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 しかし男たちが意中の人を呼ぶ呼ばないで揉めてるけど、もうそういうことじゃないだろう。

 かといって仲裁してあげるほど暇でもない。私は打開策を考えないと。


 うーん。そもそもアルダール・サウルさまが女性に言い寄るってあんまりイメージ無いんだよなあ。いっぱいラブレター貰ってても誰にも靡かないなんて噂を聞いたくらいだし。まあバウム家の跡取り問題で女性関連の揉め事が増えたら困るからってのが大きいんだろうけど。


 ……うん、そうか。

 そうだよ、こういうのは『噂』の力を借りてみればいいんじゃない?


 なるほど、貴族の人たちを真似してみればいいのね。

 って私も貴族でしたー。


「そこの貴女。確か使用人館の賄い方にいましたね。貴女は彼らの話を聞いて心当たりはありますか?」


「えっ、あの」


「大丈夫、お話を伺いたいだけですわ」


 私が急に指名したものだから、相手はとても驚いた。

 まあそりゃそうだよね。何か揉め事が起きてるなーって野次馬してたら偉い人(意外かもしれないけど私は王女宮の筆頭侍女だから、一般の使用人からしたら偉い人だよ!)に突然話題を振られたんだから。


 噂を聞くならまず使用人たちの台所で働く女中だろう。大局なら貴族の方々、細やかな市井のことは使用人たちに聞くのが意外と有効なんだから。私? あんまり噂系は得意でないと申しますか……。んっんっ、まあそれは置いておくとして。

 使用人の中でも賄い方の人というのは食堂に出入りする人間と会話することが多いのだ、何気ない日常が彼女たちに聞けば案外出てくるかもしれない。所謂、食堂のおばちゃん・おっちゃんって慕われる人がここにもいるってこと!

 とりあえず私の突然の行動、それの意図は男性陣も瞬時に理解したらしく、双方が「自分の方が正しいだろう!!」というような目で勢いよく見るものだから可哀想に、食堂のおばちゃんは恰幅が良い体を委縮してしまっている。

 私は二人の視線から隠すようにして間に入り、相手の手を取ってみる。うんうん、あかぎれとかできてるなあ……あとで迷惑のお詫びも兼ねて質の良い手荒れのクリームを届けさせましょうね。これから冬に向けて手荒れ痛いからね。お礼にくらいなったらいいな。

 ごめんなさいね、本当に巻き込んでごめんなさいね!


「ごめんなさいね、お忙しいでしょうに」


「い、いえ!」


「ただ他の使用人からの、アルダール・サウルさまの評価を教えていただければ良いのです」


「あ、アルダール・サウルさまはどの女性のお誘いにも乗らないと一部の女性たちから不満があがっていました。特定の女性を作らないことで有名です……」


「なんだと!」

「ありがとうございます、ご婦人。ほら言った通りでしょう!」


「お二方とも静かに! ありがとう。では何かしらの誤解があったのかもしれません。エーレンさんもそのように仰っていたでしょう?」


 そう、そうだ。

 私は揉め事を大きくしたいのではない。


 そうだよ、面倒ごとをこれ以上大きく育てたいわけじゃないの!

 平穏な日々を取り戻すため、冬のボーナスに期待するため!!

 秋の園遊会を乗り越えたいだけなのよ!!!


「そうだと思いませんか? 私はそうだと思います。ええきっとそうでしょうとも、そうに違いありません。貴方も婚約者の言葉を信じなくてはね、立派な騎士ですもの、信義を大事になさいますでしょう?」


「そ、そうか……うむ、そうかもしれない……? いや、そうだったかも……。自分も婚約者が揉め事に巻き込まれたのかと逸ってしまったのだろう。申し訳ない、アルダール・サウル殿。筆頭侍女殿も」


 私の誠意ある説得のおかげでしょうか。エディさんが納得しきれないと顔に書いてありますが謝罪してくださいました。これで一件落着ですね!

 エディさんの方が騎士としてはきっと歴が長いのでしょう、アルダール・サウルさまに対しても礼儀は守るものの横柄ですね。いや、私に対してもこういう態度だからきっと「騎士はえらい!」と思っているタイプの人間ですね。出世できないタイプだわ。だからエーレンさんも他の男に行こうとしたのかしら?

 ああいうタイプは操作しやすいかもしれませんが、伸ばすのは難しそうですからね。


「いいえ、私は問題ございません。……これでよろしいでしょうか? アルダール・サウルさま」


「ええ、ありがとうございます。疑いが晴れたのであれば満足です」


「しかしアルダール・サウル殿。僭越ながら意中の異性がおられるならば、早めに関係をはっきりなさるが良いかと思う。そうすればこのような誤解が生まれることも減るのではないか? 相手がどのような方かは知ったことではないが、横から掻っ攫われる可能性もあるだろうしな」


「……掻っ攫われる、ですか……」


 エディさん、余計なことを言うんじゃありません。

 そうやって人の事情に首を突っ込むと大抵ろくなことが無いんですよ!

