632 国王だって父親ですから
というわけで、国王視点。
「はあ~、いや参った参った。母上には叱られるわ、プリメラにも怒られるわ……善意で動いているんだがなあ」
「それでもあまりにも性急ですからね」
「酷いなあ宰相。余とて王として必要だからこそ、急かしているだけだぞ?」
「承知しております」
国王の執務室、そこで交わされる気安い言葉の数々は余人に知らされることのない、あくまで個人としてのもの。
だからなのか、国王の言葉にもぶすっとした様子で答える宰相に対して、苦笑が向けられるだけだ。
「あれか、お前も奥方にネチネチ言われたクチか?」
「私の妻はネチネチなどしておりません。すっぱりばっさりです」
「はは」
きっぱりとした宰相のその物言いに、国王は宰相夫人であるビアンカを思い浮かべる。
一見嫋やかであるビアンカが実はなかなかに苛烈な物言いをする女性であることを知る国王としては、すっぱりばっさりと何を言ったのか気になるところではあった。
(まあそのくらい強くなくてはこの国の筆頭公爵家の夫人などやってられんだろうな)
国王の母たる王太后しかり、ビアンカしかり。
彼女たちに言わせれば、碌な相談もせず結果が良ければ経過を重視しない国王や宰相に対して文句があるようだった。
(彼女たちの気持ちも理解しているつもりだが、時間は有限だ)
余裕を持たせ、万人が望むような結果を導き出す。
それが国王に求められたる理想だろうと、わかってはいる。
だが理想は理想であり、それを重んじるばかりに失敗をすれば結果として何も残らない愚王となるのもまた事実である。
勿論、そのことも理解した上で母上たちは苦情を入れてきていることはこちらもわかっているからこそ、甘んじてそのお叱りを受け入れる。
(……これでも我が子のことを愛しているから、つい先んじて動いてしまうのだよなあ)
やり方が良くないとつい最近、王妃にも苦情を言われたばかりだなと思うと苦笑しか出てこない。
王としてあれもこれもやらなければとは思うが、適した人材がいるならその者にやらせるために頭を使うし、経験を積ませるという意味で王太子に妻となるマリンナル王国の王女が抱える問題を解決させようとした。
失敗することは目に見えていたので、その裏でこちらに有利な条件を引き出して、王女が持っていた商会をいずれその問題の娘……名をなんといったか?
ああ、そうだ、ユナ・ユディタだったか。
あれを据えてやると約束したことで、マリンナル王国に恩を売った。
本当に甘い国だ。
どうにも役に立たない娘であれば、名前だけであとはリジル商会の人間が上手いことやるよう手筈は整えてあるというのに。
いや、それも織り込み済みであちらの国は受け入れたのだろうが。
別に息子である王太子の能力を疑って動いていたわけではなく、ただ単純にあれは経験不足だからそうなるだろうと見越していただけの話であって、実際そうなったのだからこちらとしては正しい選択をしたと思っている。
だが王妃に言わせれば最初から失敗するのは仕方ないし自分も予想していたが、その後全てをかっ攫うのがよくないと言われてしまった。
あのタイミングを逃せば、これほどまでに上手い具合に全てを手中に収めるのは難しい。
国益と、親としての愛。
双方を鑑みた結果とった行動だが、余のやりようはなかなか及第点がもらえないのだから困ったものだ。
娘からも『大事な侍女を困らせないで』と言われて参った参った。
有益な人間だからこそ、娘にとって最善の形で囲い込めるようにしているだけなのだが、なかなか理解してもらえなくてなんとも困ったものだ。
(婚儀を遅らせれば遅らせるほどに、彼らの負担も増えようものに)
たしかにちと性急に話を進めすぎたなという点では悪いことをした。
予算はバウム家が多く出すからよかろうと思っていたが、まあ各家庭で色々とあるのだろう。
そこに思い至らなかったのはとても申し訳ないと思ってはいる。口には出せないが。
「父親として立派とはどのような人間なのだろうなあ」
「陛下のように権謀術数を巡らせてばかりの大人ではないと考えますが」
「……何もできないよりマシであろう?」
「そうですね、先王陛下よりはマシです」
「言いおるわ」
ため息を漏らしながら書類に目を通し、サインをする。
それを受け取ってあっさりと出て行こうとする宰相に、愚痴にもう少しばかり付き合ってくれたってよかろうにと思ってしまうのは余の我が儘らしい。
あの男らしい突き放し方だ。
「……余はわかりやすく、子らを愛しておるのになあ」
父親というのは、国王をするよりもかくも難しい。
だからこそ、楽しいのだが。
呼び鈴を鳴らせば、すぐに侍従が現れる。
「陛下、お呼びでしょうか?」
「うむ……王太子と王女に、今宵の晩餐を共にするよう伝えてくれ。そのつもりで余にこれ以上の予定を入れぬよう調整してくれるか」
「承知いたしました」
下がる侍従を見やってから、再び書類に手を伸ばしたのだった。




