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「ユリア、茶ぁくれるか、茶」
「……王弟殿下、お茶は淹れますが宮をお間違えでは?」
「間違えてねえって」
「さようですか」
「さようですとも」
私が招待状の進捗具合を確認しながらあーでもないこーでもないと他の書類と格闘している最中に、ばーんと派手な音を立てながら執務室に入ってきたのは我らがヒゲ殿下でした。
今日も今日とてお元気……でもないですかね、目の下のクマがすげぇや!
仕方がない、特製のお茶を淹れて差し上げねばなりません。
私も結構疲れてますからね……報告だのなんだの、書類の多いこと多いこと……。
プリメラさまも勉強の合間に招待状の手書き作業です。
勿論、必要最低限にはしておりますが……それ以外はデボラさんとスカーレットとメイナが必死で手分けしてやってくれてますよ……。
ライアンは郵便部署に何度往復しているかわかりません。
まだまだ終わらない作業ですが、それでも山が見えてきた! って感じです。
ええ、感じているだけかもしれません。
でもやらなければ終わりませんからね! 王女宮一丸となって頑張りますよ!!
「ちょうど、美味しいフルーツティーをいただいたのでそちらをご用意いたしますね。茶菓子など召し上がりますか?」
「あー……ちっとほしいかなあ」
「承知いたしました」
先日ジェンダ商会から提携の農場さん開発のブルーベリーティーとブルーベリージャムが送られてきたのです。
せっかくなのでプレーンのスコーンをメッタボンに頼んで用意しておいたんです。
(あとで食べようと思ってたのがまさかこんなところで役に立つだなんてね……!!)
いやあ、私の食い気も役立つものです。
いえ、よくよく考えたらお茶を淹れたりお菓子を作るのが私の得意分野なので、もしかしなくても人によっては私は食いしん坊と思われているのでは……?
いやいや、さすがにそれはないかあ! ははは!
とりあえず久しぶりに魔法で水を出し、お湯に変えるいつものアレをやったのは決して沸かすのが面倒くさかったからとかではございません。
王女宮筆頭のこの特別技能(?)でお茶を味わえるのは基本的にはプリメラさまですから!
でも今回は特別!!
ヒゲ殿下もお疲れだもの! 美味しいお茶でおもてなししないとね!!
「お待たせいたしました」
「おう、ありがとな」
果たしてこの世界でもブルーベリーは目にいいのか?
まあ栄養素だからそう大差ないと思うけど魔法とかではどうなんでしょう。
そんなことを考えつつ私もそっと自分用に淹れたお茶の香りを楽しみました。
「それで、いかがなさいましたか」
「……おう、ちょっとばかり雰囲気が違う話をしようかと」
「雰囲気が違う……?」
座れと手で示されて、私は大人しくヒゲ殿下の向かい側に腰を下ろしました。
勿論、自分用のお茶も持って。冷めちゃいますからね!
本来なら不敬とかそういうことを気にする場面ではありますが、そこは長い付き合いということでヒゲ殿下なら許してくれるという甘えです。
疲れているから許してください。
普段はそんなことしませんからー!
「実はな、お前は気にすんなって言っておきながら今更ながらあの『英雄の娘』についてなんだが」
「ミュリエッタさんですか。……プリメラさまの誕生パーティーに参加したいとでも言い出しましたか?」
「いや、違う」
「……?」
いったい何事でしょうか。
ヒゲ殿下も困惑している様子から、どうやら不可解なことが起きたようです。
ざっくりと説明してもらったことによると、彼女が先日私に声をかけてきたのは〝助けてほしかったから〟らしいんですよ。
意味がわかりませんね。
私が思わず首を捻ったのを見てヒゲ殿下も苦笑していたので、私の反応は一般的なものだと思われます。
「オレもよくわからんが、アルダールの属性だったか。そういったことでお前の気を引いて、あちらから接触できないならお前から……と思ったそうだ。まあ調べたり聞いたりしたら一発でわかる話なのに、なんでか秘匿されている内容とでも思ったみたいだなあ」
「そうなんですねえ」
そうですよ、魔法の属性の件ね。
いかにも『私の方がアルダールのこと知ってますよ!』感を出してましたが、ヒゲ殿下が仰る通り、ちょっと調べればわかりますし……何より確かにおおっぴらに明かすほどでもありませんが親しい間柄ならちょいと質問したらわかる話です。
だからわざわざ話を聞きに行く必要……なんてものはなかったので、放置だったわけですけども。
どうせ彼女にはある程度の監視がついているだろうから解決してくれると信じて。
別に投げっぱなしジャーマンではありません、これは正当な判断です!
