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そう――バルムンク公爵夫人、アドリアーナさま。
かつて私を愛人に! なんて脳筋公爵が公子時代にのたまった際、妻は寛容だから受け入れてくれるに違いないとか何とか言ってましたよね。
アレは本当にまったくもうって話でしたが……いやあ、あれから一年しか経ってないのか……。
脳筋公子時代の公爵さまは厄介でしたね、本当に。
(そう思えば今はかなり落ち着きを持って……持ったか……?)
わかりませんね! まあどうでもいいです!!
とりあえずあの方がいらっしゃるってことは頭の片隅に入れておくべきでしょう。
絶対に、ええ、絶対にアルダールに絡みに行ったついでに私にも話しかけてくださることでしょうからね!
「アルダールは当日どう対応するの?」
「できる限り避ける」
「そ、そう……」
今年も園遊会では近衛騎士たちが各所の目立ったところで警備にあたりますからね。
去年も思いっきり避けて動いてましたもんね……。
いやそれにしても力強い避ける宣言です。
最終的にはどこかで捕まるのでしょうが、アルダールもこう見えて往生際が悪いというか、自分にかかる被害を最小限にしたいという意思を感じましたよ……。
「ちなみにアドリアーナさまだけど、出身はバルムンク公爵家の家臣家系で元騎士なんだ」
「まあ、そうなの?」
「そう。あのギルデロックの妻にとなると、いろいろと……ほら、しっかりした人が望ましいということになったらしくてね。その辺りのことは師匠から聞いたんだけど」
「あー……」
「とてもさっぱりした性格の女性らしいから、安心して園遊会に臨んでいいんじゃないかな」
「そう? なら安心ね」
まあ脳筋公爵について、実を言えばそこまで悪感情もないですし……あの人自身は〝貴族〟としての矜持や責任感を持ってらっしゃいますからね。
ただただ面倒くさいタイプってだけの話です!
「あ、そういえば」
いずれにせよ園遊会の準備が着々と進んでいますし、我々も結婚式を新年祭が明けてから、と決めております。
あまり派手にせず身内のみでということなのでこれだけスピーディーに行えますが、ははは国王陛下め……と思わずにはいられません。
そんなことを考えたところでふと思い出したので、一応アルダールには報告しておこうと思いました。
「なんだい?」
「いえ、大したことじゃないんだけど」
一応、ね。後でどっかから聞こえたなんて方が厄介だからね!
そう心の中で自分に言い訳をしつつ、アルダールを真っ直ぐに見ました。
後ろ暗いところなんてないよという私の意思表明ですとも!!
「この間、ニコラス殿からデートに誘われたの」
「…………へえ?」
うっわ、たっぷりの沈黙の後の低音!
その笑顔が怖いですよ、アルダール!!
「勿論お断りしたのだけれど……それには続きがあって。妙な提案をされたの」
「妙な提案?」
「ええ。誘われた際は『久しぶりに休暇をもらった』と言っていたのだけれど……以前、ミッチェランの創始者が残した日記をビアンカさまからお借りしたことを覚えている?」
「うん。よくわからない話が書いてあったやつだろう?」
「そう。ニコラス殿がね、その休暇中に類似した日記を入手したらしいの」
「……へえ?」
「おかしな話でしょう。しかもそれを、私に伝えてくるっていうのも」
「そうだね」
私がその日記を読んだからなのか?
そもそもデートと言いつつ、その日記を見つけに行くのがもしかしたら任務だったんじゃないのか?
だとしたら、私を連れて行こうとした理由は何だって話になるじゃないですか!
しかもそれを伝えるってことは、私が読みたいって言い出すのを待っている……ってこと?
いえ、例の日記については原本はリード・マルクくんが持っていますし、ビアンカさまや私が見たものは写本ですが……あれを見たならその続きというか、類似品として興味があるかってだけの話かもしれないんですけど!!
「……どう対応したらいいかと思って。一応、ね?」
「そうだね……。気になるなら借りてもいいと思うけどなんの思惑があるかだね……」
「気にはなるのよね……ただまあ、話を持ちかけてきたのがニコラス殿ってのが……」
うーんと二人で頭を捻りましたが、まあでも類似した日記ってのが誰のものなのかとか……やっぱりちょっと気になりますよね。
気になるように仕向けているんでしょうけど!
そういうところだぞ、ニコラスさん!!
 




