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私の厳しい声は相手にも聞こえていたのでしょう、ハンスさんの背後の方でびくりと体を竦ませた人影を私の目は捉えていました。
もう一人のハンスさん……いいえ、年齢的にはハンスくん?
まあどちらでもいいんですが。
「スカーレットには反省文を書かせますが、それはあくまで彼女が〝面会室外で〟親しくもない相手と相対しようとしたことに尽きます」
そう、ちょっと話したら終わるから……と思ってのことでしょう。
相手が顔見知りの、年下だから。
軽くあしらえば終わることだから。
そうした油断があったのだと思います。
でもそれが危険なのだと今回のことで学んでくれたらいいのですが……。
「王女宮の侍女に対する無礼な振る舞いに対し、私は王女宮筆頭として苦情を申し入れねばなりません。たとえそれが本人たちの間で和解となってもです」
そう、今回の件……和解と苦情は別物です。
勤務外で喧嘩をしたとなれば私ができることは心配だけですが、今回はそうではありませんからね?
勤務中のスカーレットを呼び止め、暴力沙汰(未遂)を起こしたんですからね?
ハンスさんもそれがわかっているから、まずは向こう見ずな少年を諭して謝らせようと思ったんでしょう。
スカーレットが侯爵家繋がりで面識があるというならハンスさんだってそうでしょうからね!
そういうところ、苦労性ですよねハンスさん……。
だからって私は! ここで手を緩めませんけど!!
「こ、此度のことは個人的な問題です……!」
しゃがみ込んでいたというか、正座させられていたらしいハンスくんが立ち上がると……わあデカいな!
最近の子は発育がいいって言うけどこの子のデカさ半端ないな!?
十四歳だってのにもうすでにハンスさんとほぼ横並びじゃないの。
けど図体の大きさでこっちが怯むと思わないでいただきたい。
なんだったらニコラスさんみたいに得体の知れないタイプの方が私にとってはやりにくいですしね。
以前の脳筋公爵やエイリップ・カリアンさまみたいに勢いと威圧がメインのタイプの方が、こちらとしては話が詰めやすいですから。
とはいえまあ相手が社交デビューもまだという子どもであり、ハンスさんが間に入っている上にスカーレットにとっても顔見知り……ということでそこまでガンガンに詰めていこうとは思いません。
「個人的な問題と仰いますが、あなたはここがどこで、誰に声をかけたかまだわかっていないのですか」
「えっ」
「王宮一歩手前の庭園で、勤務中の侍女に声をかけ、乱暴を働きかけた。個人的な問題で済ませられる話ではありません」
私がそう言い切れば、ハンスくんはぎょっとしていました。
うーん、考え足らずさんめ!
「ぼ……ぼくは侯爵家の令息で……!」
「さようですか。私は王女宮筆頭ですが、何か?」
「うっ……」
身分を持ち出すなら、ただ侯爵家に生まれたお子様よりも王女宮筆頭って肩書の方が上です。
冷たい対応と思われるかもしれませんが、私はスカーレットの上司で先輩なのです。
彼女が一方的に喧嘩を吹っ掛け庭園に連れ込みぶん殴ったなら私は彼女を咎めますが、今回はどっちかっていえばこちらの子の方が悪いですからね。
(スカーレットの至らなかった点はただただ勤務中に応じちゃって人目のないところで話をしようとしたことだからね!)
いくらスカーレットの対応が不用意で危うくても、一歩間違えたらもっと酷い目に遭っていたかもしれないのです。
あとでもっときちんと話をしたいと思っております。
とはいえ、ハンスさんの視線も痛いですし、厳ついのに泣きそうな顔をしている少年を前に私も鬼にはなりきれないというか……。
「……今回は、苦情だけに留めます。正式な面会手続きを踏むのであれば、私には止めようもありません」
後日、それでハンスくんが親御さんにどれだけ叱られるかは知ったこっちゃありませんし、スカーレット経由でピジョット家からも苦情が行くかもしれません。
それか面会を申し込んできたところで、スカーレットが断るかもしれないし人の目もあるところでケチョンケチョンに言い負かされる未来もあるかもしれません。
本来なら苦情どころか侯爵を呼んでもらって今後の対応を詰めなくちゃならない案件です。
だから、苦情程度で済むなら御の字だと思っていただきたいですが……少年はまだわかっちゃいませんね、不満そうです。
私の温情を理解しているハンスさんが彼の頭を掴んで下げさせて……あれ、なんだかかつてスカーレットが内宮の侍女さんにやられていたことを思い出すなあ!
デジャブ!!




