638 先生という立場
今回はビアンカさま視点。
「貴女は甘いのよねえ」
「……そうかもしれません」
プリメラさまの授業を終えて、わたくしを見送る役目を言い渡されたユリアにちくりと言えば彼女は困ったように微笑んだ。
まあ、ユリアが専属侍女とはいえ、プリメラさまが茶会の招待状を選んだ際の立場はあくまで侍女としてのものだものね。
友人として、あるいは義姉妹として助言を求められたのならば、もう少し強く止めたのでしょう。
それはそれで甘いけれど。
「世の中、みんないい人ばかりじゃないってあの方もわかっておられるでしょうに」
「……それでもまだ十二才になられたばかりです」
「そうね。けれど決して早すぎるということもなくてよ」
「それは……」
貴族の、特に高位の令嬢であれば、下手をすれば五才前後で同い年の子どもたちを集めて、交流をさせることがある。
同じような爵位帯であったり、派閥であったり、主家と分家であったり、形は様々だけれど……そうして社交性を磨くのだ。
まずは親同士の社交のおまけとして。
そこで親たちは娘たちに何が足りないかを、どこの家の娘が足りているかを見る。
爵位によってはできすぎてもいけないし、できなければいけないこともあるだろうから。
「プリメラさまはそういう意味で、何もかもが足りている御方だからこそ、陛下も外に出さず愛でておられたのでしょうけれど」
まったくもって困ったものね。
いずれは嫁に出してそこで愛され守られればいいだろう、なんて安易に考えられるお立場だからこその傲慢。
そしてそれができるところに嫁ぐのも事実。
(だけれど……できたら次代の社交場を担う華になってもらいたいと願うのは、いけないことかしら?)
かつて王太后さまがそうであったように、そして今はわたくしがそう呼ばれるように。
社交界を引っ張るような、そんな立場の人間が一人二人いてくれると秩序が保たれるというものだ。
毒花になられては困るけれど!
(まあ、プリメラさまならばそんなことにはならないでしょうけれどね)
周囲の愛を一身に受け咲き誇る、艶やかな薔薇になることでしょう。
ちょっとばかり温室で、守られすぎてしまったから……外で育てることになった際にその花弁が色褪せてしまわないかが心配だけれど。
幸いにも世話をしてくれる人たちが手厚いから、問題ないかしら?
婚約の発表も終わったからか、陛下もプリメラさまが外に繋がりを持つことに目を瞑られるようだし……いえ、本来はそれが正しいと思うのだけれどね?
第二子の王女という存在は国にとって外交にも使えるカードの一つ。
国内の貴族令嬢たちを牽引するお立場になり、国民の規範となり、それらの期待を背負って国外に嫁ぐ、あるいは国内貴族の結びつきを強める……そういった立場になる可能性が高かったのだもの。
(陛下がそれをよしとせず、可愛い可愛いと愛でてばかりだったから初めこそ心配だったのだけれど……)
今では真っ直ぐ育ってくれて、本当に嬉しく思うの。
ユリアもだけれどね。
そういう意味では、幼い頃から厄介な大人たちの思惑に引っ張られることなく真っ直ぐ育つよう環境を整えてくださった陛下に感謝をすべきなのかしら?
(あら? それはわたくしが感謝しちゃだめなものだったわ!)
だって陛下がプリメラさまの親だものね!
ゆったりと庭園を眺めながら歩く道。
「……少し風が冷たくなってきたわね」
「秋も終わりですから。上掛けをお持ちいたしましょうか」
「いいえ、大丈夫よ。そうだわユリア、来年の貴女のお誕生日会は色々と忙しいでしょうから、また春頃にみんなで集まって内輪のお祝いをしてもいいかしら」
「まあ、よろしいのですか?」
「ええ。その時には誕生日だけではなく、結婚のお祝いもさせてちょうだい。大切なお友だちですもの」
「……ありがとうございます」
季節は巡る。みんな成長して変わっていくのよね。
わたくしも、いつまで華でいられるのかしら。
(教え子たちの行く末が楽しみね!)




