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 結局私が慌てて廊下を覗いてみたところでスカーレットの姿はなかった。

 ああああ……また大声出してくれたもんだからどこの誰に聞かれちゃったのやら……。


 ハッ、ちょっと待って。

 見せつけてとかなんとか叫ばれた……ということは私がこの部屋で誰かとイチャイチャしてたと誤解されかねないかな! っていうかされるよね!!

 あの良く通る大きな声でなんてこと言うんだ。あそこが私の部屋でなければまだ私のことだとは思わないだろうけど、どう考えたってあそこは私の執務室だからね。ああもう!


「スカーレットでしたら恐らく兵舎の方でしょう、といっても一般兵舎ではなく私たち近衛騎士団の兵舎ですね。昨日同室の同僚が一足先に遠征隊から戻ってきておりますので」


「そうなのですか。どうしてスカーレットはそのことを知ったのかしら。……ともかく、既成事実とかなんとか物騒なことを言ってましたね。直ぐにでも止めに行かないと!」


「では、ご案内いたします」


「ご丁寧にありがとうございます。……ってアルダール・サウルさまの所為でもあるんですからね?!」


「はい」


「もう!」


「いえ、ちゃんと反省はしております。業務中であるのに醜態をお見せいたしました」


「……まあ、私も動揺してお諫めできませんでしたから同罪です」


 流石にアルダール・サウルさまも反省しているらしい。苦い顔をしているからね。

 元々は真面目に働いている人だし、さっきのは何かスイッチ入ったのかしら……。

 しかし業務中の小さな雑談とかそのレベルじゃなかったからね、あれは私の心臓に悪いからね! 息をするように口説く男ってのがいるらしいけど私とは縁遠かったからなあ……いくら恋愛に大らかなお国柄つったって、得手不得手ってものが人にはあってだね……。


 しかしスカーレットの既成事実ってなんだ。恐ろしいな。いや、そういう方法で寿退社していく人がいるってのは聞いたことあるけどね? でも彼女がそういう方法を取るとは……いやいや、彼女そう言えば元々は婚活で侍女してるんでした。

 拗らせすぎて自分に見合う男がいないと行き遅れたタイプですけど、男慣れしてる風には見えなかったんだけどなあ。


「恐らく同僚が帰ってくることは手紙か何かで知ったのでしょう。私にも来ていましたから。それに彼は怪我を負っているので、流石にピジョット嬢でもそこまで……」


「……遠征で、お怪我を?」


「ええ……でも朗報もあります。辺境地で巨大なモンスターが出現しましたが、遠征隊と地元の冒険者たちが協力し合って退治したそうです。それで今回の討伐はいち段落だとか」


「まあ! それはよろしゅうございました」


 おお……フラグが仕事した!

 ってことはやっぱりヒロインは登場してくるのね。


「今回冒険者の方々にも勿論褒章が出るのですよね?」


「ええ、特に良き働きをしたという冒険者親子がいたそうで、同僚はその親子に助けられたのだと言っていましたよ。ああ、ケガと言っても足の骨折です。彼の身分を考慮して先に帰還させてもらっただけですので重症というわけではありません」


「はあ」


 うーん、冒険者親子。まず間違いなくヒロインとその父親でしょうね!

 あれ? でもあの前振り、ヒロインは特別戦う系ではなかったと思うんですが……育成パートでそっち系を選ぶと軽く冒険者系の進路が出てくるとかその程度だったわけですし。

 なんといっても恋愛中心のゲームでしたからね。誰とも結ばれずにエンディングを迎えると、それまでの学校と王城で学んだことによって変化したパラメータから就職する……っていうノーマルEDが出てくるわけです。


 しかしアルダール・サウルさまの仰ることを考えるともうすでに冒険者っぽくない?

 いやまあ、ここは【ゲーム】ではなく【現実世界】。

 あれの通りに完全に進むわけではないということを私は身をもって知っているわけですからそのくらいの齟齬はあるんでしょう。

 別段プリメラさまが不幸にならなければ、私が安穏と侍女を務められるならば無問題というやつです!


「そういえばシャグラン王国からの使者が来られるということはご存知かと思いますが」


「はい、そうです」


「良いですかユリア殿、園遊会では決して気を抜かぬようお願いいたします。勿論、貴女が仕事をしている上で気を抜いているなどと(そし)るわけではありません」


「何か、ご懸念が?」


「大公妃殿下の件であちらからすれば、貴女が決定打を下したようなものですからね」


「ええ……?!」


 あれは行きがかり上だと思うんですが!

 ……とはいえ、あちらからすればそうじゃないでしょうね。いやまあ、二国間が危険な状態になる前に揉み消せてよかったと宰相閣下も言っておられたそうですし悪い結果じゃなかったとあちらも思ってくれると嬉しいんですが。

 しかしアルダール・サウルさまの真剣な表情を見るとそう甘い話にはなりそうにありませんね……。


「あと、今回来られる大臣に追従してきている向こうの騎士は女にだらしなく喧嘩っ早い男だということも念頭に置いてくださいね」


「は?」


「ああ、部屋に行くまでもありませんでしたね。ほら、あそこで落ち込んでいるのはピジョット嬢では?」


「あっ!」


 兵舎に行きつく前の庭の隅っこにしゃがみこむスカーレットの姿が確かにあります! なんて古典的な落ち込みっぷりでしょう……誤解なのに。ええ、誤解です。いちゃついてなんていません!

