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というわけで翌日。
私は少しだけ約束よりも早い時間に統括侍女さまのところに足を運んでいました。
勿論、事前に『相談したいことがある』と連絡をして許可をいただいておりますよ。
いろいろ濁しつつ『薬物を手に取ったという噂の貴族がいて、嫁取りをしているらしい』っていう話を聞いた旨を伝えてその真偽の程は不明でも改めて侍女たちに対策を徹底させるのはどうだろうかと提案をいたしました。
統括侍女さまもその件については知らなかったものの、新入りたちも育って公式行事の給仕などにつく機会が増えることだろうからと快諾してくださいましたよ!
ただ、王女宮は人数が少ないから王女宮で行うようにとのことでした……。
セバスチャンさんがいるから大丈夫ってお墨付きでした。
うん……まあそうですよね……!
(王家の〝影〟出身の執事が二人もいるんですもんね……!!)
そりゃ対策も教育も十分できるでしょって話ですよ。
ですので私も何も言うことはございません。
その話が終わって統括侍女さまと少し世間話などしつつ待っていると、後宮筆頭が一人の侍女を連れてやって来ました。
「お待たせいたしました。後宮筆頭、参りました」
柔和な笑みを浮かべた後宮筆頭が私に視線を向けて、彼女の後ろにいた侍女を前に出しました。
年の頃は私と同じくらいでしょうか。
栗色の豊かな髪を両サイドの低いところで結んでいる彼女は落ち着いた雰囲気を持っています。
「本日より王女宮にて研修を受けることになります、デボラ・フォン・ファーガスと申します。ご指導の程、よろしくお願いいたします」
美しい所作で頭を下げた彼女に、私は思わず目を瞬かせました。
デボラ・フォン・ファーガス。
そう、私は彼女を知っています。
正確には彼女個人を詳しく知っているというわけではありませんが……ファーガス家、それはこの国の公爵家の一つです。
そして私が知っている公爵令嬢デボラは才媛で、王妃さまの秘書官として勤めている女性のはずです。
「……!?」
えっ、秘書官ですよね? 文官ですよね!?
思わず別人か、それとも何か別の意図があってのことなのかと統括侍女さまを仰ぎ見ると厳かに頷かれてしまいました。
いやそれじゃわからんて!
さすがにある程度はアイズトゥアイズで察しますけどこれはわかりません、統括侍女さまァ!?
「デボラは本人も納得の上で侍女となります。優秀な人材です、よく鍛えてやりなさい」
「はい、統括侍女さま」
優秀だって話は私もそれとなーく耳にしたことがあります。
複数の言語の読み書きだけでなく流暢に話せるし、ダンスだけでなく乗馬や狩猟の腕前も優れているとか。
時には紳士服に身を包みパーティーに現れ、壁の花となった令嬢に手を差し伸べるなどの姿もあって若いご令嬢の間ではファンクラブができているとかいないとか……。
ただ高位貴族家出身のご令嬢なのに珍しく婚約者がおらず、適齢期になると同時に王妃さまの秘書官として城にあがった……という変わった経歴の持ち主です。
(一部の貴族たちからは才媛だけにどこかの家の夫人で終わりたくない、高慢な考えを持っているのだろうなんて言われていたっけ?)
プリメラさまはさほど王妃さまと接点がなかったこともあり、そのため王妃さまの執務室に行かなければ秘書官とも会わないわけです。
だから私とデボラさんはお互いに姿を見たことはあっても、会話に至ることはなかったというわけですね!
「それではこちらが引き継ぎ書だから。特に今のところ問題点はないわね。ああでも彼女は入浴の介助や整理整頓は苦手なの。そちらを任せる際は気をつけないと被害が出るから……」
「被害!?」
とんでもねェ発言ですけど!?
失敗しやすいからフォローとかじゃなくて被害ってなんですか!
「大概のことは我慢強い王妃さまですらデボラを入浴の侍女からは外すようにと仰るくらいなので……王女殿下の侍女としては他の仕事をさせてね……」
「し、承知しました」
どういうこと……何があったのやら。
とんでもない引き継ぎをされましたが、当然ながら礼儀作法はばっちりで書類や代筆、そういったものも得意だし特に交渉事には強いとのこと。
当面はプリメラさまの公務面で役に立つ人材と思われる……わけですが。
(どうして侍女になったのやら)
確かに女性秘書官ってのは珍しいですが、王侯貴族の女性につく女性文官ってのは数少ないにしろ需要があります。
それが高位貴族家出身ともなれば、むしろ引く手数多と言いましょうか、貴族社会をこれでもかって理解している人が公務面で補佐してくれたら大助かりですからね。
そういう意味で自分の地位を確立していたところにわざわざ侍女になる必要性が見当たらなくて、私の頭の中は疑問で一杯です。
なにかしらの理由があることは明白ですが、それを直接聞いていいものなのか?
というか聞いてしまったらまた何かとんでもないことに巻き込まれるなんてことにならないか?
そういう考えもあるので安易に口には出せませんでした。
「王女宮筆頭さまはやはり思慮深い御方ですのね」
「え?」
「疑問をたくさんお持ちになったはずですのに、一切表に出さずにおられるでしょう?」
にこりと微笑むデボラさんのその表情はまさしく貴族令嬢のそれです。
腹の探り合いをする際に高位のご令嬢たちが浮かべる、口元だけで優美に微笑むあの姿!
思わず立ち止まって彼女のことをジッと見てしまいました。
(あっ、目の色も栗色なのね)
なんとなく違うことを考えてしまったのはいつもの現実逃避でしょうか。
目を逸らしたら負け……じゃないですけど、ここで答えを急いではいけない気がしました。
「事情は誰にでもあるでしょう。話したければ聞きますが、今は宮に戻り王女殿下に挨拶を済ませる方が先です。主人を待たせてはなりません」
「承知いたしました、筆頭侍女さま」
「……王女宮に属している間は名前で呼んでください。私も貴女のことをデボラと名前で呼びますから」
「よろしいのですか?」
「ええ。貴女がいやでなければ」
「とんでもない。どうぞよろしくお願いいたしますわ、ユリアさま!」
ふう、とりあえずは彼女を納得させることができたようです。
といっても問題を先送りにしただけのような気がしますが……。
けれど私が『名前で』と言ったところは何故か知りませんが好感触だったようで、デボラさんはとても嬉しそうな表情を浮かべていました。
(まあ少なくとも問題児ってわけじゃないし、むしろ有能なのは間違いないのよね。そういう意味では即戦力が来たと思っていいはずなんだけど)
整理整頓などは頼めないけど書類は大丈夫、っていうと若干スカーレットと領分が被っているのでその辺りの調整は必要です。
とはいえ整理整頓などもまるでやらせないわけにはいきませんから、そこはメイナか私がフォローに入ればいいかしら。
ライアンは……そつなくフォローをしてくれそうだけれど、ちょっと距離を置かせて、セバスチャンさんに間に入る形にしてもらえばいいでしょう。
いずれは二人ともフィライラ・ディルネさま付きになるのですから、互いに観察し合って信頼してくれたらいいなと思います。
メッタボンは……まあ彼の場合はその料理を食べてもらえば人となりが分かるから大丈夫!




