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あの日記帳を読んでから数日後。
私は返却をするため、ビアンカさまにお時間をいただきました。
その日は念のためお休みにして、王都にある公爵家の邸宅にお招きいただくと言う形で。
というのも、ビアンカさまはあの日記帳について『わけがわからない』と思いつつもやはり気にはなっていたようで、私の見解を聞きたいとのことでしたから。
別にただのこうじゃないかな、ああじゃないかなという推論や憶測といったものなので、国家の安全に関わるとか大貴族の秘密に迫る、なーんてサスペンス展開は勿論ありませんとも。
でも公爵夫人と王女宮筆頭がヒソヒソしていたら、気にする人も出てきちゃいそうでしょう?
そうして私たちが語っていた内容を今度は聞き耳立てていた人がさも本当の話であるかのように広めたら……なーんて考えるとゾッとするじゃありませんか。
だからね、今回は普通に貴族としてのお付き合いといった体でお会いするってわけですよ。
「お待たせしたわねユリア、道中何もなかったかしら?」
「はい、何も。プリメラさまも快く送り出してくださいました」
「先日の会以降、プリメラさまもお忙しいでしょう。そのうち時間をとってまたみんなでお茶を楽しみたいものだわ」
「本当に」
そうなんですよ、誕生日パーティーで婚約を発表したことで社交界デビューとしたプリメラさま。
その影響もあって一気に招待のお手紙が届くようになって……。
勿論、行く・行かないは自由です。
というよりも貴族たちの大半の高位貴族たちは『王女殿下が来てくださったら箔がつく』程度の期待で招待状を送っているので、断られても気にはしないでしょう。
中には『うちとお付き合いするのはメリットしかないんだから参加して当然』なんて驕った考えの家がないとは言い切れませんけども。
「それで、どうだったかしら?」
「……確かに不可解な点が多かったと思います。それに、日記の内容は省略されているのか、それともあえてこの〝恋人〟の名前を伏せていたのか……いずれにせよ、この女性の所在については今もわからないということですよね」
「ええ、そうね。それで、ユリアはどう思ったのかしら?」
私は少しだけ考えて、どこまで述べるべきかと悩みました。
と言っても、前世云々について話すつもりはこれっぽっちもありません。
ただ侍女としてこれまでプリメラさまのお傍にいて、クリストファが〝公爵家の影〟であることを考えれば……おそらく、フィライラ=ディルネさまが他者の人格がどうのといった、対外的には秘密の話もビアンカさまはご存知なのだろうと思います。
ただ、そうだろうなと思ったところでそれを言葉にしていいのか? っていう繊細な問題があるわけですよ……!
「……私が読んで思ったのは、このミッチェランの創始者の恋人という女性は未来をまるで知っていたかのように語っていたようですね」
「そうね、屋号をそうするよう言ったのはその女性だもの」
「だとすれば、ミュリエッタさんは自身とその女性を重ねたのではないでしょうか。彼女もまた、大型モンスターの件や他について知っていて……でも彼女の知る未来ではなかった」
「彼女の知る未来ではなかった?」
「はい。昨年の秋の園遊会。あの折に一人の侍女が咎められました」
「……ええ、覚えているわ。ウィナー嬢と繋がりのある侍女だったから、その言動についてもわたくしも教わっている。そうね、その侍女は確か王女殿下のことを意地が悪い姫で、その侍女である貴女も意地が悪いに違いないと言っていたんですってね」
大貴族の目と耳、こわぁい!
どこまでが筒抜けになっているのかと思うと戦々恐々とせざるを得ません。
まあ、おかげで話が早くて助かるんですけども!!
「そう考えればその恋人という女性はミュリエッタさんと同じような能力、或いは何かを持っていたのではないかと思いました」
「あるいは、フィライラ=ディルネさまのように?」
「……はい」
けれどゲームのシナリオを知る彼女たちの、シナリオをなぞった行動は、シナリオと違う行動を取ろうとした人によって簡単に覆されたってわけですよ。
いや、簡単じゃあなかったですけど!
意図してやったかって問われたらそうじゃありませんし……少なくとも私はプリメラさまに対してただただ愛情を持って娘のように、妹のように愛し接してきただけですからね!




