655 あの日の雪辱、今果たしましたわ!
ちょっと駆け足感ありますが、スカーレット視点。
スカーレットは休日を利用して、王都内にあるバルトチェッラ侯爵家の町屋敷に足を運んでいた。
(……うちとは大違いね)
館の大きさも、行き届いた庭園の美しさも、使用人たちも。
ピジョット家も同じ侯爵家だが、こうはいかない。
以前はそれがいやだった。
自分は高位貴族の娘なのだということだけが誇りであり、支えだった。
今もその根底は変わっていない。
自分は高位貴族だ。
誰かの手本であり、誰かを導くものであり、王家を支え、王国を担う高位貴族であることをスカーレット・フォン・ピジョットは誇りに思っている。
「お久しぶりですわね、ヘンリー・エルロレムさま」
「……元気そうで何よりだ、スカーレット嬢」
そしてそんなスカーレットを出迎えたのは、一人の青年だった。
スカーレットと同い年のヘンリー・エルロレム・フォン・バルトチェッラ。
彼の弟のハンス・グールディが騒ぎを起こさなければ、スカーレットの見合い相手になっていたかもしれない、バルトチェッラ家の次男であった。
「どうしても、詫びたくて来てもらった。……君はいつも、ピジョット家の町屋敷に我々が行くことを嫌っていたから」
「馬鹿にされていると知っていて招くほど、心が広くございませんの。平民の家と変わらぬ狭さで哀れだと仰いませんでしたこと? ワタクシの聞き間違いだなんて今更仰いませんわよね?」
「……幼い頃の過ちだ。はは、それを含めて謝ることが多いのか」
「ご両親の顔を立てて今日はこちらに足を運びましたけれど、今後一切、弟君もアナタも、ワタクシに関わらないでくださいまし」
「スカーレット嬢」
かつて、スカーレットの兄とレムレッド家のハンスは仲が良かった。
同じように、バルトチェッラ家の長男とも仲が良かった。
お互いの領地を行き来することもあれば、こうして王都にある町屋敷で集まることだってあった。
当然、ピジョット家に遊びに来た彼らと会うことだって、スカーレットにはあった。
スカーレットは幼い頃、ハンスに憧れた。
それはハンスが、決して他人の悪口を言わない人だったからだ。
バルトチェッラ家の長男はすぐに謝ることのできる人間だった。だから嫌いではない。
でもヘンリー・エルロレムは違った。
領地のピジョット家に来た時はお化け屋敷みたいだと言って彼の兄である、カリスト・トビアに拳骨を喰らっていたことが印象的だった。
町屋敷もピジョット家のものは平民の家みたいだと言って笑っていたのも、悪意があってのことではないのだろう。
多分性格が悪いだけだとスカーレットは今でも思っている。
「今更、友人同士の軽口だと仰るのかしら。確かに貴族は見栄と体面を大事にするべきですもの」
ピジョット家が貧乏なことも、貴族としての野心に欠けていることも事実だ。
少し前までは、スカーレットもそれがとても腹立たしかった。
言い返せなかったのは、事実を認めるようで悔しかったからだ。
それが出世したからといって、なかったこととして『あの頃から好ましく……』なんて言われてもスカーレットは嬉しくない。
ヘンリー・エルロレムが本当に彼女のことを好きだと思ってくれていたのだとしても、思春期の男の素直になれない気持ちなのだとしても、だからといって許してやれるほど寛大になれないのがスカーレットであった。
そして、それを前面に出せる素直さもまたスカーレットだった。
「ワタクシはアナタごときでは手が出せない淑女ですわ!」
ホーッホホホと高笑い。
それは止めなさい! と脳裏で上司のユリアに叱られて慌てて止めたが、スカーレットは目の前でしょぼくれる男をじろりと睨む。
「ワタクシを好ましく思っていたから、別れの前に謝罪を、なんて手紙を出す暇があったら貴族として出直してきたらいかがかしら!」
弟のハンス・グルーディがあのようにピジョット家のスカーレットは兄に相応しくないなどと騒ぐということは、誰かしらにスカーレットの悪口を聞かされていたからだろうとスカーレットだって気付いている。
この一年で、スカーレットの評判は今やがらりと変わっているのにも拘わらず、だ。
いくらあの少年が領地にいて情報に疎かったのだとしても、逆に言えばほぼ接点もなかった少年がスカーレットに詳しいはずもないのに、幼い頃の話だけであんな無謀なことをやらかす方がおかしいというものである。
「いつかどこかの社交界でお目にかかる日を楽しみにしておりますわ。その頃のワタクシがどれほど輝いているか、どうぞそちらも楽しみにしていてくださいませ!」




