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結局、スカーレットは給仕に専念。今回はそれで周囲をよく見てお客様の顔を覚えてもらって来年活躍してもらうからね! ということにしました……。
ああ。うん。もう話術を頭に叩き込んでもらうのは時間の都合で無理ですし私も政治とか経済とかはそこまで得意ではないですし。
それに彼女がお茶を淹れることを嫌がってた理由もわかりました。なんでか知りませんが、彼女は壊滅的にお茶を淹れるのが下手です。どんなに教えても何故か失敗します。というか、彼女が呻くように白状した言葉によれば料理全般がこうなるんだとか……何かそういうスキルとかあるのかしらね、いやこの世界そういうのないですけど。
ステータスオープンとかそういうのないゲームでしたし、なんたって現実世界ですからね。
魔法が使えるだけでもものすごいと思っている私にはこれで十分です。
「良いですか、黙って微笑む。それだけで貴女の魅力を感じて寄ってくる方は必ずいます。ですが見た目だけで寄ってくる方相手に愛想を安売りすることも、けんもほろろにすることも得策ではありません」
「……じゃあどうしろっていうの」
「口調を直して。とにかくまずは微笑みなさい。そこで印象付けなさい。手紙でも何でもいいから後日にアプローチしてくるならば、少し考えてみるのもいいでしょう」
「……わかったわ」
「約束ですよ。いいですね、微笑んで給仕。約束ですからね」
「わかったわよ! 青い血の名誉と誇りにかけて約束するったら!」
で、まあスカーレットにはそれで納得してもらって、ものっすごく念を押して押して押しまくって約束してもらいました。約束さえすれば彼女は守る性格のようです、なんといっても名誉に関わることという考えですから。
その間に彼女への教育を継続すれば……ほらあれです、ミステリアスな外見から中身は結構はっきりした性格の女の子! ギャップ萌えしてもらえるかもしれません。
……ええ、まあ。ちょっと無理があるかな?
いえ、彼女の片思いについても色々ありますしスカーレットがどう思うのかが大事ですね。
とりあえず、何を考えるにもまず園遊会を終わらせてからです。無事に終わらせてこそです。
そしてとうとう最後の確認をするために筆頭侍女が勢ぞろいする日が来ました。
スカーレットの教育は満足がいった……とは言えませんが、大分会話もできるようになりましたし他の侍女と連携もとれるようになりましたし、大きな進歩じゃないかなと思うのでお咎めはないはずだ!
この話し合いでは本当にもう直前の最終確認でしかないので、どこも変更点や心配事がないかを言い合う程度です。
各王族でメインでもてなすお客様の種類が異なるので、おおまかに六つの区画があると思ってください。
国王陛下がいらっしゃる周辺を統括侍女さまが。
王妃殿下がいらっしゃる周辺を後宮筆頭侍女が。
王太子殿下と王弟殿下のいらっしゃる周辺を王子宮筆頭侍女が。
宰相閣下ご夫妻がいらっしゃる周辺を内宮筆頭侍女が。
リジル商会の会頭を始めとする我が国が誇る商人の重鎮たちがいらっしゃる区画を外宮筆頭侍女が。
そして王女殿下と王太后さまがいらっしゃる周辺を私がそれぞれ担当するのです!
それぞれの区画で何かしらが起きれば事を把握しつつどうするか統括侍女さまの指示を仰ぐ……という形ですね。
国王陛下の周辺は各国の王族や商人の重鎮が入れ代わり立ち代わりご挨拶ひっきりなしですし、王妃殿下のところは文化人が毎年多く集まりますし、王太子殿下のところは……未来の王妃の座を狙う肉食女子がいっぱい現れるでしょう。王弟殿下という盾がどんな効果を持つのか楽しみですね!
宰相閣下ご夫妻やリジル商会の会頭などの辺りは諸国の商人や政治家関係がやっぱり多いですし。
私としては面倒と思いますが、やはりこの園遊会、我が国の文化レベルを見せつけると共に外交の場としての一席ですから。
プリメラさまの周辺は、恐らく王太后さまの連なりから挨拶回り……になるんじゃないかと予想しております。
それを明後日に控えて、恙なく終わらせるために確認を何度もする……大事な事ですよね!
「それでは問題ないようですね。幸いにも晴天と予想されていますが、何があるかは当日朝までわかりません。皆油断をせぬように」
「「「「「はい」」」」」
統括侍女さまの〆のお言葉に私たちも声を揃えて返事をいたしました。
……が、外宮筆頭が手を上げて発言を求める仕草を見せたのです。
「統括侍女さま、他の筆頭侍女どの立ち合いの元少々確認したい事がございます。どうぞ皆さまお時間をいただけませんか」
「……良いでしょう。大事の前にある小事が懸念ごとに繋がってはいけません。どうしたのですか」
「王女宮筆頭、貴女に確認したいことがあります。貴女、以前あたくしのところの侍女を侮辱した覚えはありませんか? 彼女はすっかりそれ以来ふさぎ込んでしまって……」
「まあ、それはどなたですか」
「エーレンという侍女ですわ。婚約者のいる彼女が、不埒に言い寄る他の男に対し婚約者を伴って毅然とした態度をとったというのに貴女が疑問を呈したと……」
今更か!!
