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5 とある近衛騎士の興味

アルダール・サウル視点です。

 アルダール・サウル・フォン・バウム。

 国の習慣で、男児は両親から名前を付けてもらうというその名前はアルダールを父が、サウルは祖母が付けてくれた。

 バウム伯爵家の長子だが、親父殿が独身の時にちょいと羽目を外した結果生まれた子供なので家を継ぐ権利はない。

 私が生まれた時には頭の痛い問題だったそうだが、生まれてきた子供に罪はあるまいと引き取るだけ引き取って養育は別の場所で行われた。生みの母親のことは今でも知らない。


 その後嫁いできた義母上(ははうえ)が大層出来た人間で、私のことを知るや否やハネムーンが済んだ直後バウム家に引き取られた。

 親父殿は別に私のことを嫌っていたわけではないし、無関心というわけでもなかったそうで、申し訳ないと頭を下げられたから今では何かを思うこともない。

 12歳の頃に、弟が生まれた。

 私には家を継ぐ権利は元よりなかったが、これでバウム家が安泰だと安心していたら家人から哀れんだ目と疑いの目を向けられた。


 まあ面倒だしその内自立して家を出ようと思って15歳の社交界デビュー直後に受けた騎士試験で才能を認めてもらって、近衛兵団に入ることができた。

 まあ、バウム家の長子ってことで色々親父殿が手を回したんだろうな、とはちょっと思っている。

 新米騎士が近衛兵団に入るなんてとても稀なことだと自覚はしているからね。

 近衛兵団専用の寮に入ることでバウム家の跡目争いなどする気はないと示して、時々帰って弟に構って、剣術の訓練をして、とまあなかなかに充実している。


 ところがそんな生活が一転したのは、弟が婚約するかもしれないという話になったからだ。

 しかもお相手はプリメラ姫だという。

 まあ薄幸そうなご側室様のお姿によく似た、美しい少女だということは陛下がよくおっしゃっていたので知っていたが、よく弟がその候補にあがれたものだと感心した。

 とはいえ、バウム伯爵家は由緒正しき騎士の家柄で代々王家に忠心を尽くしてきただけあって、降嫁なされることはおかしな話じゃない。

 年齢だって弟と姫君ならばちょうどよいし、ということで顔合わせの日には私が弟の目付け役ということでその日は仕事を休んで付き添った。

 なにせ……跡目問題を考慮するに、私は弟が結婚してからでないと結婚しづらい立場だ。

 お相手を見つけてもどれだけ待たせてしまうか考えるとそうそう早まった真似はできないから、悩みの種だったのだから弟の幸せと合わせて喜んで兄らしいことをしようと思う。


 手と足が同時に前に出る弟がおかしくてつい笑えば、むくれた顔を見せるディーンは変わらず私を兄と慕ってくれる。

 バウム家らしい親父殿そっくりの顔立ちに、きっとこいつは良い騎士になれるだろうと思った。

 私は、顔も知らない母親似なのか親父殿と似ているのはこの目の色くらいなものだ。

 それも、弟が晴れた青空を思わせるなら……私は、夜空のような青なのだから。



◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□



 茶会の席では当然、招いたという形で(向こうの立場の方が上だから)姫君が微笑んでくれていて、その横には姫の専属侍女だという女性がいた。

 ひっつめ髪に分厚い眼鏡、化粧っ気はなく無表情。

 子爵令嬢の身でありながら、侍女であることを選んだ変わり者。


 なかなかに近衛まで響くその噂そのままの人物に、私は少しだけおかしくなった。


 弟と姫君がテーブルにつけば、護衛の私や給仕の者たちは、給仕の際以外は下がるのが当然だ。


 特に姫君はディーンを慮ってか仰仰しくしないでくださったらしく、落ち着いた東屋で数人の侍女と侍従を連れているだけだ。

 勿論、目に見えない範囲での護衛は大量にいるのだろうけども。


 ケーキらしいものと茶が注がれて、例の侍女殿がこちらへと歩いてくる。

 姫が呼んだ際には直ぐに駆け付けられるが、逢瀬の邪魔にならない程度の距離だ。



 しかしディーン。

 あまりにも緊張しすぎだろう。

 確かに姫は愛らしいし、ディーンが一目ぼれしたのだという親父殿の言葉を考えれば緊張してもしかたないのだろうけれど。

 そこはリードしてこその紳士だというのに。まだまだ子供だなあ。


「侍女殿、愚弟は今後ご面倒をおかけすると思いますが、どうぞよしなに」


「構いませんわ。ディーン・デインさまは正式ではないにしろご婚約者。なにも問題はございません」


「しかし、正式でない分ご迷惑が……」


「アルダール・サウルさま。今はお役目に気を向けてくださいませ」


 おっと。ぴしゃりと言われてしまった。

