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(結局、まあ……プリメラさまは問題なかったわけだけど)
テーブルが違えばわからないというのもありますが、ミュリエッタさんとリード・マルクくんの席にフィライラ=ディルネさまがお声がけになった際、ちょっとした雰囲気になっただけで無事にお茶会そのものは終わったそうです。
いえ、予定通りプリメラさまは途中退出しましたからね。
勿論私とライアンも一緒に退出いたしましたとも。
「それで、結局何があったの?」
「……どうやら、ウィナー嬢がフィライラ=ディルネさまに質問をしたようで、それが他のご令嬢たちを驚かせたようです」
「まあ、そうなの?」
フィライラ=ディルネさまが気を使ってくださって、プリメラさまとはテーブルが離れていたのでわからなかったんですが……いったいどんなことを言ってざわめかせたのでしょう。
プリメラさまも気にはなっていたご様子でしたので、念のためライアンが調べてきてくれたんですよね。
その報告を受けながら、私はリード・マルクくんは止めなかったのかなあと思いましたよ!
「ご挨拶ののち、ウィナー嬢が王太子殿下との婚約についてお祝いの言葉を述べたそうです。その際、フィライラ=ディルネさまはリード・マルク・リジル様が王太子殿下と親しい友人であることから、これからも顔を合わせることがあるだろうし仲良くしてほしいとお言葉をかけたそうです」
「フィライラさまらしいわ!」
パッと華やぐ笑顔を浮かべたプリメラさま、プライスレス。
まあこれまでのお付き合いでわかっていることですが、マリンナル王国は王家と国民の距離が近いですからね。
それにフィライラ=ディルネさまも商会を運営していたこともあって、リジル商会との繋がりが王太子殿下にとってどれほどの益を生み出すかわかっているからこそのお言葉だったのでしょうが……。
(ミュリエッタさんと繋がりができるってのは、王家からするとどうなのかな)
監視対象が間近にいる方が安心ってところでしょうか?
今もまあその意図がよくわかんないから困るんですよねえ、こっちは。
関わらなくていいとは言われておりますが、チラッチラと視界に入る範囲に彼女がいるっていうのは……気にするなって方が難しいっていうか……。
さすがにもうプリメラさまの悪評を流したり、アルダールに直に声をかけたりなんてことはしないとわかっちゃいますけども。心配にはなりますよね。
だって! 何しでかすかわかんないんですもの!!
落ち着いたように見えて、逆に何かしでかしそうな雰囲気を持っているのが今のミュリエッタさんですから。
正直彼女が今から何か問題を起こして、それが巡り巡って王太子殿下やプリメラさまのお心を悩ませる……なんてことはないと信じたいですが、何があるかわからないことに備えるのが使用人の役割ですからね。
「いったい彼女の発言の何がそんなに周囲を驚かせたんですか?」
「はい。どうやらウィナー嬢は自身が平民の、特に自由気ままな暮らしをしていた冒険者の子であることから今ひとつ実感がわかないからと前置きをした上で、貴族令嬢たちはごく一般的に政略結婚をするが、どうやってそれを受け入れる心構えを作っているのか教えてほしいと」
「え? ええと……そ、それをフィライラ=ディルネさまに質問したの? 本当に? いえ、ライアンを疑っているわけじゃないのだけれど……」
「はい、王女殿下。幾人かの使用人たちに確認を取りましたが、間違いのない事実です」
「そ、そうなの……」
えっ。それ聞きます? って思わず私が思ったくらいですから、周囲のご令嬢方も思ったことでしょうね。
むしろ『何言い出してるんだろうこの人』くらいに思ったかもしれません。
(というかそれ、婚約者の前で言う……!?)
そりゃあざわめいたことでしょうよ!
しかしこの期に及んで彼女が〝恋愛〟に拘っている様子に、少しばかり背筋がゾッとしてしまいました。
いや、恋愛至上主義、構わないですよ?
ただそれで追い込まれている今も貫くその姿勢がすごいと思うと同時に怖いなって思っちゃっただけです。ええ。
(……わかり合えないとは思っていたけど、きっとどこまでいってもわかり合えないんだろうなあ……)
呆気にとられるプリメラさまの後ろで、私はそう改めて感じるのでした。
どうすんでしょうね、彼女……。
なんだか自暴自棄になってないといいんですが!




