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エーレンさんの件はげっそりする現実をまた見せつけられた気分ですね!
まったく大人は汚いですよ! 私も大人でした。いえ、実情を考えれば理解もできるんですが……いえ、私も言われてかっとなって結構外宮筆頭侍女にキツく言った気がしますからまだまだですね。
結局あの日戻ったところで何かあったわけでもなく、いつも通りの仕事をこなしつつ園遊会の侍女リストを確認するとあのエーレンさんも給仕の一人でしたよ!
あらまあ。まああれほど外宮が気に入っていたならきっと有能なんでしょう。聞いたことないですけど。
おかしいなー、庶民出身ですごく有能だってんならもう少し噂になっててもいいのにね。王子宮とはいかなくても後宮とか王宮で引き抜かれてもいいと思うんだよね。いや、外宮を軽んじてるわけじゃなくてね、王族の侍女って少数精鋭が基本だからさ、有能な人間がいれば異動だってあるってだけの話。
特に統括侍女さまは実力主義だし、王妃さまもそうだから後宮とか厳しい審査があるってお話です。
ならば外宮で数年働いた実績があり、なおかつ優秀だと有名ならば引き抜きがあっても……まあ、私がいくら考えたところでわかる話ではありませんね。
問題は外宮筆頭とギスギスした状態で園遊会を迎えねばならないっていうストレスです。
いえ、お互い大人ですし役職持ちですからそれで仕事に支障をきたすようなことはないはずです。少なくとも私は変な疑いをかけられたり痛くない腹を探られるわけですが、別に気にしませんよ!
とかまあそんなことをやっていたらあっという間に時間が過ぎてしまいました。
はあ……プリメラさまのドレス姿キャッキャウフフした夕方が恋しい……。
あれは筆頭侍女会の後での癒しでしたね! 園遊会ではきっと話題独占間違いなしですよ。いや、それで求婚者が出てきても面倒ですかね。しかしプリメラさまのあの輝く美しさはすでに仮面なんかじゃ収まらないっていうか滲み出るその魅力! 寧ろ気が付かない方がどうかしてる!!
「はい、どうぞ」
おっと、ノックです。いつも通りの冷静沈着な私でいなければ!
まあもう夜ですからね。園遊会関連、或いは外宮筆頭あたりですかね。
そんな風に思いながら顔を上げると、なんとそこにいたのはアルダール・サウルさまでした。
片手に書類をお持ちでしたので何か御用かと思ったのですが彼は少しだけ困ったような表情を見せて、中に入ってきました。ということは仕事のことではないのでしょうか。いつもお仕事の時は毅然としていらっしゃる方ですから奇妙にも見えました。
「なにかございましたか? 警備の件になにか……」
「ああいえ、園遊会の警備については問題ありません。そうではなくてですね……先ほど外宮の筆頭侍女どのが私の元を訪ねていらっしゃいまして」
「ああ!」
仕事が早いな! いや、あの状況なら急いで動かざるを得ないか。今回は片方の話を鵜呑みにしてしまうという初歩的な失敗をしたとはいえ、外宮筆頭も私からすると大先輩にあたる侍女だもの。
やらなければならないこと、それによって他の宮と連携が悪くなったり統括侍女さまの心証を損ねることになるのはあってはならないそう理解して即座に行動ができるからあの地位にいるんだし。
そもそもあの人自身は凄く有能ですしね。ちょっとアナログ派で侍女の仕事を教える時は「見て学べ!」の職人気質ですから。でもすごく記憶力が良くて、各国の風習とか習慣、地方の記録とかそういうものを覚えて外宮を訪れる人たちへの接し方をその都度柔軟に対応し、指示を出すようなお人です。マニュアル化すればいいじゃんって思うけれど、まあそれぞれの宮でやり方ってものがありますからね! 私が口出しすべき問題じゃありません。
「……その反応からすると、ユリア殿のところにも?」
「いえ、本日筆頭侍女の集まりがありましてその際に」
かいつまんで事情を話すと、アルダール・サウルさまは苦笑してため息を吐き出した。
言われなくてもわかる。この表情はあれだ、忙しい時に面倒だなあって思った顔だ。
いやあーなんでわかるかって? 私がさっきそう思ったからだよ……?
