、下駄箱に画鋲があるかもと怯える日がくるかもしれないんですよ。
いえ、いずれも私の妄想ですけど。
「ユリア、大丈夫? 寝不足なの?」
「今年の園遊会はなかなかに顔ぶれがそうそうたるものだものねエ」
「ご心配をおかけして申し訳ございません」
はっ、いけないいけない。
しかし流石プリメラさま、メイナやセバスチャンさんが気が付かない私の微かな状態の違いに気が付くなんて……これが愛?! いやぁん、うちの姫さま、やっぱり最高!!
本日は園遊会前日ということで、プリメラさまと王太后さまが事前の打ち合わせを兼ねたお茶会をなさっていて、給仕は私だけ、場所は離宮。……ということで少し気を抜いてしまいましたね。反省です。
今日のスカーレットですか?
セバスチャンさんがメイナと共に最後の仕上げということで二人の給仕姿勢の教育を買ってくださいました。非常にスパルタ教育であろうことが予想されますが、まあ、明日の大勝負に勝つ(?)為です。頑張ってもらいたいですね!!
「そうそう、ユリア。良いことを教えてあげましょう。近衛の方はもう把握していると思うけれど、今年はちょっと厄介そうよ」
「え? そうなの?」
「そうよ、プリメラはちゃぁんとおばあさまのそばに居て頂戴ね」
「はぁい!」
あああああ可愛いなあプリメラさまったら!
王太后さまも優しいお顔で頭撫でちゃって……ここはなんだろう、桃源郷?!
木の葉舞い落ちる美しい庭で、愛らしい美少女とそれを愛でる美老女……これは絵画に収めておかねばならぬほどの光景ですよ。眼福眼福。
いやしかし、今相当不穏なことを王太后さま仰いませんでした?
「近衛で把握、とは……私どもは聞いておりませんが」
「そうでしょうね、あなたがた給仕をする侍女たちには話していないと思うわ。警備をする騎士たちが把握して問題が無いようにしておけば良いだけと判断が下ったようだから」
「……王太后さまはそれをどうやって」
「うふふ、内緒よ」
人差し指を唇に当ててウィンクまでしちゃう美老女。しーってお言葉までついて……あぁぁぁぁどきっとしちゃったじゃん?! 勿論顔には出しませんけれども。
しかし相変わらずこの方の情報網はどうなってるんでしょうかね……?
「まあ、ここだけの話ってことで教えておくわ。先日デビューしたばかりの高位貴族の娘がね、辺境区に出るっていうモンスターに興味があるって喚いたものだからその父親が辺境伯にお願いして小型のモンスターを持ち込むつもりらしいの。サプライズって言い張る予定ね」
「それだめなやつですよね!」
「ええ、ダメな奴よ」
思わずツッコミ入れた私に王太后さまもにっこり笑って頷いた。いや、そこ笑うところだった?
