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会場は勝手知ったる……というのも奇妙な気持ちではありますが、私たち使用人一同が努力に努力を重ね、時には国王陛下の無茶振りに嘆き、プリメラさまが喜んでくれるならと必死に頑張った甲斐がある誇らしい場です。
まあ大多数の貴族たちにとっては知ったこっちゃねえって話なんですが……。
あちこちに用意した薔薇、そしてプリメラさまたち王族がお座りになる区画にはオレンジの薔薇!
この会場内にふわりと薫る薔薇に、一流の楽団……ああ、なんて素敵な空間でしょう。
自画自賛じゃないですけど、頑張って良かったと参加者として改めてこの場に立って感動を覚えましたよ。
そう、招待客として私がここに立っているっていう点が問題ですけど!
もう膝がガックガクですけど!!
きっと私をエスコートしているアルダールにはこの緊張が伝わっていますよ……なんとも温かな眼差しが向けられていていたたまれないから止めてホント止めてお願いします。
去年はお父さまの件もあって別の意味での緊張が半端なかったわけですが、今年は令嬢として……また〝国王陛下に認められた〟カップルとしての注目があるので令嬢として失態は許されないという緊張がですね。
「大丈夫? まだ王家の方々は登場なさらないようだし、軽い飲み物でももらって挨拶にでも行こうか」
「え、ええ……」
「ナシャンダ侯爵さまやキース先輩がいるはずだから、あの人たちの近くならユリアも安心だろう?」
確かにお二人とも中立的な立場で周囲の貴族たちのことも上手く捌いてくださるでしょうし、頼りになりますが……ううん、甘えていいのでしょうか。
(いずれは自分たちでなんとかしなきゃならないのに)
日和っていてもいいことはありません。
私たちは今後、宮仕えの使用人、騎士としてだけでなく、貴族としてもちゃんとやっていかないと家族に迷惑をかける立場になっちゃったんですからね!
今回は逆に言えば、まだ〝二人が婚約してからしっかりとした公の場に出るのは初めて〟ってことで多少の失敗も初々しいと許してもらえることでしょう。
そうだって信じてます。
信じていいですよね、良識ありますもんね貴族のお偉方!!
とはいえ、私たちはなんだかんだ人脈があるというか……アルダールは元々〝バウム家の長子〟としてあれこれ噂される側ではあるものの、バウム家繋がりで多くの知り合いがいる人です。
ましてや近衛騎士隊に所属しているということは、当然同僚も上司も全員貴族……今日の警護についている人以外は、おそらくこの場に来ていることでしょう。
私は私で侍女見習いの頃の知り合いも含め、役職持ちの侍女として王族に面会を求めるようなお立場の方々と面識がありますので……さすがに直接言葉を交わしたことがないような方もいらっしゃるとはいえ、完全スルーってわけにはいかないでしょう。
(ご挨拶を受けてくれる雰囲気かどうか、それを見定めるってのも今回の目的の一つだしね)
我々に友好的なのか、敵対的なのか……様子見にしろ、どちらの態度を取るのかなど気をつけて見ておくことはたくさんありますよ!
いやーそれにしても華やかなこと華やかなこと。
プリメラさまのお誕生日を祝う会とはいえ夜会は夜会。
どこの貴族たちも張り切っていることは確かです。
(去年も凄かったけど……)
今年は誰が流行を生み出すのかな、なんてぼんやりと考えながら次々に挨拶をして大まかに親しくなれそうな方々を把握してみましたが、どこまで正しいのか。
後でビアンカさまとアリッサさまにお知恵を借りようかなと思いました。
こういう時は悩んだってしょうがないので、経験者に聞いてもらって判断を仰ぐのがいいと思います!!
その判断を聞いて納得できるかどうかとかはまた別なので。
「やあやあアルダール、来たな!」
「セレッセ伯爵さま、ご機嫌麗しく」
「……おいなんだそれは。止めろ、鳥肌が立つだろう?」
「お元気そうで何よりです、先輩」
「相変わらず性格が悪いな!」
そうして挨拶も一通り落ち着いたところで、ようやく私たちは安心できる相手のところへと足を運んだのですが……キース・レッスさまのおかげで私たちもようやく笑えたような気がします。
ちなみにバウム家の方々には一番にご挨拶してますからね!
ディーン・デインさまが緊張からお顔の色が悪くて心配でしたね……。
「やあユリア嬢、バウム卿も。久しぶりだね、元気だったかな?」
「ナシャンダ侯爵さまもお変わりなく」
「ああ。それにしても薔薇を見事に生けてくれたものだ。これだけ見事に使ってもらえれば、提供したこちらとしても感慨深いよ」
「ナシャンダ侯爵さまにそう言っていただけるときっと飾り付けを担当した者たちも喜ぶと思いますわ」
「そうかい? ならよろしく伝えておいてくれるかな」
「はい! 喜んで」
そうして歓談していると楽団の音が止み、それに気づいた人々から順に口を閉ざして会場は静けさを取り戻しました。
「国王陛下、並びに王妃殿下。王太子殿下、並びにご婚約者さま、王女殿下のご入場です!」