表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
613/640

610 根幹

今回はフィライラ・ディルネさま視点です

「……噂には聞いておりましたが風変わりなお嬢さんでしたね、フィライラ・ディルネ様」


「そうねえ」


 ルネの言葉にわたくしも同意を示す。

 ミュリエッタ・ウィナー。


 噂には聞いていたし、王太子殿下からも要注意人物として事前に教えられていた人となり。

 予知だか予言の能力があり、希有な治癒能力を有し、夢見がちな……年齢に比べればやや幼稚な面が目立つという女性。


 今日のわたくしの茶会に彼女を招いたのは、以前外交官として世話になった貴族家の関係者から頼まれたことであり、ちょうど厚顔な面が鼻についてきたところでもあったのでこれを機に片をつけさせてもらったのだけれど……。


(英雄の娘というものに興味があって本当に招いてみたけれど)


 彼女のあれは、幼さとはまた違うもののように感じた。

 政略結婚、親が決めた婚約、そういったものへの理解のなさは、彼女がこれまでの人生経験からして未知のものだからということがわかった。


『貴族の方だけじゃなくて、人によっては……親が、相手を決めることもあるんだって、今はちゃんとわかってるんです。でも……頭で理解できても、みんな、それに対してどう感情を納得させているんだろうって……』


 そんなことを言っていた彼女は、冒険者の娘としてそれこそ一所で長く暮らすことはなかったという。

 おそらく、それが原因なのだ。


「今後、わたくしが王太子妃として立つ時にやらねばならないことの参考になったわ」


「……まあ、さようですか?」


 ルネは不思議そうに小首を傾げたけれど、わたくしはそれについて応えるつもりはない。

 ただ、そう、彼女は根無し草というやつだからこそ、長きをかけて関係を築いていくことよりも刹那の感情を優先しがちなのではないかしらと思うのだ。


 己が暮らす土地に愛着を持ちすぎるのも困るけれど、家の繋がりや土地関係、そういったものに対する思い入れ(・・・・)がなさすぎるのも困るものだわ。


 実際、彼女はわたくしが『国同士のために』と言った時にもやはり実感が湧いていない様子だった。

 他のご令嬢が隣の領地の子息と、事業提携で契約を結び長く親戚として互いを支え合うための婚姻関係を結ぶことについても、どこかぼんやりと聞いていたように思う。


 彼女にとって、結婚というものはただ好いた人と結ばれること。

 そこに描く未来に、具体性が何も見えていないに違いない。


(わたくしたち貴族のように、領民のためになすべきことが……農民であれば土地を守っていくことが……そういったものが、彼女にはないのだわ)


 どれほど優秀であろうと、どれほど実力があろうと、それによって守るものが彼女には何一つないし、そこに育つ矜持もない。

 それが彼女を不安にさせている。


 だとすれば、そうした土壌を作りだしたのは冒険者の父親ということになるのでしょう。

 いいえ、父親として彼女を養育し、冒険者として土地を渡り働いていたのだから過ちだったとは思わない。

 けれど、彼女のそうした面が育たなかったのはどこにも彼女の〝故郷〟がないから。


 そして、貴族になったからといってこの国に対する愛着がいきなり芽生えるわけでもないし……。


(全ての冒険者がそうではないにしろ、自由を謳歌するのは本人たちだけであって妻や子の扱いについて今後は気にしていくべきね……)


 ただ一般の平民として、もしもミュリエッタ・ウィナーという少女が土地の誰かと婚姻したなら幸せになったことだろう。

 けれど矜持を持たないままに貴族になり、国の為に、民のために婚姻を結ぶことも、家を守っていくということの意味も、重みも、彼女にはきっとわからない。


 人はわからないことを恐れる生き物だ。

 かつてのわたくしが、わたくしの中にあった誰かの記憶に怯えたように。


「フィライラ姫」


「まあ、王太子殿下」


「……茶会でひと騒動あったとか」


「大したことではございませんわ。……王太子殿下とは政略結婚となるが、怖くないかと問われましたの」


「……」


 僅かに眉をひそめた殿下に、わたくしはそっと笑う。

 冷たいようでいて、本質はとても温かい御方だとわたくしはもう知っているから怖くない。


「確かに出会いは政略ですが、尊敬できる相手と巡り会え、そして互いに想いを重ねる努力をしてくださる方だとわたくしはそう、お伝えさせていただきました」


「……そうか」


「お慕いしておりますわ。アラルバートさま、我が君」


 彼女にはきっと理解しがたいことだろう。

 利害を大前提に、恋をしたところで……それは恋とは言えるのかと、あの純粋無垢な少女ならばそう問うのだろう。


 わたくしたちの間に芽生える愛情は、国の有事であればいつだって離れることもあり得る関係。

 けれど、それは普通に(・・・)恋を実らせたところで、どうなるかなんて誰も知らないのだもの。


「……殿下のご友人のお気持ちが、彼女に伝わるとよろしいのですけれど」


 わたくしの独り言は、どうやら殿下の耳には幸い入らなかったようだった。

4/12にコミックス9巻が発売です!よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらもよろしくお願いします!

魔法使いの名付け親完結済
天涯孤独になったと思ったら、名付け親だと名乗る魔法使いが現れた。
魔法使いに吸血鬼、果てには片思いの彼まで実はあやかしで……!?

悪役令嬢、拾いました!~しかも可愛いので、妹として大事にしたいと思います~完結済
転生者である主人公が拾ったのは、前世見た漫画の『悪役令嬢』だった……!?
しかし、その悪役令嬢はまったくもって可愛くって仕方がないので、全力で甘やかしたいと思います!

あなたと、恋がしたいです。完結済
現代恋愛、高校生男児のちょっと不思議な恋模様。
優しい気持ちになれる作品を目指しております!

ゴブリンさんは助けて欲しい!完結済

最弱モンスターがまさかの男前!? 濃ゆいキャラが当たり前!?
ファンタジーコメディです。
― 新着の感想 ―
いやあ… 周りがどれだけ丁寧に真摯に政略結婚の是を言い聞かせても、 ミュリ嬢の目の前には恋愛結婚でアルダールをかっさらっていったユリアさんという実例がたちはだかっているわけで…。 もういっぺんくらいユ…
まあ確かに地に足ついてないですからねミュリ嬢 ユリアさんとは正反対だ
なるほど、前世もち補正抜きでフィライラ様が分析したミュリエッタさんの精神的な不安定さや貴族社会との感覚のズレの原因は地縁血縁がほぼ無い冒険者出身だからこそというのはある意味では納得だと思うけど。。 う…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