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それからはまあ特別忙しいってこともなく。
プリメラさまの公務もそう遠くない日帰り範囲での慰労系でしたので、ライアンとスカーレットに割り振りつつ、私はその傍らで結婚式の準備を進めました。
何故ライアンとスカーレットなのか?
これはまあ単純な話です。
ライアンはプリメラさまの降嫁と共にフィライラ=ディルネさまの執事になるから。
スカーレットはプリメラさまの専属侍女としてついていくから。
要するに二人は今のうちから公務に行く主人に付き従うことに慣れてもらわないといけないのです。
とはいえ二人とも優秀ですし、日帰りの公務程度でしたらもうお茶の子さいさい、余裕ですのでね。
私が傍にいなくたってもうきちんとやれると信じておりますもの。
そうそう、それ以外にもプリメラさまはプリメラさまで、少しずつ社交の場に顔を出すためつい最近はデボラさんの妹さんが開いたお茶会に参加もしました。
そちらは私がついていきましたが、プリメラさまはあんまり楽しそうじゃなかったですね……。
(デボラさんの妹評価が可もなく不可もなくだったから大丈夫だと思ったけど)
なんていうか、令嬢のあんまり良くないところが出ているけど、決して最悪の部類じゃないなって程度のお茶会でしたよ!
デボラさんちも公爵家だし、自分の侍女の実家だからってプリメラさまも参加を決められたんですけどね。
「大変だったんですよ……みんなどこかの誰かの悪口ばかり! どうして先生はあのお茶会に行ってきたらいいって仰ったの?」
「あら、まあ、ふふふ」
ビアンカさまは楽しそうに笑いながら、拗ねたようになさるプリメラさまのご様子を微笑ましそうに見つめました。
いやうん、つんと唇を尖らせちゃうプリメラさま可愛い。
デビューしたからってこうして親しい人を前にすると、王女さまの顔よりもプリメラさまらしさが前に出ちゃうんですよね……!
「そうですわねえ、簡単に申し上げるなら〝出席するかどうか〟を決めるのはご自身だということを学ぶためですわね」
ビアンカさまは『イイヒト』たちとだけ一緒にいられるよう周囲が最初から気を配ってくれるのは、幼いうちだけなのだとプリメラさまを諭しました。
勿論、プリメラさまもそれはよくよくご承知のことでしょう。
特に国王陛下がしつこいくらい過保護なので、これまで近しい年齢のご友人がいない程ですから……。
「心配であれば、主催者がどのような人物か周りに調べさせれば良かったのです」
「でも、デボラの妹だったから……」
「デボラ嬢は確かに優秀ですし、プリメラさまにとって害のない人物ですわね。けれどデボラ嬢の妹はデボラ嬢ではありませんもの」
「……」
プリメラさまは自分の大事な侍女の家族だから、きっと仲良くなれるだろう……とそこまで楽観的ではなくとも、ちょびっとは考えられたのだと思います。
だって言うて十一才の子ですもの。
同じような年齢の子や、思春期のヤバめなお子様たちの様子なんて知らない純真無垢な姫君です。
王族としての高潔さや寛容さは持ち合わせておられますが、その分なんというか……人間関係がね。
しかも王城勤めの空気読めるタイプばっかりなわけでしょ?
王女宮に至ってはほら、プリメラさまのことが可愛くて仕方ないし……。
いくら賢いとはいえ人間関係だけは大勢と接してみないとわかりませんから。
私だっていまだに出会う人出会う人、おっかなびっくり接しておりますよ!
「デビューをなさって大勢に囲まれることも増えたプリメラさまには、是非これを機に人を見る目を養っていただきたいと思っておりますの。勿論、今でも見る目はあると思っておりますわ? わたくしの可愛い教え子ですもの!」
「先生……!」
「それに、周りからお考えになるよう言われませんでしたか?」
「それは」
ちらりとプリメラさまが私を見ました。
そう、私が『デボラさんの妹主催だからってそれで選んで良いのか?』ってことは尋ねたんですよ。
他にもたくさん招待状は来ているんだから。
プリメラさまは幾分か悩んで、公爵家だしデボラさんの妹主催ならきっと大丈夫! と参加をお決めになったのです。
まあ結局いまいちだった、というオチでした。
「ふふふ。でもそういう場所でも気づきがあったりしますから、どうか落ち込まないでくださいませ。さあ当日のお話をもっと聞かせてくださるのでしょう?」
ビアンカさまがおかしそうに笑ってくださって、プリメラさまはどこか拗ねた表情をしながらもあれこれとお話しして、そうして最後は笑ってくださったのでした。




