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デボラさんは私が思っていた以上に王女宮に早く馴染みました。
その間にライアンを通じて彼女の状況を把握したのですが、まあなんというか……本人からも後ほど話は聞けるのでしょうが、その時は知らなかったふりを貫くつもりですよ!
ある程度部下の人となりを知っておくことは大事ですからね!
まあそこは王宮内においてある程度役職つきの人間なら誰でもやることだとは思います。
さて、デボラさんに話を戻すと……以前、王妃さまのお茶会で粗相をしてしまったイメルダ・フォン・ロレンシオ侯爵令嬢とは従姉妹関係だそうです。
なんでも、現在のファーガス公爵の弟がロレンシオ侯爵……つまり婿入りをなさったんだとか。
派閥はごりっごりの貴族派。
政治的には公爵が元財務大臣を務めていた経歴もあって、幅広く彼を支持する人がいるようですね。
「……イメルダ嬢と従姉妹関係……ねえ」
「もう少し詳しく調べますか?」
「いいえ。王城内での彼女の評判は?」
「後宮筆頭さまが記した通り、基本に忠実で覚えも早く、身分関係なく新人としての態度を崩さないことで評価は高かったです」
「そう」
そこは疑っていませんので大丈夫!
実際、王女宮でも彼女はしっかりと自分が新入りであること、学ぶ側であると明言して実行しています。
その働きぶりは初期のメイナやスカーレットとは比べものにならず、テキパキしたものです。
被害については……うん、まあ、不器用っていうか、彼女はどうやら握力が強いようです。
それとあまり表情には出ませんが、彼女は緊張しやすいタイプのような気がします。
おそらくそのあたりの表情管理は公爵令嬢として、きっちり令嬢教育を受けた成果ってやつなのだと思われますが……社交もしっかりしていたと聞いてますしね。
しかし緊張しいと、あの男装をしたりといった破天荒な令嬢の話が噛み合わなくて私は小首を傾げるばかり。
まあ、そこについては本人が話したくないのであれば気がつかないふりをしておいていいかなと思います。
誰だって突っつかれたくないところってあるもんですからね!
ライアンには彼女の王城内での評価と共に家族構成、家族仲等をざっと調べてもらいました。
何故侍女になったのかなどの理由についても調べようと思えば調べることが彼にはできるでしょうが、そこまでは望んでいません。
彼には〝影として〟ではなく〝執事として〟やる範囲での情報収集をお願いしただけです。
そこに少しだけ戸惑いがある様子ですが、そこについても私はスルー。
同じ部屋にいるセバスチャンさんの評価が怖いところですね……私に戸惑いを見抜かれるとは何事か! って後でお説教コースにならないといいんですが。
まあ、侍女や執事というのは主人の手足となってあれこれ情報を探ることもありますので、いろいろな人から見聞きしたことなどを仕入れてくることも大事なことです。
アルダールが言っていたように噂に踊らされたならそれまで、ってことにもなりますが……それによって主人が困ったことにならないように努めるのがなによりも大事です。
「それじゃあライアン、ご苦労さま。こちらはもういいから、プリメラさまの給仕についてくれる?」
「はい」
「セバスチャンさんはデボラを呼んできてくれますか」
「承知いたしました」
さてさて、私は筆頭侍女としてちゃんと部下を把握できているのでしょうか?
正直なところ私は上司だなんだって言ったところで、対等な気持ちで働いているつもりです。
勿論、彼ら、あるいは彼らの失態や何か不手際が起きればその責任を取るのは私ですが、その覚悟はありますよ!
なんだかんだ出来の良い部下たちに囲まれているおかげで私はしっかり者で通っているわけですからね!!
(あれ、最近〝鉄壁侍女〟って呼ばれなくなったような気もするな)
以前は王城内を歩いているだけで『見ろよ鉄壁侍女だ』『可愛げないなあ』なんて言葉が聞こえてきたものですが……そういや最近聞いていませんね。
アルダールと一緒にいることが多かったから、ついついにやけた表情を晒していたとか……!?
(そうだったらどうしよう!)
筆頭侍女としての威厳が形無しです!!
これは由々しき事態では……!?
いや、ある意味アルダールと結婚するんだし、近寄りがたい侍女ってよりも人間味があってちょうどいいって思われるかもしれないし……これはこれで問題ない、か?
後でこれはセバスチャンさんに聞いてみようかしら。
なんだか鼻で笑われそうですけども!!
「ユリアさん、デボラさんをお連れしましたよ」
「……ありがとう、セバスチャンさん」
そんなことを考えている間にセバスチャンさんが戻ってきてしまいました。
いけないいけない、しっかりしなくては。
私までお説教コースになるところでしたよ!
「さてデボラさん、お呼び立てしてごめんなさいね」
「いいえ、問題ございません」
にこりと微笑む姿は大輪の花のよう。
侍女仕事をするのに適した薄化粧だというのに、彼女の美貌は輝いて見えるのですからさぞや社交界では注目の的だったのでは?
ビアンカさまほどではないにしろ、身分に加えてこの美貌だったらおそらく引く手数多だったはずです。
「王女宮で数日働いてみて、どうですか? 不便なこと、わからないことなどはありませんか?」
「問題なく働けております。ユリアさま考案の書式はとてもためになりました」
「今の書式が完成したのは宰相閣下がたくさん手を加えてくださったからですよ」
まるで私の手柄かのように言うのはやめてください!
確かに各所で好き勝手に書いている書類の見にくさから前世の知識をフル活用した事実は否めませんが、それに手直ししてこの城の中で使い勝手が良くなるように好き勝手したのは宰相閣下なので!
でもとっても仕事がやりやすくなりました、さすが宰相閣下!!
ちなみにその感謝の気持ちを伝えた日、真顔で『礼を言うなら菓子くらい増やせ』って手土産に文句をつけられたのは忘れません。
酷い話だ……。
まあそんな懐かしい話はともかく。
「今のところ書類の補佐、物品の在庫確認をお願いしていますがこちらも問題なく?」
「はい。……王女殿下のお支度や、整頓、リネンの張り替えなどから外してくださったのは、後宮筆頭さまからのお言葉があったからでしょうか」
「ええ、まあ、そうね……適材適所というものもあるでしょうから」
やっぱり被害って言葉がインパクト大きすぎて……。
整理整頓も苦手だっていうし、整頓はともかく在庫確認の書類系は強いのも事実。
せっかく有能な人材がいてくれるんですから、働いてもらいたいじゃないですか。
今のところ信頼に足るだけの働きぶりですし、他にも任せていいかもとは思い始めています。
とはいえ今はプリメラさまの誕生日パーティーの準備が忙しいので、すぐにでも取りかかってもらいたいのは招待状の作成ですけどね……!
「……本当に噂通り、人の良い方なのですね」
「デボラさん?」
「統括侍女さま、後宮筆頭さまから伺ってはおりましたが信頼できる人が信頼しているから、自分も信頼できるのかはまた別の話でございましょう? ですがここ数日でユリアさまがわたくしを見定めておられたように、わたくしもユリアさまのことを知りたかったのです」
にこりと令嬢然とした笑みを浮かべた彼女はまさしく、公爵令嬢。
気高く、そして他者を圧倒するオーラを放っているではありませんか。
「どうかわたくしの話に耳を傾けていただけませんか。どうしてわたくしが、文官になり、そして侍女となったかを」