このくっそいそがしい……おっと失礼。まさにこれから国を挙げての行事をやる直前にぶっこんできましたよ、どうでもいいことを! いえ、どうでもよくはないか。でも忙しい今じゃなくてもよくないでしょうかね。
正直スカーレットの教育が忙しくて忘れてたわー。いや、あれから色々ありすぎたっていうか……。
っていうかなんで今頃ぶっこんで来るのかなあ……おっと私としたことがまた言葉遣いが悪くなりました。冷静になろう冷静にね!
「……外宮の、それは本当ですか?」
「統括侍女さま。あたくしが、憔悴する彼女からようやく聞き出したのです。心を痛めて可哀想に……!!」
「王女宮の、どういうことです」
「どうもこうも……」
久しぶりに遠くを見たわー。きっと今の私、記憶を取り戻した時と同じくチベットスナギツネの顔してると思うよ!
統括侍女さまに問い質されて、私は呆れて言葉を失って思わず黙りそうになったのをなんとか持ち直して外宮の侍女を見た。彼女もこっちを見ていて、睨みつけてきているからため息が思わず出た。幸せが逃げたらどうしてくれる?!
「エーレンさんのお名前を知ったのは彼女が揉めている時に立ち会った際ですね。外宮の、エーレンさんに言い寄っていたという不埒な相手というのが誰かご存知ですか?」
「いいえ、頑なに。彼女に言わせれば身分が上の方で、婚約者よりも上だということを気にして……」
「では彼女の婚約者が誰かは?」
「確か護衛騎士の、庶民出身の青年であったと思うけれど。彼女もそうだけれど、血筋に拘らず有能な人材がこのような――」
「彼女の婚約者である王子宮の護衛騎士、エディ・マッケイル殿が近衛騎士、アルダール・サウルさまに対し、エーレンさんに対し不埒な真似をしないでもらおうと白昼堂々使用人館の庭でギャラリーのいる中対峙しておいででした。エーレンさんは誤解だと仰っていましたが」
「な、なんですって?」
「外宮の、何故その事実を確認せずに私を糾弾なさるのかしら。私は偶然その場に立ち会うことになり、彼女に対し双方に誤解があって騒動が起きてしまった旨を貴女に相談するようには助言いたしましたけれど。お二方に事実をご確認くださいませ」
「……。どうやら些末な騒ぎというにはお粗末であり、悪質であるように感じます。外宮の、改めて調査するように。王女宮の、そのような事があったのならば後回しにせずまず双方で事実確認を行い私に報告をせねばなりません」
「申し訳ございません」
「も、申し訳ございません! あのエーレンに限って偽証などないという信頼があってのことで……確認が足りなかったことは確かにこちらの落ち度でございますが」
「外宮の」
「は、はい……かしこまりました。改めて調査いたします」
一応報連相を怠った? と言われればそうなのか? え、やっぱり私がするんだったの?
いやいや統括侍女さま、言わせていただければそもそもスカーレットの教育をこっちに押し付けてきたのが問題であってね?!
とかまあ言えませんよね、当然……小心者でごめんなさい。
大人しく頭を下げた私に満足したのか頷いた統括侍女さまだったけれど、内宮筆頭が手を上げて発言を申し出た。
「外宮が仰るエーレンという侍女がどれほど有能かは存じませんが、内宮にてたびたび文官たちを誘惑する娘がいてその名をエーレンというのは聞いたことがございます」
「後宮でもその噂は存じ上げております。王女宮は今現在新しい侍女を迎え、王女殿下の初のご公務ということもあって徒にご報告を遅らせたわけではないと思います」
「……そうですね、王女宮筆頭に非はないと考えますが一度エディ・マッケイル殿とアルダール・サウル殿に確認を取らねばなりませんね」
あっれーもしかして内宮と後宮、私の味方してくれた?
内宮のはスカーレットの事でフォローしてくれたと思うけど、後宮は何だろう……何か下心あってとかじゃないよね……?
あっ、ただの親切かもしれないよね! 人の親切を疑うなんて人間として恥ずかしい事でした。
「それでは皆、明後日に向けて気を抜かぬように」
改めて統括侍女さまがそう言って、私たちはようやく統括侍女さまの部屋を後にすることが出来ました。
そこで私はきちんとフォローしてくださったであろうお二方にお礼を申し上げることにしました。
こういうのって当たり前のようなことで結構大事なことですよ!
相手は同僚で同格とはいえ、年上ですし敬意をもって行動しませんとね。
「お二方、先程はありがとうございました」
「いいのよ、スカーレットのことをお願いしますね」
「そうですわ、彼女を引き受けてくれただけでありがたいんですから!」
「……あ、はい……」
スカーレットの効果、というべきなのか。
後宮にまでそう思われるってどうなんだろうと首を傾げかけたところで内宮筆頭が教えてくれた。
すっごく遠縁ではあるけれど、後宮筆頭もまたスカーレットの父親側で遠縁なんだと……。
それを知られて擦り寄られたらどうしようと本当は戦々恐々としてたんだってさ!!
ピジョット家の縁戚ってどうなってるの? どれだけいるの? いや子だくさんなのはもう家系で何代にも渡るってことは色んなとこと繋がりがどこかしらにあるのかもしれないけど……うわあ。
そんな理由で親切にされたなんて、知りたくなかったネ!!!!!!
エーレンという女性のことも忘れてないよ!