 まあ、言いたいだけ言って彼は去っていきましたが……この騒ぎ、絶対色んな人の口に噂として上りますよ。その結果エーレンさんがどうやって外宮の筆頭侍女を説き伏せたのかとかも併せて炎上しないといいなあ……。

 まあ、ただ先延ばしにしただけのような気もしますし、やっぱり後で外宮の筆頭侍女と統括侍女さまのとこに呼ばれるかもしれない……。

 どうか無事でいて、私のボーナス……。


「ユリア殿」


「巻き込むなんてひどいですよ」


「それについては謝罪いたします。……ところで、歩きながらで良いので少しお話しできませんか?」


「良いですよ、私も王女宮に戻る途中でしたので」


 まったく……ただスカーレット嬢の様子を見に来ただけでこんなに時間を食うだなんて思いもしませんでした。歩きながらアルダール・サウルさまの謝罪を聞きつつ、今度お詫びに秘蔵のワインをいただくなんて約束までしました。うん? これって所謂賄賂になっちゃったりしませんよね?


「それじゃあ、また」


「っ、ユリア殿!」


「?!」


 使用人が出入りする勝手口のようなドアをくぐって、王宮に戻ってきた私たちは警護の兵に会釈をした後にそれぞれの職場へと別れる分岐点に当然来たわけで。

 そこで私が普段のように言葉を発して、そして彼もいつもみたいに笑顔を返してくれる。


 そのはずだったのに。

 私の言葉にどこか余裕のないアルダール・サウルさまが、私の二の腕を掴むようにして歩みを止める。

 こんな彼は、初めて見た。


 困ったような、焦るような、恥じるような。

 色んな感情がない交ぜになったみたいな顔をしたアルダール・サウルさまが、私の腕を掴まえたまま一歩距離を縮めた。縮められると何故か逃げたくなるもので、私も一歩下がった。

 それが気に入らなかったのか、僅かに眉を顰められたアルダール・サウルさまが廊下の彫像の陰に私を引きずり込んだ。わあ強引、と思う余裕もないままに抱き寄せられて、耳元で吐息が吹き込まれて、思わず体が震えた。


「あっ、アルダール・サウルさま?!」


「私は先ほど意中の方がいる、と宣言いたしましたが」


「え、ええ」


「もし……それが、貴女だ、と告げたら。考えていただけますか?」


 ぐっと顔を近づけてくるアルダール・サウルさまのその表情は真剣そのものだ。

 どこか照れているような気がする。抱きしめてくる手が、ぎこちない気もする。いやよくわかんないけど。


 今、なんて言われた?


 紺青の瞳に私の真っ赤な顔が映っている気がして、かっと首まで熱くなる。これって、え、これって。


 抱き寄せられた上に、告白、ですかね……?!

 いやいや待つんだ私、こんなイベントとかなかったよね?! ってアルダール・サウルさまは攻略対象じゃないんだからこれはあくまでイベントとか関係なく彼自身が……って、それじゃあ、まさか。


 まさか、これ、現実……?


「ユリア殿」


「お、からかい、に」


「ユリア殿」


 真剣な声。

 最初は、呼びかけで。次は咎めるみたいに。

 どっちも柔らかな声だっていうのに、私はまるで体中が金縛りにあったみたいに動けない。


 答えを、求められているんだ、と。

 それだけは理解できて、答えなくちゃと思うんだけどとにかくパニック状態で。

 

「わた、わたし……そんな、急なことで、」


「……そうです、私だってもっと時間をかけて……」


「え?」


「いいえ、それで?」


「……え、園遊会が終わるまで、お待ちください。わた、私何度も申し上げますがこういうの慣れていなくて、」


「わかりました、待ちます。待つのは、得意ですから」


 私の答えが満足いくものだったのか、アルダール・サウルさまは私を解放してなんでもない顔で「それではまた、後日」なんて爽やかに去って行った。

 彼の姿が見えなくなった私はその場でへたり込むしかなかった。

 ほんと、人がいなくて良かった。腰が砕けた。リアルでそんなの体験すると思わなかった!


 だって私、あんなの……あんな甘い声で告白めいたことされるなんて、……!!

 さらにさりげなく額の横に、あの人……キキキキキスしてった!!!

 冷静でなんかいられないでしょ?!?!

ようやく、ようやく進んだよー!!!

こいつら、これでまだ付き合えてないんだぜ……?

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[一言] ゆっくり読ませていただいてます。最高に面白いです!!
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