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「事情を聞いたからには放っておかないが、さすがに近衛騎士隊で預かる案件でもない。そして相談してくれた人物は大事にはしたくない……というわけで、個人的に動くと同僚は言っていた。ただ、そのパーティーには多くの貴族たちも参加するから、他の同僚たちの実家も殆どが参加するだろう? だから注意喚起だけ回ってきてね」
「……それで済むのかしら」
「その友人を疑うわけじゃないけど、真偽不明な点が多いことから冤罪の可能性だってあるからね。ただ疑わしいだけじゃ誰なのかを明かすことはできない」
「それはそうだけど……」
「貴族家の名誉にも関わる話だし、何より不用意に話を広げて変な尾ひれがついてもいけない」
「……そうね」
その弟さんが心配しているようなことがないのが一番ですよね。
怪しげな薬に手を出したからと言ってそれが犯罪に関わるようなものとは限りません。
よくある精力剤だった……なんてこともあるでしょう。
大騒ぎになった挙げ句、それが毛生え薬や痩身薬だった……なんてオチを迎えたら目も当てられません。
向こう三代そのネタが社交界では語られてしまうかもしれませんし、そうなればお兄さんは社交場に出てくるのも辛くなるのでは?
相談を持ちかけてしまった弟さんとも険悪な関係になる可能性だってあります。
そして相談を持ちかけられたからとことを大事にしてしまったアルダールの同僚さんだって叱責だけでは済まない可能性だってありますからね!
そう考えたらまずは慎重にそれらがどんなものかというのを調べ、怪しげなものであると判断したらそれこそ貴族を担当する治安部隊に持ち込む事案となるでしょう。
いずれにせよ状況を見てから判断するというのは正しい選択ではあると思うのです。
しかしながらプリメラさまの誕生パーティー、しかも婚約発表という大きなイベント事に合わせたかのようなこの事態、ついつい深読みしてしまうのは私だけではないはずです。
「……明日、統括侍女さまに呼ばれているの。この件を話しても?」
「大丈夫。噂として広めない、信頼できる相手に話して欲しいと同僚から言われているからね」
私たちは催事に関して侍女として、騎士として薬物や武器の持ち込みなどの可能性を頭に入れつつ動くよう昔から厳しく指導を受けている人間です。
当日は招待客として参加する立場ではありますが、同時にその日が来るまでは侍女として……特に私は王女宮筆頭という立場として、この件を楽観視してはいけないと思うのです。
知ってしまった以上はね!
まあ統括侍女さまのことですから、この程度のことで狼狽えるなと一言バッサリな予感しかしませんが。
しかしながら進言の上で今一度侍女たちに対して心得を学び、気を引き締めてもらう良い機会でもあると思います。
プリメラさまの誕生パーティーまであと三ヶ月ほど。
これをまだ三ヶ月あると取るか、三ヶ月しかないと取るか……それは人によって異なると思いますが、王女宮でも徹底してあの二人には言い聞かせておこうと思います。
(まあ、あの二人なら大丈夫だろうけれど……)
その辺の教育はセバスチャンさんがやってくれてましたからね……。
ちなみに私も幼い頃に彼女たち同様、セバスチャンさんから学んでいます。
ものすごく徹底しておりましたよ!
薬物を持っている人がいたらまずどのように対応するのか、薬物を手に入れるには、薬物が混入した飲み物の処理方法、零してしまった際の対処、誤って摂取に至った場合の対応についてとか……。
うん?
あれっ、なんだかものすごく具体的で侍女講習で聞いたのよりもずっと詳しいなとは思ってましたけどアレってもしかしなくても〝影〟としての知識を披露されていた……?
そのくらいプリメラさまの専属侍女として私の身は危うかった……ってこと……!?
(そりゃそうよね、世間知らずの小娘を籠絡して国王陛下溺愛の王女を操ろうって悪い人が考えそうだものね……)
改めて思うとゾッとしますよ!
とはいえ、今ではお茶に関しても些細な味の変化も理解できるようになっているので、セバスチャンさんの教育の成果ってヤツなのだと思います。
あの子たちも似たような教育を受けているのですから、少数精鋭、確かに大事でしたね……国王陛下の配慮というか、目論見通りというか……。
クッ、あんなに人手不足を嘆いていたというのに、それも安全上の配慮だと言われたらその通り過ぎて今更ながらに感謝するべきなのかいややっぱり苦労の方が多いなプリメラさまは天使で可愛いからいいけど陛下からの無茶ぶりはそこそこあったもんな!!
「それにしても統括侍女殿に呼ばれているというのは?」
「ああ……時季外れなんだけど、高位貴族家出身の見習い侍女が入ったらしいの。いずれは王太子妃殿下付き侍女として配属する予定で、今は後宮と王子宮、それと王女宮で経験を積ませるらしくて……後宮での業務期間が終わって次はうちだから、統括侍女さまの前で報告を兼ねた引き継ぎが行われるのよ」
「へえ」
「うちではプリメラさまの誕生パーティーの後片付けあたりまで預かって、最後に王子宮に配属、王太子殿下のお近くで仕事を学んでフィライラ・ディルネさまのお輿入れの後そちらに異動という流れになるかしら」
「……じゃあまた忙しくなるのかな?」
「そうでもないわ。私も話しか聞いていないけど聡明なお嬢さんだって話だから……」
侍女の雇用では一応、履歴書のようなものや身上書といったものがあるのですが、そちらはいろいろと閲覧するのにあたりややこしいこともあるので渡されずに口頭ということがあります。
引き継ぎの際に現状どの程度できるのかといった教育指南書などに書き込みをしたものを渡されることもありますが……。
(ライアンのように、作られた経歴ってこともあるからなあ)
王城内で働く以上はある程度雇う前に身元の確認がされているとはいえ、書類が本当に正しいのか疑ってしまう今日この頃です。
いえ、ライアンは事情があるので仕方ないんでしょうが。
まさかと思いますがその侍女も……? なんてちょっぴり疑っておりますが、高位貴族家出身と言う触れ込みですしさすがに〝影〟ではないでしょう。うん。
「年齢はスカーレットと同じくらいだというから、仲良くしてくれたら……いいなあって……」
うん、今はスカーレットも大分丸くなって社交的ですから!
メイナと初め喧嘩したのだって平民出身だからと見下したりする態度が原因だっただけで、きちんと今は同僚としてお互い良いところを認めるくらいには成長していますもの。
メイナもメイナで高位貴族だからって変な先入観を持って見るようなこともなくなっていますし、あの子たちはきっと大丈夫。
「ユリアの負担が減ってくれるなら、私としては嬉しいけどね」
「そうなってくれたら嬉しいなあ」
私がそう言って笑えば、アルダールも微笑んでくれました。
ああ、いいなあこういうの!
こういう日常的な会話ができる夫婦って憧れがあったんですよ!
えっお前結婚願望あったの? って問われるとあれなんですが、そりゃプリメラさまのおそばにずーっといたいってのが一番でしたけどね。
以前はほら、自分の見た目を悲観しすぎて結婚なんて無理だとか思っちゃってましたからね……。
でも今は違いますから!
ちゃんと自分の価値そのほかを理解した上で、幸せを噛みしめられるようになりましたから!!
(……そう考えたら、私も成長したって胸を張っていいのかしらね)
今度、オリビアさまのお墓参りの際にでもご報告しようっと。




