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63 そして彼の方はというと。

 予定外だった。

 自分でも、なんであんなことをしてしまったのか。


 にやけそうになる顔で、熱くなってしまった顔で、誰かに会うことがあってはならないと急いで部屋に戻った。少々足音が荒かったし、ドアを閉める音が大きかったかもしれない。でもそれどころじゃなくて、私はドアを背にずるずるとへたりこんだ。


 今日ほど同室のハンスがいなくて良かったと思うことはなかった!

 もしあいつがいたら、どうしたと心配された挙句にこの顔を見て大笑いして根掘り葉掘り事情を訊いてくるに違いない。


「あー……やってしまった……」


 元々面倒だった侍女を、それでも腕力や地位に物を言わせてどうこうするわけにはいかなかったというのが自分の落ち度だろうと思う。

 婚約者がいるのだし、こちらが応じなければそのうち諦めるだろうなんていうのは甘い考えだったと今は反省している。だが使用人館に行っている庭師に用があったし毎日届けられる手紙にもうんざりしていたから、あの庭で彼女に会うことにした。

 

 まあ手紙の内容は大したことは無くて、会いたい、最近人に美しいと褒められた、外宮でこんなことがあった……とかまあ決定打には欠ける内容である点が小賢しいというか。今年の生誕祭のあと、王都で開かれる年末のお祭りに一緒に行かないか、はアウトかな。

 まったく……あのエーレンという女性には辟易とさせられたしその婚約者も面倒くさい男だとは思ったけど、今日ばかりは少し感謝してもいいかもしれない。


 たまたま通りがかったユリア殿に思わず助けを求めてしまったのは恰好が悪いけど。

 でも彼女は面倒だなあと思っていただろうに助けてくれて、その上自分があのエーレンと深い仲ではないし女性を弄ぶような人ではないと信じてくれたことがとてつもなく嬉しかった!

 そんな風に思われていたなんて事実があったら立ち直れなくなるところだった。


 正直今思えばもう少し冷静に対応だってできたはずなんだけどなあ……あの熱血というか、猪騎士は前から随分私に喧嘩腰だと思ったらあの女性の婚約者だったとは……。まったく、婚約者の意見だけを鵜呑みにして厄介なことをしてくれたなあ!

 だけど、彼が言った通り想い人がいつ掻っ攫われるかわからない、というのには同意だ。

 いや、本当は本当に待つつもりだったんだ。


 彼女は恋愛ごとには奥手だと自分でも言っていたし、今は何よりディーンと王女殿下の関係も曖昧でしかない。婚約ったって今はまだ公式発表されていないし、最悪婚約で『しか』ないのだから反故にされることだってありうる。相手は王族なのだから政情で変わるのはしょうがないとわかっているからね。

 だからそれらが落ち着いたら、私の方も立場が安定するし……その間にもう少し関係を進めて、告白をして。そう思っていたんだよなあ。

 早めるにしたって、外堀を埋めきってからがいいだろうと思ってたんだ。二の足を踏むようなことがないくらい、彼女を安心させて迎え入れたかったから。


 だけど、あの社交パーティー以来ちょっとした変化が起きているのも事実。

 ユリア・フォン・ファンディッドという女性はきちんと着飾れば華やかにもなる、それでいて普段は王女のそばにいる控えめな女性。まさに妻としてうってつけじゃないか、みたいな雰囲気が生まれたのも事実。私という存在が彼女のそばに居るからいずれはくっつくんだろう、なんて意見もありがたいことにあったみたいだが、裏を返せばまだ彼女は誰のものでもないということでもあるんだよね。

 はあ……だめだ、焦り過ぎだ。

 彼女の前ではカッコいい、冷静な自分でいたかったんだけど。


「ああー……もう……」


 元々冷静沈着なんて周囲が言うだけで、私はただの若造だ。

 まあちょっと家族問題が幼いころにあったから冷めている部分があるのは否めない。だからこそ始めから温かい家庭を築きたいという願望も強いと認めている。女性問題だけは絶対に御免だ、と。

 それに親父殿を悪く言う訳ではないが、跡目問題で兄弟が争ったり親族が騒がないようにとっとと私に身を固めてもらいたいがために紹介という名の見合いをした相手が悪かったことも起因していたんだと思う。私が愛情に飢えた可哀想な妾腹の息子とでも聞いていたのか、やたらと上から目線で物を言い、甘え、支配するような女性だった。ちなみに同い年なのに、だ。

 さらに言うとその女性は裕福な商家の一人娘だったので、擁護するならばその所為だったかもしれないけど。とにかく合わなかった。最終的には親父殿まで呆れるほど権力欲を彼女の家族も示したので破談となったけれど、心底ありがたかった。

 あれから寄ってくる女性に対して少し不信感を持つようになったんだよなあ……。


 初めてユリア殿に会った時も、穿った目で見ていたのは事実。

 だけどあの人が王女殿下を見る目には、権力を欲しているとかそういうのは感じられなくて。

 そこからちょっと興味が湧いて、手紙のやり取りをして。ディーンへの対応や気遣いを見て。


 ああ、この人は仕事を楽しんでるんだ。今の仕事に満足していて、誇りにしてるんだと感じて。

 そうしたら今度は地位にも名誉にも、容姿にも振り向かない彼女にちょっとずつ気持ちが傾いていって。小さな女性らしさとか、そういうのに気が付かない周囲に対して優越感を感じてみたりとかもして。


(この人が、自分の恋人だったら素敵だなあ)


 そう思うようになってからは行動を起こしてきたつもりだ。

 私との会話に、彼女が屈託ない言葉を選んだり笑ってくれるようになって。

 出かけるのだってできたし、ちょっと強引にだったけど贈り物も受け取ってくれた。


「でも、あれは反則だろう……!!」


 そりゃ格好悪かったし。余裕はまるでなかった。

 腕を掴まえて物陰に引きずり込むとか結構なことをしでかした自覚もある。


 それなのに、彼女と来たら!

 顔を赤くして、こっちの言葉を反芻したかと思うとより顔を朱に染めて。

 その場で返事をくれたとは確かに言えないような答えだったけれど。


 園遊会のあとで。

 パニックになっていたみたいだし、まあ彼女からしたら突然だったからそれはわかる。


 だけど、つまるところそれって。


「……考える余地があるってことじゃないか」


 いやな事だったら即座に否定的になるだろうに。

 あの反応は、もう答えも同然じゃないか!


 思わず軽くキスをしてしまったところで我に返ってこうやって逃げるように戻ってきたけど。


「あー……」


 まだ、顔が熱い。

 園遊会まであと少し。


 面倒くさいとばっかり思っていたのに、今じゃあちょっと楽しみになっちゃったじゃないか。

 照れくさいからその時にはきっちり、ちゃんとした言葉と態度で臨むとしよう。

 

 会いたいな、なんて。

 今まで以上に思うそんな感情が自分の中にあるなんて初めて知った!


「……ディーンの事、もう笑えないな」


 まったく、似たもの兄弟かもしれない。

 一途でちょっと重たいくらいの感情を、どうか受け入れて欲しい。

 そう願ってやまない。


 とりあえず、顔の赤みが引いたなら。

 今まで以上に仕事して、……園遊会のその日まで、少しでも好かれるように努力を重ねてみようかな。

まだ何かするらしい!

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