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どうしてくれよう! とは穏やかじゃありませんね。
私の方こそ呆れた目で見ていると、王弟殿下は大きな大きなため息を吐き出しました。
「よっし、プリメラの晩餐が始まる前までにこの話を終えるぞコンチクショウ」
「はい、かしこまりました」
「俺も今日はここで晩餐食ってくから用意よろしくな」
「承りました」
なんだかんだ甥っ子姪っ子に甘い人ですから、プリメラさまも懐いてますしお喜びになるでしょう。
今日は白身魚の予定でしたが、肉に変更した方がいいかしら?
いいえ、疲れていらっしゃるのですからがっつりすぎても胃の方に負担があるかもしれません。デザートも重くないように気をつけさせるようにしなくては。何がいいかしら。プリンとか?
「おいこら侍女の顔になってんぞ」
「ああいえ、申し訳ございません」
「それで、だ。お前はアルダール・サウルを悪く思ってないってことだよな?」
「そうですね、……素敵な方だと思います」
(それ答えじゃねえか)
「え、何かおっしゃいました?」
「いいや! このバカって思っただけだ」
はーっと大きなため息を吐き出した王弟殿下は立ち上がると私の横に座った。
うわ、やっぱりイケメンだなあ……ヒゲ男とか結構前世では苦手だったんだけど、やっぱり似合う人は似合うんだよ。イケメンだから似合うっていうよりはこの人は自分に似合うものを知ってるっていうか。
「……あの、距離が近くないですか?」
「おう、わざとだけどな」
「何か理由があるんですよね?」
「当然だ」
「はあ……」
最近、アルダール・サウルさまとお話しすることが増えたからかそこまで動揺しなくなった。
ほうほう、慣れってのはあるもんですなあ。いや、直視はできないけど。
セバスチャンさんくらいの年齢の方ならある程度もう平気なんだけどね。まだ王弟殿下はお若いからなあ、イケメンだからやっぱり直視は厳しいけど隣に座っても顔色が変わることはないぜ!
「まあアルダール・サウルって男は堅物でもあるし人との距離を取るのが上手いってことは人づきあいが上手なんじゃなくて苦手だから如才なくやってるって面もある」
「……え?」
「そういや今日使用人館の方での騒ぎ、あれもアイツが今まで優柔不断な態度を取ってた所為だろ? もしかしたら疚しいことがあったのかも――」
「ないです、あの方に限って」
「……へえ?」
思わず遮ってしまった。でも真顔で遮っちゃってなんでもありませんとは言えない。
面白そうに笑う王弟殿下に向かって私は抗弁をしなくちゃならなくなったわけだけど、私もなんでそんなことを言っちゃったのか……ああいや、そんなことないって思ったからには違いないんだけど。
でもそれは私の考えであって、私があの方を知っているからだ。大多数の人は状況を耳にして感想を述べろと言われれば、エーレンさんに対しての態度が優柔不断だった、もしかしたら関係があったのを上手いこと誤魔化しているのかもしれない、そういう感想だって出てもおかしくはない。
だって、なんの証拠も提示されていない状況でただ相手の言葉を信じるということは、それだけ相手を信じている人だからなんだから。
「……あれ?」
「どうした?」
そこまで私は思いを巡らせてからひとつのことに思い当たる。
戸惑いながら、促されるままに言葉を口にする。
「私はアルダール・サウルさまを信じております。女性関係にだらしない方ではないと」
「そりゃまたどうして」
「ご実家のこともありますし」
「逆に女にだらしない男って方が跡目争いでマイナス要素だと思わないか?」
「それはそうですけど……」
それは本当。
だけど私が否定したのは、違うような気がする。
それは何が違うんだ?
何か見落としているような気がする。
「あの人は優柔不断というよりただ優しいだけで、その優しさは身内に限られているから誤解されるんじゃないでしょうか。問題のお相手に関しては興味がないからと放っておいた結果だと思うんです」
「……はあ、お前もホント大概だよなあ」
「え?」
違う気がする。でもこれも答えな気がする。
呆れたような王弟殿下の声に、不正解だったのかと思うけどわからない。
わからなくて、首を傾げているとまた大きなため息をつかれて。
仕方ない、なんてとても小さな声が聞こえた。
「わ!」
「だからもうちょい色気のある声は出せねエのかよ!」
「ななななんですか!」
まるで額を突き合わせるかのような距離に顔が!
