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いや驚いた。
それはそれで失礼かなって思いますが……まあ話を持ってきたヒゲ殿下も驚いているんですから許されるはずです。
ついつい興味が勝って話を聞いてみると、なんとまあ……。
ミュリエッタさんはご両親がずっと恋愛結婚だと思っていて、それにとても憧れていたらしいんですよ。
まあ彼女の言動の端々に、愛し愛されたい……とか、運命の恋……的なものに対する憧れというか執着が見え隠れしていましたしね?
なんとなくわかる気もしますが……うん、まあほら、そういうのって誰しもが一度は憧れるんじゃないかなって。
ただまあ私やお義母さまといった〝貴族〟の女性は政略結婚や親が決めた許嫁なんてものが一般的な世界に生きていますので、憧れは憧れだよねで片付きましたが……それを彼女はいつまでも理解しがたいもののように思っていたんだそうです。
そこはこれまでの生活圏の違いとしかいいようがないんだろうとヒゲ殿下はおっしゃっていましたが、おそらく前世の記憶が関係しているのではと私は思っております。
勿論そんなことこれっぽっちも口に出したりしませんがね!
(……あの子は、きっとあの見た目通りの年齢か、もう少し下だったんじゃないかしら……)
プレイヤー時代の彼女がどんな人生を送っていたかまではわかりませんが、前世の倫理観で行けば『好きな人と結ばれようとして何が悪い? 身分? よくわからない!』だったはずですので。
なんせゲームだとどんな身分差があろうとシステム上、条件さえ満たせばハッピーエンドを迎えられるわけですから。
ただまあ、ここが現実となると身分だとか立ち居振る舞いや礼儀作法が必要になるわけで……。
(ゲーム的に言えば知識と教養が必須条件だったのを、彼女はスキップしてイベントだけを追ってしまったって感じじゃないかしら)
で、慌てていろいろ頑張った結果が今に繋がっているんだけど……反省したってことは、ようやく現実的に物事が見えるようになったってこと?
あれほどまでに周囲があれこれ手を尽くしても、我が道を行っていたのにどうして?
「両親が駆け落ちしたってんでな。そうまでして愛を貫いて自分を儲けたのに、自分は何故縁談を受けなきゃならなかったのかって思って意固地になっていたそうだ。あくまで、リジル商会の息子からの話だが」
「……」
まあ、そうでしょうねとしか私は思いませんでした。
ミュリエッタさんはこれまで『ゲーム』に則って、登場人物たちを幸せにする傍ら、本来ゲームでは条件を満たさないとプレイできないアルダールのルートに行こうとしていた……ようです。
そもそもゲームじゃないからその条件を満たすとかなんとかを現実に当てはめると、いわゆる無理ゲーだったんですけども。
(彼女がゲーム通りのミュリエッタだったなら、あるいは可能性もあったかもしれないけど……)
いやいや、最初から国が目をつけていたって段階で無理か。やっぱり。
想像してみましたけど全然上手く行く方法が思いつきませんでした!
「それでな、父親と随分ゆっくりと話して……愛を貫いた結果、母親が苦労の末死んだことを考えると後悔があったらしくてな」
「……ああ……」
駆け落ちをしなくちゃ結ばれないくらいの関係だったウィナー男爵とその奥さま。
その関係性については私が知る由もありませんが、駆け落ちして冒険者になった夫とそれまで普通の暮らしをしていた平民女性なら、やっぱり苦労は絶えなかったことでしょう。
ゲームではミュリエッタさんも幼少期、父親の稼ぎがまちまちで苦労した……とかそんな裏話があったような気がします。
ここでのウィナー男爵は、娘の力が有って叙爵に至った……なんて言われているのですから、正直なところその能力は平々凡々だなんて話は私のところまで聞こえてきますからね!
まあ確かにミュリエッタさんがゲーム知識でサポートしていたから余裕があったみたいですけど……ウィナー男爵単体は、普通の人っぽかったもの。
オーラというか覇気を感じることもなかったし、それこそ私と同類のモブだと共感を抱くほどでしたし!
「娘には、いいことだけを聞かせて育てたらしいが……それが裏目に出たってことだったのかねえ」
「さあ、どうでしょうか。……彼女も、もう良い年齢ですので」
「そうだなあ。守られて然るべき……ってほど幼くはない」
平民でも、貴族でも。
彼女はもうある程度自分でお金を稼ぎ、自分の考えで行動をできる年齢で……それに伴った責任を求められる年齢でもあるのですから。
勿論、私の目にはまだ彼女は幼い考えを持つ子供のように見えることだってありました。
きっと今もそんな感じなんだろうなと思うんですよ、ええ。
そういうところが見捨てられなかったというか、切り捨てられなかったというか……まあ、保護者じゃないんだから仕方ないねって割り切れるようになっただけ私も大人になったってことです。
前々から大人ですけど!
「まあ本来、女親から学ぶあれこれをあの嬢ちゃんは受けられなかった。そして父親は平民なりに、蝶よ花よと育てちまったんだろうなあ。現実的に男と女の関係なんてあの嬢ちゃんが言うほどキラキラしいもんじゃねえだろ」
「王弟殿下が仰ると重みが違いますね……」
「お前オレをなんだと思ってんだ」
「先日のパーティーでも朝帰りをして書類が滞っていると秘書官の方に追い回されておいでのモテ男でしょうか」
「くっそ、それ見てたのかよ。助けろよ」
「いやですよ、絶対に巻き添えになんかなりたくありませんからね! 今忙しいんですから!!」
「オレだってそうだよ! だから息抜きくらいさせろってんだ!」
いやまあ大変だろうなとは思いますよ、プリメラさまの誕生パーティーに向けて王城内警護の面で陛下があれじゃないこれじゃないと今年も口出ししてきているんでしょうからね。
ヒゲ殿下もヒゲ殿下で可愛い姪っ子のためにあれこれプレゼントの準備だとかでなんやかんやお忙しいのでしょうし……。
おっと、話が逸れてしまいました。
「それで? 父君と話して反省をした……ということですか?」
「いいや、正確にはもう少し婚約者と向き合おうと思った……んだそうだ」
「それって反省と言うんですかね?」
「まあ違うだろうな」
「違うんじゃないですか」
私の思わずと言った反応にヒゲ殿下はおかしそうに笑いました。
ううむ、遊ばれている気がするのは気のせいかしら?
まったくこの人は……こういうところがいくつになっても変わらないんだから!
(……それがいいところなんだけどね)
兄のようで、そうではなくて。
でもやっぱり、兄のような人。
実は初恋の相手だった……なんて言ったら笑われるだろうかなんて思ったのは、内緒である。
うん、多分ね。初恋だったと思うよ!
あれだよ、私だって中身が成人だとしても今世で成長過程、少女期を過ごしてだね……そこに頼れてなんでも話せるかっこいい人が間近にいたらときめくってもんでしょ。
プリメラさまの侍女になるために恋愛なんてしている場合じゃなかったし、そもそも身分差もあったし、ヒゲ殿下はモテるから対象外ってわかってたから早々に初恋からは卒業したけども。
「お? なんだ、こっちをジッと見て」
「なんでもないですよ。……そうやって黙ってればかっこいいのになあと思っただけです」
「なんだよ、喋ってもオレはかっこいいんだ」
「はいはい」
あえて『初恋だった』と思い出さないようにしていたけれど。
今なら、ちゃんと向き合える。
……これも一種の兄離れってやつなのかなあ、なんて思ったのだった。




