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そうして我々王女宮……だけでなく、王城の使用人たちが慌ただしい日々を送る中、紳士淑女の皆さまも当日に向けて大忙しな日々です。
なんせ社交ってただ着飾ればいいってもんではありません。
特産品や技術を宣伝するチャンスですからね!!
今年は我がファンディッド家もメレクが代表として参加すると連絡がありました。
本来ならまだ当主夫妻が参加するんですが、昨年はほら……我が家にまつわる美談(笑)もあったので、行事に出せる顔がないからってお父さまが参加を辞退したんですよね。
いや、それも含めて王太后さまからの指示なんですけど!
で、当時はメレクも婚約者がいなかったので、こうした場に出るのは……ってことでファンディッド家はいなかったんですよ。ええ。
まあ私が現場で働いていたので実質いたってことでいいんじゃないですかね! 無理か!
「お疲れさま、ユリア」
「ビアンカさまも、お疲れのご様子で……」
「まあねえ。筆頭公爵家ともなるとあれこれ準備が厄介なのよ」
困ったように笑うビアンカさまですが、こうした王家の社交に向けてはやはりいろいろと下準備があるそうで……そんな中、私に会いに来てくださったのは嬉しいですがやっぱりそれはただ〝友人に会いたい〟ってだけではありませんでした。
勿論、労いのお気持ちもくださいましたよ!
王女宮のみんなには公爵領の美味しい果物と、私個人にはワインとビスコッティのセットです。
アルダールと飲むのが楽しみですね!
「貴女のことだから、気になって仕事が疎かになる……なんてことはないとわかってはいるけれど。はい、これ」
「これは……まさか、例のあれですか」
「ええ。例の日記よ。王太子殿下が、公爵家でも必要ならば見て構わないと寛大にも仰ってくださって」
「……それは」
本当に善意なのかな? あの王太子殿下が?
思わずその後ろにあの腹黒執事の姿があるのではと疑ってしまいました。
いやいや、人の善意を頭っから疑っちゃダメですよね!
あの王太子殿下とその部下だからって! ええ!!
「これは写本。原本はやはり王太子殿下が所有なさっているわ。少なくとも何かを隠しておいでの様子ではなかったし、わたくしも内容を読んでやっぱり意味がわからなかったからあまり重要ではないのかもしれないわ」
「まあ、日記なんて個人的なものでしかありませんから」
「そうよねえ」
笑いながらビアンカさまも同意してくださって、私に一冊のノートを手渡してくださいました。
綴じ具合から考えるに、それほど量はないように思います。
私はそれをジッと見つめてから、ビアンカさまにお返ししました。
「あら、いいの? 貴女の好奇心が満たされるかと思って持ってきたのだけれど」
「確かに、まるで気にならないのかと問われれば気になるとお答えはしますが、それでも今はとても忙しく余所ごとに目を向けている場合ではないと自覚しておりますので」
「……ふふ、貴女らしい返答ね。いいわ、今日わたくしはただ貴女という友人に会いに来て公爵領のお土産を渡した。それだけのことね」
「はい」
そう……まあ、気になるっちゃ気になるものですよね。
私以外の転生者の話。
とはいえ、ビアンカさまに言ったように私は私で忙しい身です。
前世が、この世界とよく似たゲームが、それによって人生を左右されちゃった人たちが……っていうのを考えると微妙な気持ちにもなります。
けど、今やらなきゃいけないこと、今を生きている私には正直〝それどころじゃない〟忙しさなので……。
(園遊会が終わったら今度は王太子殿下の生誕祭とそれが終わったらすぐ新年会! そしたら今度は自分の結婚式!! 今更ゲームが私たちの生活を脅かすものじゃないってわかったんならそれどころじゃないのよね!!)
怒濤のお仕事ラッシュですからね……?
結婚はお仕事じゃないですけども。
そして結婚はゴールではなくスタートですからね。
ミスルトゥ子爵家として社交もしなくちゃいけないし、通常業務だってあるんですから今は興味だけで若干厄介な香りのするものに手を伸ばすのはよろしくないのです。
私は! できる侍女ですからね!!
自分の抱えられる範囲でしか抱えませんよ!
「それじゃあ次は園遊会で、かしら」
「ビアンカさまのドレス姿、楽しみにしております」
「ええ。園遊会が終わったらまたお茶でもしましょう」
「はい、是非に」
日記の行方は結局王太子殿下……と、フィライラ=ディルネさま。
ニコラスさんが偶然見つけたとはやっぱり思えないので、私が興味本位で手を出していたら……何かいいように使われる未来しか見えません。
ビアンカさまもそれを理解しておられるからこそ、写本だと前提して私に選ばせてくださったのでしょう。
いやあ、本当に優しい友人を持って私は幸せ者です。
とりあえずビアンカさまのドレス姿、お世辞でもなんでもなく楽しみです。
美人は目の保養ですからね!!