だから私、イケメンを直視できないんだって。顔が赤くなってくるのを感じる。あれ、これって誰かに見られたらすごーくヤバい状況じゃない?!
密室+男女+女遊びで有名な王弟殿下=……私の立場ヤバイ。
「王弟殿下、お戯れが……」
「もし」
「え?」
「もし、今こうやってるのが俺じゃなくてアルダール・サウルだったら。想像してみな」
「ええ?」
何言ってるんだろうこの人!
そんな状況じゃ……でもそんなこと言っても放してくれなそうだし。私はちょっと目を閉じて「アルダール・サウルさまだったら……?」と復唱してみた。
うん……?
いや、うん……。
状況的には顔を突き合わせている。アルダール・サウルさまと?
それってあの告白された時みたいな? それともダンスの時みたいな?
あ、あの綺麗な目。近くじゃないと青に見えないような、暗い色のあの目。あれが近くに……?
「!」
「おー、俺だとわかってる時と反応が違い過ぎてひどすぎんな!」
「……な、な……?」
顔が、熱い。
顔だけじゃない、首まで熱い。
そうだ、言われた通り違う。
アルダール・サウルさまとと思った途端に体中が熱くなった。王弟殿下に対して羞恥でも確かに熱くなったのは間違いない。でも、これが『彼だ』と思った途端に違い過ぎてびっくりだ。
「よし、ちょっと認識できたか」
満足そうに頷いた王弟殿下は立ち上がると向かいの席に戻った。
え、何それ。これやるためにわざわざ隣に? ちょっとまだ私の考えが追いつかなくて、私はただそれをゆるっと視線で見送るだけだ。
「さっきのを思い出した上で、次はアルダール・サウルが他の女にそうしているのを想像してみな?」
「はあ?」
「いいからいいから。やってみろって」
この人、さっきから無理難題ばっかり!
ううん、ようやくわかった。私がアルダール・サウルさまをどう思っているのか理解させようとしているってことはわかった。
……やり方って色々あると思うんだけど。
でも想像してみる。
そうね……じゃあ誰とは考えずに社交界で、あの人が優しく女性陣に笑いかける。
あ、うん、よくある光景だった。
じゃあ次! ダンスを踊ってる。親密そうに? ……それはいやだな。
そういやあれだけモテてたんだし、彼女の一人や二人いたことがあったっておかしくないよね。じゃあ私に心をくれた時のように、あの人ははにかんだように笑ったり照れたりしたんだろうか。あの手で優しく抱きしめて、笑って、……キスしたり、したんだろうか。
そこまで想像して私はバチンと顔を叩いた。
その私の行動に、王弟殿下が驚いたけど気にしない。
ああ、これ。
私、嫉妬した。嫉妬だ。これ。
いやだって思った。妬ましい、羨ましい、悔しい、そんな気持ちが確かにあった!
でもこれは、これが恋だというんだろうか?
「おっと……思った以上に効果があったみたいだな。まあ、なんだ。お前もお前なりにアルダール・サウルって男を他の野郎どもと一緒くたにしねエで、それなりに特別視してるってこった」
「特別視、ですか……?」
「おう、俺にできるのはここまでだな。後は自分で考えられるだろ?」
「……はい……」
大分、いや、かなり自信ないけど!
でもそうだ。
私は息を吐き出す。
少なくとも、今まで前世の記憶も含めて生きてきて。
さっき胸の内から私を痛めつけた感情は、確実に嫉妬だった。
ということは、王弟殿下が仰る通り、私は少なからずアルダール・サウルさまを特別視しているんだろうと思う。
それが恋なのか、ただ親しくなった友人への独占欲なのか。
そういうことをきちんと、考えたいと思う。
(……そういうことを真剣に考えるってことが答えだっつってんだけどわかんねえもんかなぁ~……)
王弟殿下が相変わらず私のことを呆れた目で見ていたことなんか、知らなかったけどね。
よし、なんだか一つクリアできた気がするから気持ちを切り替えてプリメラさまの所に行くことにしよう!!
え、解決してないよユリアさん?!