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私にとって、というか王城で働く侍女にとって王宮と王子宮、王女宮、後宮、離宮で侍女を務めるというのは栄誉な事である。だってそこは王族に直接お仕えできるから、なのだ。
王宮は城全体の中でも国王陛下が生活なさる場を指し示す場所で本当に特別だから、そこは統括侍女さまの直轄なんだよね! あそこはベテランしかいないよ!!
あと噂では国王陛下の食指が動かぬ“強い”女性陣だとか……うわあ、……うわあ。
そして噂といえば今回の人事異動はもう一気に噂が駆け巡った。そりゃもう悪い方向に。
統括侍女さまが仰ったようにこの国で今一番注目されるデビュー前の淑女たる、国が誇る姫であるプリメラさまの御前に出すことでそのプライドをずったずたにされるに違いないとみんながスカーレット嬢の挫折を期待するかのようにさやさやと笑っているのだ。
メイナや他のメイドたちにまで聞こえてくるそうだから相当広がってるんじゃないかね?
どっから広まった、とかじゃないんだよなー人事異動なんてすぐに皆が知れることだから犯人探しとかは言わないよ、でもさあ根性悪いよね。
でもこんな噂立てられるスカーレット嬢って……こりゃ今後が思いやられるわあ……。
勿論そんな根性悪い話ばかりではないけどね。
というわけで昼までになんとか部屋を整えて、私はメイナを筆頭に他の侍女とメイド、召使や下働きを前に新人として噂のスカーレット嬢を迎える話をせねばならなかった。勿論みんな驚いたし嫌そうな顔をした人もいるところを見ると実際に嫌味のひとつも言われたのかな?
噂を鵜呑みにしてはなりませんとは言っておくけどさあ……結構あの言動目立ってたみたいなんだよね。
それを良く知らなかった私も私なんだけど!
その後異動に関する書類とか手続きを本人に必ずやらせなさいという統括侍女さまのお言葉を伝えたところ、スカーレット嬢は大層憤慨なさってね。
「何故侯爵令嬢たるワタクシがそんな雑務をしなければならないの?! そもそも内宮勤務の時もそうだけれどお前のようなワタクシよりも格下の者に付き従わねばならないなんて!!」
「いい加減になさい、貴女はこの手続きをきちんとしなければ王城の勤めさえ失い、侯爵家の名誉を汚した愚かな娘として実家に帰ることも叶わないかもしれないのですよ」
「そっ、そんなわけないわ! ワタクシは……だって、ピジョット侯爵家は才ある者を生み出す家なのよ?!」
「貴女に才があるならば、それはそれで結構。なさねばならぬことをできなければそれが結果です」
「………っ、なんなの貴女! 何様なの?!」
「貴女の上司です。その辺りから貴女はきちんと理解しなければなりません。本来、貴族出身侍女は確かに貴女が仰るように出身家の身分が考慮されますが、今までの言動と行動、それにピジョット侯爵家から貴女の扱いは一代貴族の娘と同じ扱いで構わないと言質をいただいております。疑うのであれば統括侍女さまにお伺いしては?」
私もねー正直今いっぱいいっぱいなんだよねー。
やる気のある子を育てるのが良かったなあなんてネガティブなことを考えたりもするんですよ、大人だから口にも態度にも出さないけどね!
この間『オバサン』って言われたのを根に持っているわけじゃないよ!!
「貴女を指導するように私も仰せつかりましたので、きちんとやっていこうと思っています。令嬢であると自負するならば、まず自分の言動に気を付けるように。あと、書類関連は午後三時までに文官たちに提出しないと明日から出仕できませんからね。そうである場合は即刻退去が命じられると思いますから気を付けてくださいね」
これはあくまで温情なんだよ、と思うとちゃんとできるかハラハラしちゃうわー。
意外とこの子抜けてそうなんだよねー。令嬢なんだから! って今までいろいろできてないこと多かったんじゃないのかって心配になっちゃうんだよね。あーこういう世話焼きな部分がオバチャンなのかなーとか少し遠い目もしたくなりましたが、まあこれ必要事項だからね! 最終的に責任問われるのは私だからね!!
「なによ、行き遅れのくせに……」
「貴女も自分がそうだって知っててやってるならそれは自虐よ?」
思わず脊髄反射で答えてしまったわー。
うん、そうなんだよね。スカーレット嬢ももう18歳だからね!
前世ならJKと花盛りなんだろうけどこの世界だともう結婚していて子供がいて、っていうとこだからね……その悪口はお互いを傷つけるってモンですよ……。わかっててやってるんならどんなギャグだよってね……。
うん、わかってますよ……行き遅れなことぐらい!
ええまあ、わかってますとも。いいんです、私にはプリメラさまがいるんですから大丈夫です。
手に職もあるし大丈夫……うん、ダメージなんて受けてない。受けてないんだったら!
いやね、ちょっとくらいは夢見たことくらいはありますよ。
前世だって夢見てその夢を託すようにして乙女ゲームにハマったわけで……あっ、なんだろう思い出す方が心抉られる。
「……っ、なによなによ! 貴女はあのアルダール・サウルさまに大事にされているつもりでワタクシに上から目線かもしれないけど!」
「大事にされているつもりはありませんが」
「なんですって?! あの人が手紙を書くのなんて珍しいし貰うばっかりだっていうのに! それも自覚ないの?!」
「それはあの方の弟君と私の弟が仲良しだからです」
うん、まあそればっかりじゃないけど嘘でもない。
今やメレク・ラヴィとディーン・デインさまは非常に仲の良い友人同士らしく私の元によく弟から楽し気な手紙が来るんだよね。天使。
ああー子犬同士がじゃれ合うみたいにふたりが楽し気にしてるとことか見たいなあ!
まあ、当分忙しいからね、冬に戻った時にでもいっぱい話を聞こうじゃないか。
今は園遊会がね……うん、園遊会がね……。
「さあそんなことばかり言っていないでいい加減に」
「本気でそんな風に思っているの? 信じられない!」
「……って、え?」
「あの男が自分から女性に近づくなんて今までなかったのよ? ハンス・エドワルドが連れまわす時に一緒にいたけど、あの人が自ら動かなくても周りは放っておかないもの!」
「あの、だから」
「信じられない! なんて鈍感なの!!」
「だから!」
でっかい声でろくでもないことを言い出したよこの子!
何なのこの子怖いわ!
っていうか鈍感言うなと。
誰が鈍感だ、誰が!
そもそもあの人が私と接点を持ったのはプリメラさまとディーン・デインさまの仲をより良いものにするためであって、婚約発表まで気が抜けない状態だっていう話なんだよね。
あちらの家の方と、プリメラさまの配下である私が友人関係にあるというのは別派に対する牽制でもあるんだけど、まあそれは事情を知っている人なら納得する内容であって……うん、まあもう公然の秘密状態だけど例によってスカーレット嬢は知らないんだろうなあ。
この大きな声で叫ばれたら廊下まで響いてるんじゃなかろうか?
ちょっと待って、私に対する鈍感発言とか廊下に響いたのか……。
そう思って後ろを振り向けば引っ越ししたばかりで開いているドアから何人も覗きに来ちゃった上に……おい待て、誰だ今頷いてたの。
「良いからちゃんと準備するように! わかりましたね!!」
あああーもう、いきなりこの子やっぱり厄介だよ!
どう扱ったらいいのかしらねほんともう!