しかし王妃さま主催の園遊会でそんな無茶をサプライズで通せる貴族なんて数えるほどしかいないわー。
だからこそ王太后さまも明言を避けてるんでしょうけれど。
「勿論、国王夫妻は知っているし警護の問題で王族には一切近づけさせないわ。ああ、王太子は知らないわよ、アルベルトが教えてるかもしれないけれど」
「……私に教えてしまってよろしいのですか?」
「構わないわ、貴女は勝手に広めたりしないと信じているもの。……それにしても、園遊会に連れて来ないで興味があるって人間だけ自分たちの館で見たらいいと思わない? 痛い目を見たら反省するのかしら」
「おばあさま、モンスターって怖いんでしょう?」
「ええ。とっても怖いのよ」
「ディーン・デインさまもいつか討伐に参加なさるのかしら……」
あっ、ちょっと心配そうだ。
そりゃそうだよね……今年は近衛隊ですら討伐に参加してたんだし。
ゲームの設定だと将来は騎士隊に入るって言ってたわけだし……いやドMとか回避しちゃったから未来は変わっていくものなんだろうけど。プリメラさまの為に立派な騎士になるって言ってたからなあ。でも年齢とバウム家って家柄的にいえば騎士隊経由で近衛隊に入って将来は王太子殿下の片腕になる、が現実的かな。
だとするなら、ちょっとくらいは討伐に参加するんだろうなあ……プリメラさまもそれは考えてるんだろうけど、そうなったらやっぱり心配だよねえ。
勿論私たちはそうした討伐隊や冒険者たちが頑張ってくれているから安全に暮らせているんだっていうことは理解しているんだけど、決して彼らを案じていないわけじゃなくて……なんて言うんだろう。身近な人間にその被害がくると思えば恐怖も増すっていうか……。
「ねえおばあさま、お父さまたちはなぜモンスターを連れてくるってわかっていてそれを咎めないのかしら」
「そうねえ、まったくもってその通りね。だけどねプリメラ。王家というのは王族だけでは成り立たないのよ。勿論強く指針を示さねばならない時に行動できないのは愚かだけれど、だからといって上から抑えつけるだけでもだめだし。……それに、こういう馬鹿な行動をするやつっていうのはこういう時に良いようにする手管というのもあるのよ」
「おばあさま。今なんて言ったの?」
「うふふ、まだプリメラにはちょっとだけ早いことよ」
最後の方、ちょっと悪い顔しながらプリメラさまに聞こえないように言うとか王太后さま怖いです。
うーん……でもそういう言い方をするってことはきっと何かしら陰謀なんだか策謀だかが秘密裏にあるってことでしょうね! 私みたいな侍女にはわからなくて良い世界ですね。っていうかわかりたくないと言いますか。
うーん、アルダール・サウルさまに聞いてもきっと答えてはくださらない気がします。今の段階で教えていただけていないということは、上の方が出来る限り情報を伏せているということでしょうし。
いやでもここで良い事を聞けたと思っておきましょう。
そういう雰囲気になったらプリメラさまと王太后さまをその場から遠ざけるよう誘導路を確保しませんと!
「そういえばユリア、貴女今度は外宮の侍女と揉めたんですってね?」
「揉めてはおりませんが……お耳汚しのお話でございました」
「いいえ。例の侍女には私にも心当たりがあってね? 確か辺境伯のところで優秀な侍女がいるっていうことで外宮に預けられたのよ。身分が低いから王宮側には勤めさせられないけれど、人手不足だった時に推薦があったから外宮にね」
「まあ、そのようなことが?」
「ええ。ほら、外宮はいつだって人の出入りが多いから。あそこでは庶民の子も多いしねえ。私は辺境伯本人から話を聞いた程度で、その侍女の娘を見た覚えはないけれど」
なるほど、辺境出身だったのですね。
それでは王宮……つまり、王族の直属にはなりづらいのも頷けます。いえ、辺境を馬鹿にしているとか差別とかではありませんが、辺境出身ですと他国との関係性が疑われやすいというのもあるのです。
他国との境目ということで、婚姻関係ですとか亡命関係ですとかまあ、諸々とですね。
でも有能なのはこれではっきりしましたね!
「護衛騎士団の男と婚約したと聞いた時は辺境に戻らなくて済むと喜んでいた……って聞いているけれどね。辺境伯は残念がったみたい、というか意外そうだったから待っている人でもいたのかしら?」
「……本当に王太后さまは、一体どこでそのようなお話を耳になさるのですか……?」
「おばあさまは何でも知ってるのよね!」
「うふふ、なーいしょ」
にこにこ笑う美老女はなんとも絵になりますけどね!
……明日の園遊会、何もないといいんだけど……結局外宮筆頭からは何もないし、エーレンさんが給仕から下がるって話にでもなったのかなあ。他の宮の侍女だから、どうなったかまでは確認でもしない限りわからないんだよね。
わざわざ確認するのも変な勘繰りや誤解を生んだりとかするからしたくないし。
しょうがない。
私は私のお仕事をこなすだけです! どんとこいってんですよ!!
あ、いや。
モンスターは結構です。