「アルダール・サウルさまのところにはどのように?」
「私のところには事実確認をしたいということでした。正直に以前からお手紙をいただいていたこと、お断りしていたことをお話しいたしましたし証拠の品もお見せしましたよ。ですので私から行動を起こしたということは誤解であると理解していただけましたし、またエディ殿と私も和解が済んでいることを聞いて外宮の筆頭侍女殿は大層落ち込まれたご様子でしたね」
「なるほど……和解、ですか?」
「ええ」
外宮筆頭が落ち込んだのはまあ、信頼してた侍女の言葉が偽りだったとあればやっぱりそうなるでしょう。でもアルダール・サウルさまとエディさんの和解ってなんだ?
「彼は話してみるととても正直で真っ直ぐな、良い人でした。話し合ってみると理解し合えるものですよ」
「……はあ」
何だろう。
副音声で『彼は話してみると(わかる通り)とても(馬鹿)正直で真っ直ぐな、(扱いやすい)良い人でした』になった気がする……。
いえ! 気のせいですね!!
私ったらさっきから色んな人の『大人の事情』を垣間見たせいでこう……斜に構えちゃってますね。
いやあでも冷静になってエディさんの立場から考えると恋人の為に怒るとかマジ熱い男。
馬鹿にしてるわけじゃないですよ、良い人ですよね。恋人の為に真剣に怒ってくれるなんて愛してくれてるじゃないですかー(棒)。
エーレンさんは確かにボンキュッボンで唇がプルッとして、たれ目で色っぽさ抜群です。
彼女のような色気満載の女性なら、ただ挨拶しただけで誘惑されたとか言う男性が現れて困ったと言われても信じてしまうかもしれません。そのくらい、女の私から見ても色っぽい人でした。
だから恋人のエディさんからしたら気が気でない状態だったんでしょうね!
……その、色っぽい女性にアルダール・サウルさまはモーションかけられてたって事実にもやっとしますけども。
いえ、嫉妬したわけじゃありませんよ? 私にお心を下さったわけですし、エーレンさんを弄んだりなんかしてないわけですし、そりゃ私にはあんなご立派なものはないですし? でもまな板なんかじゃないですよ、平均的なだけですからね?!
うぐぐ。
自分で言い訳を連ねてみても、これはあれですよ。
好きだと自覚してしまった以上、嫌なものは嫌なんです!
ああーどうしよう。園遊会では数多のご令嬢や貴婦人が、見目良い男性や逞しい男性に声を掛けたり遊びの恋を仕掛けたりと意外と奔放な面があるんですよね。わかってますよ、アルダール・サウルさまはそういうことなさらないってわかってますとも!
でも、ああーもう!
不安になるじゃないですか。
どうしたらよいのでしょう。私の不安を解消してくださるのは、アルダール・サウルさましかいないんでしょうか。それとも私自身が大丈夫だと思い込むしかないのか。
いや、後者は絶対無理だな! 自信を持って言える!!
「……アルダール・サウルさま」
「はい?」
「これから宿舎にお戻りですか?」
「ええ。今日はもう仕事も終わりましたし。先程の話をユリア殿にもお聞きしたかっただけですから……お時間をとっていただいて――」
「でしたら!」
「え?」
「でしたら、あの、少しだけ。もう少しだけお話を、していってくださいませんか」
「……ユリア殿?」
どうして。私を好きだと仰ってくださったの。
どうして。あんな綺麗な人とか、スカーレットさんみたいな上流階級の女性じゃなくて私なの。
仕事している女なんてっていう風潮の中で、働いている私を素敵だなんて言ってくれたの。
どうして。
そう聞けたら楽なのになあ!
……思わず引き留めちゃったけど。
これって、私、ああー! どうするよ?!
自信を持っていうところが間違っている主人公。