603 どうして、の理由
今回はミュリエッタさん視点。
(どうして)
わからない。
あたしはどこを間違えた?
偉い人たちに首輪代わりの婚約者を押しつけられたこと?
引き際ってやつを見誤ったこと?
恋にこだわりすぎたこと?
ヒロインだと万能感に酔いしれたこと?
ゲームだと思ったこと?
そもそも、前世の記憶を取り戻してしまったこと?
でも、どれもこれもあたしだけが悪いわけじゃない。
記憶を取り戻したのは偶然だ。
大好きなゲームのヒロインと同じ境遇であったなら、みんなだってあたしと同じように『やった!』と喜ぶはずだ。
ヒロインとしての能力の高さに、前世の記憶のおかげでポテンシャルをフルに引き出せるこの優越感。
憧れだった相手との未来を夢見る、それがそんなに悪いことだった?
出会うのが遅かっただけで、あたしが選ばれる可能性があったかもしれないじゃない!
ただ、引き際を間違えた。
確かにそれはきっとそう。
(でも、恋の諦め方なんて知らない)
あたしのこれは、恋じゃないって誰かに言われた。誰にだっけ。
わかんない。
もしかしたら今のあたしじゃなくて、前のあたしだったかもしれない。
でももう、どっちでもいい。
「なんなのよ……!」
ようやくアルダールさまがあたしのアルダールさまじゃないって折り合いをつけて納得して離れようって思えたのに、ちょっとだけやり返したい気持ちを出したらあっという間に婚約者を作られてしまった。
お父さんが喜ぶ縁談を、あたしが断れないってわかってて。
ああ、なんて酷い人たちだろう!
あたしはこんなにも、みんなの幸せを願っていたのに!!
リード・マルクが悪いわけじゃない。
別に顔は悪くないし、お金持ちだし、時々意地悪だけどあたしに嫌なことは強要しないし、お茶やお菓子でちょっとくらいマナーがなってなくても許してくれる。
プレゼントだってくれるし、仕事の合間に顔を見せてくれるし、どっかに行けばお土産だってくれる。
でも、あたしは彼に恋していないのに、結婚しなくちゃならない。
それだけが、ずっと心に染みついている。
まるで道ばたに捨てられてたガムを踏んづけちゃったような気持ち。
捨てた人が悪いけど、それが誰かわからなくてこの嫌な気持ちをどこにぶつけたらいいのかもわからない。
そこに来てあの日記。
あたしと同じような人がいて、ゲームの世界を夢見た女性がいた。
ああ、ほら、あたしと同じだ! って思ったのに。
どうしてその人は逃げてしまったの?
ヒロインの登場を待てなかったの?
そんな、ゲームの世界に生きて元の世界に戻れないことを苦にして、なんて。
だって、そんな。
あたしにとって、理想の世界。あたしにとっての、夢の場所。
どうして帰りたいなんて言うの?
どうして、貴女が逃げたせいでゲームが悪いみたいなことを言うの?
(あたしのための世界じゃない、だなんて――)
誰のせいでもないはずよ。
この世界に生まれたことは、誰のせいでもないの。
記憶を取り戻したことだって罪じゃない。
シナリオ通りの世界を作ろうとした方が悪いんじゃない。
勝手に重荷に感じただけじゃない。
逃げ出して、きっと幸せに生きているのよ。
あたしには……あたしには関係ない!
(なのに、どうしてこんなに苦しいのかな)
この世界でゲームのことを知る人が、恋をしながら作ったゲームと同じ光景。
だけどその人はどこかに行っちゃって、ゲームを知らない人が残された。
ずっとずっと想い続けるその日記が、素敵だなんて言えるわけもない。
恋ってキラキラしていて、素敵なものであるはずなのに。
あたしは失恋して、恋愛と関係ない結婚を強いられている。
あたしの近くにある恋は両親のものも、その日記も、キラキラなんてしていない。
その上、勝手にあたしのことを運命の恋とか言うおっさんが現れて気持ち悪いのなんのって!
「~~~ああっ、もう……!」
あたしはただ幸せになりたいだけなのに!
どうしてこうも上手くいかないんだろう!!
ヒロインとしての美貌も才能もあって、それを上手く使っていたはずなのに、気づいたら難しい人たちの難しい話に巻き込まれて……大人扱いされるのが、こんなに苦しいことだなんて知らなかったよ。
知らなかったんだよ。
「ミュリエッタ?」
「……リード」
「ああ、また指を噛んだのか。血が出てるじゃないか……だめだろう?」
あたしの手を取るリードは、あたしの悪癖を見ても驚いただけで……叱っては来るけど、それだけだった。
今もなんで持っているのか知らないけど、傷薬を取り出してあたしに手当をしてくるその行動は優しい。
「……どうして」
「ん? ……どうしてだろうねえ」
困ったように笑うリード。
押しつけられたあたしの婚約者。
あたしが知っている攻略対象者のようでそうじゃない人。
そして……ゲームの未来を夢見すぎて、逃げちゃった人の恋人が大事に大事にしていた子。
「逆に聞きたいんだけどさ、ミュリエッタ」
「……なによ」
「どうして僕じゃ、だめなんだい?」
「――……え?」
「大事にしているし、結婚相手として不足はない。確かに君が望む年上じゃないけど、誠実に接しているつもりだし……君のその表情を隠せない、正直なところもおもしろ……いや、好ましく思っているよ。割と、相性いいと思うんだけどなあ」
クスクス笑うリードに、あたしは答えられない。
どうしてだめなのかなんて。
わかんない。
わかんない。
だって、そんなの……アルダールさまじゃないからってだけだったから。
どうして、なんて。
(あたし、考えたことなかった)
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