「それでな、お前が黙っていてくれたこともあって抗議の声が出るわけでもなく、現在彼女を預かる立場なリード・マルク・リジルに連絡が行ったわけだ」
「はあ、まあ……妥当でしょうか」
婚約者とはいえ、ミュリエッタさんの扱いはどちらかと言えば監視対象者ってところでしょうしね?
彼女のこれまでの言動を考えれば致し方ないというか……それでもおそらく〝いい子〟に過ごせば、リジル商会という後援を得て裕福な暮らしとある程度の自由は約束されているのだと思います。
逆を言えば、それを人質(?)に取られているとも言いますが。
まあだからこそ、私やアルダールはもう彼女に拘わらなくていいよって言われているので気にしていなかった……と言えば嘘になりますが、少なくとも率先してどうこうってことは考えておりませんでした。
ええ、本当に!
(正直言われるまで思い出さなかったし……きっとなんとかなったんだろうと思ってたんだけどな)
しかし、なんとかならなかった……というのとも反応が違う気がします。
ヒゲ殿下はお茶をぐっと飲み干したかと思うと「おかわり」と仰いました。
すかさずおかわりを注ぐと、少しだけ笑みを浮かべられたのでなんとなく私も安心です。
「それで、どうやら……なんというか、婚約から逃げ出したかったみたいだな」
「ええ……?」
それ、私にどうにかできる問題ではありませんよね。
助けを求められてもちょっと助言するにも困る内容ですよ……?
そりゃまあ多少なりとも人脈はありますが、英雄と称えられた父娘という民心に影響を与える駒をあの国王陛下がどう使おうか考えた結果、リジル商会の若旦那とのご縁……ってことでしょう?
それを覆すというのはそうとうな何か強力な理由がないといけないわけですよ。
そして私にもし何かできるとするならば、せいぜい……婚約期間を長めに取ってもらえないか上の人にそっとお願いするくらいでしょうか?
その間に功績を挙げるか何かで円満な婚約解消に持ち込む、ってのが一番穏便かつ安全なことだと思います。
でもそれって結局本人の相当な努力が必要なので、結局現実的でないっていうか……最悪、私もそんなことを陳情したってんで厳しい目を向けられる可能性があることを考えればやっぱり無理な話ですね!
これが可愛い弟のメレクですとか、スカーレットやメイナみたいに大事な大事な後輩だったら多少の危険を顧みず上役たちに訴えかけるくらいはいたしますが、相手がミュリエッタさんだもの……。
私は悪い人間ではないと思いますが、全ての人のために身を粉にして働けるほどの善人でもありません。
そんな人がいたらむしろそれは聖人。
「それでだ、あの坊主はそれとなく父親の方を使って諭す方にしたようだ。まあ、あそこも大概親子関係に問題があったからなあ」
「……そうですか」
あんまりそれ、突っ込んで聞いちゃいけない話のような気がしますけど!?
よそさまの家庭事情なんて知りたくないんですよ、ぶっちゃけ!
はあ、ジャムとお茶が美味しいのが救いですね……。
「それでだ、まあその辺は省くが……驚いたことに、あの小娘が反省し始めたっていうんだよ」
「……ええ!?」
そいつぁ驚きですね!!
 




