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さて、デボラさんの理由についてはあれこれ知ることができました。
彼女は生粋の公爵令嬢であり、問題を抱えていることは事実ですが……それでもその問題を補って余りある、価値がある人材です。
彼女は高位貴族家の令嬢として蓄えた知識、そして王妃さまの傍で文官として培った経験を持っているのですから!
(……確かに、男性が苦手という点と怪力……違った、ちょっとした力持ちって点については考慮が必要だけど)
もし彼女が是と言ってくれるなら、私は護衛侍女としての鍛錬を積んでみるのはどうかと思っているんですよ。
ええ、これはクーラウム王国では余り聞かない職ではありますが、ないわけではありません。
ちなみに私は適性がないので、ただの侍女です!
特殊な事例や能力を有し、かつ信頼できる人間として本来であれば武官から侍女へと転職するという例なのですが……。
なにせ武官として仕官したのに改めてそこから侍女にジョブチェンジしたいか? っていうとそんな奇特な人は少ないってのが現実ですよね!!
だってせっかく武官としてのキャリアを積んだのに、それを棒に振ってまで今度は縁の下の力持ちに……ってなかなかなり手はおりません。
何せ護衛だってバレないことが大前提ですし……。
そういう理由もあって名を揚げたい武官たちはなろうとはしませんし、また侍女としても大成するにはそれ相応の経験が求められますから、結局のところそれぞれ専門に特化するってわけです。
ただまあ、いないわけじゃありませんよ。
そう、セバスチャンさんみたいな人がいますからね!
ってことで早速セバスチャンさんに相談してみました。
「……どうかしら、セバスチャンさん」
「よろしいのでは? 王女殿下のお傍まで賊が忍び込むようでは困りますが、一撃でも凌いでくれる人材がいてくれれば護衛官たちにとっても頼もしい存在となりましょう」
「では統括侍女さまにも確認を取った上で、指導者はセバスチャンさんでいいかしら」
「かしこまりました」
男性が苦手なデボラさんのことを考えれば、女性で指導に当たれる人がいたらいいんですけど……残念ながら、護衛侍女ってのは誰がそうなのかは基本的に秘密ですからね。
王女騎士団のメンツに手伝ってもらうってのもありですが、それだと目立つ可能性もありますし、また騎士としての護衛と侍女としての護衛ってのは違うものです。
そういう点ではやはりセバスチャンさん。
セバスチャンさんに勝てる知識と技術の持ち主ってなかなかいないんじゃないでしょうか……!?
おそらくライアンも似たようなことはできるでしょうが、彼は見た目からして……ねえ。
若くてイケメン。
もっともデボラさんが緊張しちゃう相手じゃないでしょうか?
そんな相手に組み手や戦い方を教わるなんてなったら緊張して握力爆発しちゃうんじゃないかなってそれが心配ですからね!!
(石鹸ならともかく、部屋を破壊したなんて笑えない話だもの!)
さすがにそんなことにはならないと信じております。
信じておりますが……念には念を入れて、ね?
それから公爵令嬢のデボラさんに勝手にそんなことしていいのか? って件ですが、彼女は見習い扱いとはいえ侍女であることは間違いありません。
本人も侍女になります! って言ってるんですし。
なので、その業務内容について統括者……この場合は統括侍女さまと現在属している宮の責任者……つまり私ですね! に任されているのです。
だからって一人で突っ走ろうなんて思っちゃいませんよ?
統括侍女さまにお伺いを立て、許可が出たら、デボラさん本人の意向も聞いて今後についての計画を立てていこうかなって程度です!
(強化系魔法も使えるって話だし、適任だと思うのよね……)
ファーガス公爵家に知られたらめっちゃくちゃ嫌がられそうではありますが、彼らも王女宮でのことなんて知る由もないでしょうし、なんとでもなるでしょう。
(まあ、あとはデボラさん次第ね……)
本人がいやだって言ったらそれ以上私から言うこともありませんしね!
そもそも彼女はその知識と振る舞いだけでも相当な価値ある人材……それを上手く配置して力量を発揮できるよう采配を振るのが私の役割ですもの。
他にできることがあるならそっちで頑張ってもらえばいいのです!
あれもこれもいやだって言われたら困っちゃいますのでそうはいきませんが、彼女は意欲的に仕事に取り組んでいるので、問題ないでしょう。
貴族令嬢としては下位の私よりも、プリメラさまの社交の助けになることは火を見るよりも明らかですしね……。
そういう点ではスカーレットも高位貴族令嬢ではあるのですが、ぶっちゃけ資本力の違いって同じ貴族、同じ階級とかでも相当な影響力の違いを見せつけてきますから……。
「やっぱり持つべきモノはマネーパワー……!」
「何か仰いましたかな?」
「いいえ、なんでもありませんよ。ただの独り言です」
思わず馬鹿なことを呟いてしまいましたが、世の真理な気がしました。
さすがにそんなこと言えませんけど。いや言っちゃったか。
「セバスチャンさん、統括侍女さまにお時間いただけるよう連絡を入れてもらえるかしら」
「かしこまりました」
「それが済んだら今日はもう休んでいただいて結構ですよ。私も残りの日誌などを仕上げたらおしまいにします」
「はい、ユリアさんもお疲れさまです」
にっこり微笑んでセバスチャンさんが退室するのを見送ってから、私は一つ大きな伸びをしました。
なんだかんだやってると時間の経つのは早いもの。
日が延びて徐々に夏が近づいてきているなあ、なんてそんなことを思いました。
(今日の夜番はライアンだったわね)
私が宮に住まなくなった以上、ある程度王女騎士団のメンツにも夜の巡回などを増やしてもらってはいますが……宮のことで頼りになるのは、やっぱりそういう意味でも男性陣ですからね。
メイナとスカーレットが頼りにならないって話じゃないんですよ。
夜に何かあるってことは、有事ってことですから……あの子たちは侍女として優秀ですが、荒事には不向きですし優しい性格の子たちだもの。
だからってライアンが傷ついてもいいとかそういう意味じゃありませんからね!?
私は手早く日誌を書き上げ、戸棚にしまっておいたクッキーを適度にラッピングして退勤の準備を始めました。
今日も家に帰ってから結婚式の準備がありますので……。
はあ、気が重い。
そんなことを考えながらライアンを探すと、ちょうど休憩から戻ってきたらしいライアンの姿がありました。
「ライアン」
「ユリアさま、お疲れさまです」
「少しは休めた? 今夜はよろしくね」
「はい」
「もし良かったら夜勤中におなかが空いた時の足しにして」
「……ありがとうございます」
差し出したクッキーに、ライアンは少しだけ目を丸くして……照れくさそうに笑いました。
イケメンの、照れ笑いいただきましたー!!
(なんかライアンってイケメンでかっこいい枠なのに、どうにもメレクやディーン・デインさまみたいな弟っぽさがあってほっとけないのよねえ……)
彼自身〝影〟で実力も十分だってセバスチャンさんに言われているんですけどね。
私なんかよりもずっとしっかり社会人経験を積んでいるはずなんですが、なんでしょうねえ……ニコラスさんと同じはずなのにこの可愛さの違い。
自分の部下だからなのか、胡散臭さがないからなのか……!
「どうかなさいましたか?」
「いいえ、なんでもないわ」
思わずニコラスさんの顔を思い出してスンッ……としてしまいましたが、私もまだまだですね! はい!!