 これでも女性にモテる方だし、親交を持ちたいと思ってくれる人が結構いると己惚れていた。

 だけどこの侍女殿は私の方をちらりとも見ず、姫の方をただ見ていた。


 ああ仕事熱心な人なんだなあと感心した際に、ふと姫が「美味しい」とケーキを食んで微笑まれたのを視界に入れた彼女がふわりと笑った気がした。

 あれ、こんな表情するんだ――というか、彼女のことを噂と上辺だけしか知らないではないかということに気が付いて私は自分が情けなくなった。


 彼女は恐らく、姫君を心底慕っているからこそ侍女の道を選んだのだ。

 貴族の令嬢としていずこかに嫁ぎ、安寧とした生活よりも忠義の道を選んだのだ。

 そしてきっと姫君も、彼女をとても信頼しているからこそ筆頭侍女として迎えているのだろう。


「……失礼、侍女殿。あのケーキ類は毒見役がいないようだが」


「あのケーキと茶は私が直接用意いたしました。その際には大司教さまと筆頭薬剤師さまが御同席くださいました」


「ケーキを自作なさったのですか?」


「ええ、姫さまがお喜びくださいますので」


 喜んでくれる、その言葉を口にした彼女はとても嬉しそうに目を細めているようだ。

 というか、大司教さまと筆頭薬剤師殿が立ち会われたのならまあ確かなんだろう。

 何故そのメンツだったのかよくわからないが、聞いてもいいのだろうか?

 侍女殿はとても不思議な人だ。


 噂では鉄面皮の化粧っ気もない、愛想もない、そんな人だというのに。

 鉄面皮? 役目の際に真面目にやっているだけのようだ。

 愛想がない? なんだかんだ言いながら私が話しかければ応えてくれる。

 化粧っ気? よくよく見れば、薄く紅を引いて、とても大人しい化粧を施しているじゃないか。


「……侍女殿。申し訳ないが、貴女の御名前を伺っておいても宜しいだろうか」


 本当は、知っているけれど。

 これでも近衛兵だから。

 王族の方の側近位、そらんじて言えなければならない。


「これは失礼を。ユリア・フォン・ファンディッドと申します」


 あくまで礼儀を守りつつ、決してよろしくとは言わない彼女が何故だかとても面白かった。


◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□



 弟は茶会の後、とにかく張り切って鍛錬を始めた。

 姫君にお会いして、とにかくカッコいい男になりたいと思ったらしい。単純だなあ。


 流石に社交界デビュー前の“子供”とはいえ、異性の元に足繁く通うわけにはいかないし贈り物などもってのほか。

 賄賂ととられかねないし、手紙なんかは弟の字が汚すぎて呆然とするレベルだ。兄の私でも読めない。

 鍛錬ばかりで脳みそが追いつかないと、あの眉目秀麗なだけでなく才女だと噂の王女に愛想を尽かされるんじゃないのかと頭が痛くなったが、そもそもあの茶会でスタートラインに立てたのかも微妙だ。


 というわけで、両親にせっつかれて私もユリア殿に手紙をしたためてみた。


 すると、思った以上に綺麗な文字の、シンプルな手紙が返ってきた。

 内容は姫君はとても優しい方なので、鍛錬ばかりして怪我をしたなどと耳にしたらきっと悲しむから自重させるようにという手厳しい内容だ。

 だが同時に、今姫君が好む書物のことなどをさりげなく教えてくれて、次回の話題にするために読んでみてはいかがですかと締めくくられるあたり、流石できる侍女は気遣いもばっちりだ。


 それは私もそう思っていたし、鍛錬ばかりでなくもう少し勉強もしろと弟には言ってみた。



 やはり、彼女は愛想がないわけじゃない。

 手紙を送れば返してくれるし、内容はとても丁寧で人柄を窺わせる。

 毎回違う便箋だったり、僅かに香りがついていたり、便箋に小さな花の柄が入っているところは女性らしいと思う。

 姫を見るあの温かなまなざしで、もしかしたら親しくなれば私にも笑ってくれるかもしれない。


 鉄壁の侍女なんて噂される彼女のそんな表情が見れたら面白いな、なんて思った私は、弟のためにという大義名分を使ってあまり好きでもなかった文通に勤しんでみることにした。


 これが、案外面白くて――時々彼女に会いに行けば、つれないながらもきちんと言葉を返してくれるのが嬉しくて、ついつい足繁く通ってしまうことになるのだけれど。



 ユリア殿にプレゼントをあげたいけれど、彼女は一体何をあげたら喜ぶのかな?

彼の興味は退屈しのぎで終わるのかどうか!


現段階での登場人物の年齢

 主人公(21)

 プリメラ姫(10)

 アラルバート・ダウム王子(13)

 ディーン・デイン(13)

 アルダール・サウル(26) 

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