 いえ……嫌いじゃないとか甘い雰囲気になっちゃったことは事実ですが。


 うん? 事実?

 いやいやあれはアルダール・サウルさまがそういう風にしただけで私が望んだわけでは。


「それでは、私が一緒でない方が彼女も落ち着けるでしょう。園遊会での護衛の件は、また後程参ります。先程は本当に申し訳ありませんでした」


「あ、はい」


「もし、ですが。ピジョット嬢の叫び声で私とのことが噂になりご迷惑でしたらすぐに言ってください。対処いたします」


 アルダール・サウルさまがもうすっかり騎士としての顔を見せて、颯爽と去って行く。

 その後ろ姿を見て、私はそれを呆然と見送った。

 私の返事なんて待つこともなく。鮮やかなその姿に、私は目を瞬かせる。勝手だなあ、とも思うし、まあ仕事がお互いあるんだからここでいつまでも一緒にはいられない。

 いや、確かに原因はアルダール・サウルさまの態度だ。でも私も動揺してそれをきちんと仕事中にそういう話をするなと言い切れなかったから、私もいけない。

 手の甲にキスを落とすような気障ったらしい挨拶をしてくる男だって今までいなかったわけじゃないのに、アルダール・サウルさまのそれに過敏に反応して対応できなかった私だって大いに反省しなければならないでしょう。

 あそこでちゃんと対応できていれば、動揺したり照れたりなんてしなければ、こんな拗れることはなかった気がするのです。でも元はと言えばアルダール・サウルさまがお心をくださったという重要な問題が始まりであって……。


 そんなぐちゃぐちゃとまとまらない考えの中にぽっと出てくるのは、小さな疑問だ。


(迷惑なんて、それはあなたの方じゃないの?)


 いやだ。もう。

 なんでこの人は――……。

 

 イケメンになんか惚れちゃいけない。

 好きになったところで高嶺の花だ、釣り合わないって周りに笑われるのがオチ。下手したら揶揄われてたって自己嫌悪に陥るだけだ。

 だってそう『だった』でしょう、ちょっと笑いかけてもらって嬉しくなったって周囲の目はどうだった?

 その気になっちゃった私に、向こうが困ったように笑ったのを忘れちゃった?


 でも、違う。あの時の『私』と、今の私は別人だ。

 そしてアルダール・サウルさまは、私の事が好きだと言った。

 仕事をしている私の姿を素敵だと言ったり。余裕綽々で近づいてきたと思ったら顔を赤くして嬉しそうに笑ったり。

 ああして急に衝動的な行動したり、私よりも大人だと思ったら子供みたいなことしでかして。


 ああ、もう。

 ああ、もう!


 そういうの全部、あの人なら嫌じゃないって思った。それどころか、ドキドキしただけだ。

 寧ろあんなに過敏に反応したのが、想いを寄せられたからってだけじゃなくて私が彼を意識しすぎているっていう証拠だ。だって王弟殿下が教えてくれた時が似たような状況でドキドキしたけど、もうそれとは比べようもないくらいだったから。

 だからもう、それって、つまり。


 私、もうすでに落ちちゃってるってことじゃないかな! なにがって、恋に。

 前世の記憶に耳や目を塞いで、これは恋愛感情じゃない、傷つく『かも』しれないことから逃げて仕事に必死になればいいと思い込んでいたんだ。

 でももう、認めざるを得ないよね。

 あーもう! イチャイチャなんてしてません! そこは認めないです。

 もし噂になっても、『あの人が迷惑だって思わないならいい』とか思ったんだもの!!


 自分の気持ちが急にクリアになった気がします。


 けど、今はそんな場合じゃなくて。

 私は筆頭侍女なんだから、自分のところの侍女をまず教育とかフォローとかしなくちゃならない立場なのだ。そしてなによりも。


 なによりも、今は業務時間です!

 恋に溺れて仕事を疎かに、なんてならない。なってたまるものですか。


「スカーレット」


「……ぐすっ、なによ……」


「どうしたの、どこか痛むの? 想い人の所に行ったんじゃなかったの? いえ、既成事実とか強硬手段はいけないと思うけれど。先ほど貴女は誤解していたから追ってきたのよ」


「誤解?」


「ええ。アルダール・サウルさまは園遊会で王女殿下の護衛につくことになったからご挨拶に来てくださっただけ」


「……本当に?」


「ええ。本当に」


「貴女もワタクシを、馬鹿にしてるんでしょ」


 ぐずぐず泣いているスカーレットは立つこともなく、なんだか小さな女の子みたいだ。

 案外そうして大人しくしていたら、そこらの男は彼女にあっさり陥落するだろうになあ、なんて思いながらなんとなくスカーレットの頭を撫でていた。


「馬鹿になんてしていないわ、きっと貴女は不器用なのね」


「……やっぱり馬鹿にしてる」


「一回私の部屋に戻りましょう。まだまだ、私たちはお話をするべきだと思うわ」


 スカーレットを前にしたら、なんだか自分の感情よりも目の前の彼女のフォローをしなくちゃって気持ちが強くなって落ち着けた気がする。

 アルダール・サウルさまのこともちゃんと考えよう。

 っていうかあの方の気が変わらなければ、園遊会の後にちゃんとお返事するだけなんだけど。


 ……いや待て。

 お返事って……どうやれば、いいんだ……?

 今更「私も好きです」とか絶対できないんだけど?!

とうとう自覚した!!

……と言いつつ、相変わらずの主人公だった。

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