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本日のプリメラさまのご予定は、朝に新人侍女の顔合わせ、歴史の授業にダンスのレッスン、お昼はマナーレッスンを兼ねてのビアンカ公爵夫人との会食、そして午後には以前社交界でお会いしたセレッセ伯爵が奥様を伴って海外情勢をお話しくださるんだそうだ。あの方、社交界で顔役なだけじゃなくて現役の外交官だったんだよね。知らなかった。
今日はスカーレットを教育するため、私ではなくプリメラさまにはセバスチャンさんがつくことになっているのが残念です。ビアンカさまにもお会いしたかったし、セレッセ伯爵さまにもご挨拶したかったですがまたの機会といたしましょう。
というわけで、今日もプリメラさまはお忙しいのでここで躓くわけにはいかない。
朝から他国のお客さまを覚えようと書類を片手に執事を従えてにっこり笑ったプリメラさまは、私とスカーレットを出迎えてくれた。
そりゃもう愛らしい笑顔でした。
誰もが見惚れる美少女だと私は自信をもって言い切りますよ!
「貴女が新しく入った侍女なのね。今日からよろしくね」
「この者はスカーレット、ピジョット侯爵家の七女でございまして、園遊会での給仕にも参加させるべく教育していく予定でございます」
「そう。今は園遊会が近くてばたばたしてるけど、頑張りましょうね」
まあスカーレットが何かを喋ることはないんだけど。スカーレットはただ貴族の娘らしく礼儀作法を守って頭を下げるだけ。私が紹介して、プリメラさまが受け入れるというまあちょっとした通過儀礼みたいなものなんだけどね。
私としてはてっきりこっちの制止も聞かずにスカーレットが『私が来たから大丈夫』とか『王女宮の格を上げて差し上げますからご安心を』とかそんなこと言い出すかと思ってたんだけど、プリメラさまを見るなり目を丸くして固まっちゃったんだよね。
まあ、それもわからなくはないけど。うちのプリメラさまは天使だからね! ふふふ。
新しい侍女が来るっていうので実はしっかり新しい髪型とドレスで出迎えちゃうプリメラさま……可愛いでしょう可愛いでしょう!
朝早くから私も準備をお手伝いした甲斐があるというものです。
プリメラさま的にはスカーレットが新しい所に配属になってきっと緊張などしているだろうから、せめて温かく出迎えてあげたいという……やだ、天使がここにいる。
とまあそういう訳で新人侍女の面通しというのはさっさと終わって「ユリアについて学べば大丈夫。困ったことがあったら彼女に言ってね」というプリメラさまからの全面的な信頼を見せつけて(というかまあ、筆頭侍女なんだから主として当然の言葉ではあったんだけど)退室した私たちだったんだけど。
「神は……不公平、だわ……同じ女ですのに……」
「スカーレット?」
「王女殿下は何故にあんなに可愛らしいの?!」
「いえ、確かにプリメラさまはとてつもなく愛らしいですけど」
「綺麗で可愛くて将来性が見込めて、挙句に王女で噂によると天才とか……天が二物を与えるどころか完全無欠じゃないの……」
「いやまあ、否定できませんけど。あの、スカーレット?」
まさかここまで打ちのめされるなんて思わなかった。
私はちょっと困っていた。
うん、いや、だいぶ困っていた。
噂で『プリメラさまに会えば淑女としての格差を知るだろう』みたいに言われていたのは耳にしたことがあったけど、まさかスカーレットがこんなにダメージ受けるなんて思わなかったよ……。なんなの、クリティカルヒットだったのかしら……。スカーレットのポイントがよくわからない。
「ワタクシだって可愛いって言われたかった」
「あの、」
「あんな豪奢な金の髪とか、空色の瞳とか、白皙の美貌とか、守ってあげたくなるような可愛らしさとか」
「もしもし?」
「どうして、どうしてワタクシにはっ……」
「スカーレット!」
結局のところこうやってブツブツ言うスカーレットを引っ張って私の執務室まで戻ったわけですけど。誰か私を労ってくださいませんかね?
しかし今の言動、私の耳は確かに聞きましたよ。
これはもしかするともしかしますね、攻略のきっかけを見つけた気がします!
ちなみにスカーレットの容姿ですが、結構美人ですよ。
美人ですけど、この国ではおとなしめの女性が人気ですので、好まれる容姿ではありませんのが残念ですが。赤茶色の髪にきりっとしたアーモンド形の釣り目、それに言動も相まって、ものすごい気の強い女性という印象を与えるのは間違いない感じです。
化粧も少々きつめに見えるメイクな気がしますし……口紅とか鮮やかな赤です。もう少しメイクと言動を大人しくすれば大分印象も変わると私は見ていますが本人が納得しないかもしれません。
うーん、それにしても彼女と並ぶと私、ますます地味に見えますね。
「スカーレット、今日は貴女にまず王女宮での書類の書き方を教えたいと思います」
「……なによ、雑用をさせようっていうの?」
「侍女の仕事など華やかなものは殆どありませんよ。基本は雑務ばかりです」
「……」
「貴女の字は綺麗でしたから、きっと書き方を覚えれば多くの事を任せられるでしょう」
「!」
おお、わかりやすい。やっぱりこの子、チョロ……いいえ、割と根は素直なのかしら。
なんとなく予想して『仕事を与える』方向に『任せる』というワードを加えただけなんだけどね。仕事はしたくない、雑務なんて華やかじゃないという態度ですが任せられるとなると喜ぶということは……やはり。
どうもこの子、承認欲求が強いんじゃないかなと思ったわけですよ。
自分が侯爵家の人間であるとか貴族であるっていう妙だと思えるほどのプライドとか、プリメラさまに会って不公平だとショックを受けたりだとか。
彼女の姉からの手紙には、末の女の子で小さな頃は体が弱く、ついつい甘やかしてしまったとあったけど……。
もしかして天狗になった状態で領地から出て現実をこの王城で見るものの、落差に頭が追いつかないのかしらね。いえ、もう何年も王城で侍女してる段階で気付いているのかもしれないけど……認められないとか?
ピジョット家は有能な人材を輩出しているということも彼女は言っていたことから、自分がそれのはずだと思っているのかもしれない。
まあ、多分ですけれども。
私の予想では、彼女、ただの凡人です。ただ凡人は凡人でも、周囲がダメにしてしまった凡人の良い例ですね。凡人言い過ぎては可哀想かもしれませんが。
でも綺麗な字を書きました。ということはそれなりに彼女は努力を怠らなかった人なのではないでしょうか。字を綺麗に書くということは貴族にとっては最初の学び。ディーン・デインさまのことでもわかる通り、勉強を頑張った人という印象が私の中にあります。
彼女はきっと努力ができる人なのでは?
性格には難がありそうですが、アルダール・サウルさまの発言を考えるに片恋している人にアプローチしたりする可愛らしい面も見受けられるようですし。最初から斜に構えていてはスカーレットにも失礼でしたね。
「では始めましょう、スカーレット。学びながらで良いから、貴女が今まで内宮でどのような仕事を任されていたのか教えてください」
「……引継ぎで聞いたんでしょ」
「ありました。ですが私は貴女の口から、貴女がどのような働きをしたのか知りたいの」
そう。まずはお互いを知るところから始めましょうかね!