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フィライラ=ディルネさまのお茶会から数日後、今度は私のところにニコラスさんが再び現れました。
なんでだ!
まあ勿論、そんなことはおくびにも出さないで対応しますけども……。
しかしながら案内してきたのがライアンで、すっごい目でニコラスさんを睨んでるのがどうにも……。
ニコラスさんはニコラスさんでライアンのことを小馬鹿にしたように笑みを浮かべていますが、あれはなんかムカついている雰囲気です。
(……二人ともここに来るまでにどんな応酬したのやら)
セバスチャンさんに見つかったら二人とも拳骨喰らっちゃうぞ!
もしかしなくてもそうやって育ってきたのではとちょっぴり微笑ましくも思いましたが、そういうのは私の執務室じゃなくてよそでやっていただきたいものです。
「それでなんのご用ですか? ニコラス殿」
「フィライラ=ディルネさまより、先日の茶会へのお礼状をお届けに上がりました。こちらは王女殿下へ、それからこちらはユリアさまへ」
差し出されたのは美しい透かしの入った封筒と、シンプルな封筒です。
どちらがどちら宛か、一目瞭然ですね!
一応ニコラスさんが預かって、それを私に届け、そこからプリメラさまへ……とこれでも王族のお手紙としてはかなり簡略化されたものです。
とはいえ、わざわざニコラスさんを通じて私経由でプリメラさまにお手紙を届けるというポーズは必要なことだったのでしょう。
どこで誰が見聞きしているかわからない王城です、逆にそれに対して見せつけるくらいの気持ちは常に持っていませんと!
はあ、本当に王族って大変だなあ。
私のような役職持ちですと多少は検閲も緩くはなりますが、王城内の使用人は基本的にヤバい手紙が交じっていないか、郵便部門で検閲が入ったりするんですよ。
といっても全てかどうかは知りませんけど。
その辺りは部門ごとの守秘義務です!
「確かに受け取りました。お返事については何か?」
「不要とのことです」
「そうですか。ありがとうございます」
まあプリメラさまとフィライラ=ディルネさまの関係は良好ですし、このお手紙は茶会に足を運んでくれて良好な関係を周囲に見せてくれたことに対する感謝の言葉とかそんな感じでしょう。
私の方にも手紙があることについてはちょっとばかり小首を傾げたいところではありますが、おそらくは例の……ミュリエッタさんに恋していた男性の話題、かなと。
まるで関係なさそうですが、一応アルダールが声をかけられたっていう点ではあの茶会にいなかったことも含め、顛末を報せようとかそんな感じでしょうか?
(そうであってほしい)
去年より余裕があるとはいえ、園遊会前ですからね!
できるかぎり厄介事はご遠慮願いますよ!!
「……ところでニコラスさん」
「はい、なんでしょう」
「もう手紙は受け取りましたし、お戻りになってはいかが?」
「ははは、実は今日この手紙を渡したら午後はお休みでして!」
「あらそうでしたか、休暇を満喫してくださいね」
「そうなんですよ、久しぶりなんです。ほら、うちの上司は働き者なもので……下につく我々もなかなか苦労が絶えないんですよね~」
「それはそれは、お疲れさまです」
ニッコニコの笑顔でお休みをもらったって何故私に報告してくるんですかね……?
雑談をしたいのかもしれませんが、こちとら仕事中なんですけども。
そろそろライアンが眼力だけでニコラスさんの背中に穴を開けちゃうんじゃないかってくらい睨んでいるんですけど……これもわかっててやってますよね? ニコラスさん。
「やりがいは確かにあるんですけどねえ~……聞けば王女宮は定期的にきちんとお休みもいただけているとか。あーあ、ボクもそんな素敵な上司の下で働きたいなあ~」
チラッとこっちを見てくるの止めてくれません!?
待遇の改善については王太子殿下にお願いしていただかないと……ってそれを言葉にするとまた何か言われそうなので私はにっこりと笑みを返すだけにしておきました。
こういう時は無難な対応が一番ですよ!
「ライアン、お客さまがお帰りだからお見送りして差し上げて」
「承知いたしました」
「ちょっ、少しは考えてくださいよ! コイツよりボクの方がお役に立つかもしれませんよ!?」
「ニコラス殿はその実力を見込まれて王太子殿下の専属執事に選ばれたのですから、どうぞこれからも頑張ってくださいね。では!」
にっこり笑って手を振ってあげました。
ええ、私にできる最大の礼儀ですよ!
もしかしたら、本気で転職を考えたいくらい忙しくしているのかもしれませんけどね。
ちょっぴり隈っぽいのがありましたから。
とはいえ、彼らの出自は〝影〟である以上、あのままの姿がその通りとは限らず、弱っている姿も同情を引く手段だから気をつけろ……と何故か最近セバスチャンさんに講義を受けたばかりですのでね。
そもそも、私の下につきたいと今から言ったところで王太子殿下が許すと思えませんよ。
なんだかんだ有能なニコラスさん、ですものね!
せいぜい頑張れって応援はしてあげましょう、心の中で。
ええ、心の中で、ですけどね。