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翌日。内宮筆頭侍女は私と約束をする前にすでに統括侍女さまにお時間をいただいていたらしい。くそう、色々織り込み済みだったのか!
まあ気持ちはわかる。あの人怖いから怒られるってわかってて一人で行くのは勇気がいるよねー。誰かについてきて欲しいけど、部下は論外だし同僚となると外宮も論外、後宮は先輩、王子宮と王女宮で考えれば消去法で私ですよね!
決して信頼関係とか友情とかではないのがポイントです。
まあ勿論、私が当事者であるからというのが大きい理由ですけれども。
……というわけで。
「このようなあらましになっております。あの者は此度の園遊会でなにをしでかすかわかりませんので裏方に徹するか蟄居命ずるかがよろしいかと存じます。ピジョット侯爵家も了承済みでございます」
「内宮の申しよう、間違いはありませんね?」
「はい、アルダール・サウルさまに対する無礼発言は私自身が耳にしております。その他にも内宮筆頭侍女を侮る発言もありましたので再教育が必要と考えます」
「そうですか」
それだけ言うと黙った統括侍女さまに、私たちもそれ以上言葉を発さない。
だってこれ以上意見求められてないし。勝手にしゃべったらしゃべったで怒られるのがわかってるし。なので内宮筆頭侍女とちらっと視線を合わせて、どうしようと思案するものの良い案は出てきませんでした。
まあ統括侍女さまだって色々頭の中で考えを巡らせていらっしゃるんでしょうね。
見た目ちっちゃなおばあちゃんなんですがとてつもない威圧感を持っているというか、あーこの人がトップですねわかりますみたいな雰囲気を醸し出しているというか……王太后さまのところのお針子のおばあちゃんとまったく正反対と言いますか。いえ、とても尊敬できる方です。あの国王陛下が王太子殿下のころから付き従っているという猛者ですもの!
「……裏方に徹させるにも他の侍女の迷惑となりましょう」
「ではやはり実家に戻らせるか与えられた部屋で謹慎させるかでしょうか」
「それも大人しく従うとは思えません」
きっぱりと言い切った統括侍女さまに、私も内宮筆頭侍女も苦い顔をしてしまった。
うん、まあそうだろうね、そうだと思うよ!
大人しくなんかしないよね。っていうかできないんだよねああいう子って。
きちんと叱ってくれる大人がいれば……っていっぱいいたはずなのになあ。きっと何か色々合わなかったんだろうなあ。
「悪い娘ではないとは思うのですが……いかんせん私が分家の遠縁という事で侮られているのが問題なのでしょう」
「それを言い出してはあの侯爵家は貴族の大半と連なりを持つことになります。そしてそれを勘違いさせたまま増長させたのは確かに内宮筆頭侍女の責任と言えるでしょう。ですのでスカーレット・フォン・ピジョットは本日をもって内宮より除籍します」
「……っ、え、そ、それは……っ?!」
除籍とは穏やかじゃない。
でも侍女を辞めさせるとも言わなかった。
顔色を無くしてしまった内宮筆頭侍女の様子を横目に、ここは穏便に実家に帰すことで決まるんだろうなあと思っていたに違いない。でも統括侍女さまはそれを良しとなさらなかった。
うーん、やっぱり身内意識の甘さが内宮筆頭侍女にはあるのかな。というかピジョット侯爵家が多産すぎて多くの貴族と連なりがって言い出したら確かに彼女だけがスカーレット嬢を庇うのは変な話だよ。ご当主の奥様と割と近しい縁なのかな。まあ私には関係ないけど。
「確かにお前はピジョット侯爵夫人と従姉にあたりますし分家筋として本家の姫君を大事にしたかったのでしょうが、結果を見ればそれが正しくなかったであろうことは明白です。いくら婿養子と言えどピジョット侯爵さまの顔に泥を塗るのが夫人の望みではなかったはずですよ」
「そ、それは勿論そうです!」
「分家の女である前にお前の立場を忘れてはなりません。それを忘れてあの娘を増長させたことについて、内宮筆頭侍女、お前には給料の減額を半年間罰として与えます。バウム伯家には私の方から言葉を添えさせてもらいましょう、あちらが咎めをなさらないにしてもなにもないわけにはいきません」
うん、まあ色々教えが足らなかったってことだよね。
半年給料カットか……どんだけカットされるんだろう。私も肝に銘じないと明日は我が身になるかもしれない。プリメラさま可愛さに侍女としての立場を忘れたらこうなるって教訓になった。
「王女宮筆頭侍女」
「はい」
「巻き込まれた形とはいえ、アルダール・サウル殿に咎めなしという言質をもらったことはよくやりました。しかし内宮筆頭侍女の対応の悪さとはいえその場でスカーレットを正せなかったことについてはまだお前は若く経験不足といえるでしょう」
「……申し訳ございません」
ええー怒られるのかよ! と内心ちょっと思いましたね。
とはいえまあ、下手したら王城の侍女全体の品位に関わる問題ですからね……他部署とはいえ自分よりも上役に対してとっていい態度では決してありませんでしたから。そこのところを叱れて当然の立場でなければならないと統括侍女さまはお思いなのでしょう。
うん、私には荷が重いですけどね?!
「お前には経験としてスカーレット・フォン・ピジョットを王女宮の侍女として与えます。人手不足とも言っていましたし、ちょうどよいでしょう。園遊会まで時間がありませんがある程度のことは私が許します、育ててごらんなさい」
「え、ええ?!」
「あれは己が貴族令嬢として相応であると自負しているのでしょう。ならばこの国が誇る王女、プリメラさまの御前に立って己が矮小さを思い知らせた上でお前が貴族として、令嬢としての教育を施しなさい。その方法は任せます。泣こうが喚こうが責任は私が取ります。ピジョット侯爵にはそう伝えておきましょう」
「お、お待ちください統括侍女さま! 確かに人手不足を前々からお願いはしておりました! ですが園遊会を目前に今から新たに育てよとはそれは酷でございます」
そうだよ、せめて園遊会の後ならじっくり時間もかけてとか考えなくもないけどね?!
あの性格の女の子を今更あと数週間でお客様の前に出せるレベルにしろってどんだけ過酷なのさ!
準備とかにすでに追われ始めててここんとこ睡眠時間だって削り気味なんだよ。知ってるだろうに、知っているでしょうになんて鬼なんだこの統括侍女さま!!
内宮筆頭侍女の方も困ってるし。
「内宮の、あれにどこまで教育を施したか引継ぎをするように。王女宮の、今日の昼までにその娘の部屋を用意しておきなさい。仕事は明日からで構わないので必ず昼までに部屋を移動させ、残りの手続きは自分でさせるように。双方良いですね」
「……かしこまりました」
「かしこまりました……」
まさかまさかの……内宮筆頭侍女と私は、いたたまれない気持ちで頭を下げて統括侍女さまが退出なされる音を聞いてから二人で同時に肩を落としたのでした。
ええー……私あの子を教育なんてできるかなあ……。
メイナや他の子が受け入れてくれるかしら?! まあプリメラさまの前に出たら流石に身分で云々なんてやらかさないと思うけど。
はあ……先が思いやられるわ……私の睡眠時間が削られるとその分お肌も荒れていくというのに!
やっぱりBBクリームどっかで手に入らないかなあ……。