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プリメラさまのドレスに合わせて最後の出番となる仮面についても抜かりはございません。
当日の流れとしては壇上に登場した国王陛下がいつものようにプリメラさまの誕生を祝うために集まった来賓の方々に向けてご挨拶、そしてバウム公子との正式な婚約を発表すると共に前に出たプリメラさまが仮面を外し、成人の仲間入りを果たす……といったようなものになるでしょう。
そちらについてもデザイナーであるアーロンさんにお願いしてあるので、レース素材の軽くて綺麗な仮面を用意してもらっております。
プリメラさまご自身はまだ仮面を外すことは聞いておられないご様子ですが、きっともう察しておられるでしょうね。
(そう……パーティーそのものはもう準備が着々と進んでいる……そちらについては問題は今のところない、はず)
帰るお客さまたちに心ばかりの記念品をお渡しするのですが、そちらについてもすでにミッチェランのチョコレートを注文済みです。
招待客分というものすごい数ですが、王家主催のパーティーの一つですからね。
ケチくさいことは言わず予算もばっちりですよ! 多分陛下のご意向が強い!!
チョコレートはプリメラさまも大好きですもんね……!!
「相変わらず悩んでいるの?」
「あっ、アルダール……」
あれから仕事を終えた私はアルダールと一緒に帰宅しました。
すっかり二人の家として普通になってしまったことに『慣れってすごい……』と思う次第です。
まあそれはともかくとして、帰り道でダンスの練習がしたいことは伝えてあります。
なんたって、今度のパーティーではきっと他の方とも踊ることになると思うんですよね。
だってミスルトゥ家ってのがもう成立するんですよ、まだもうちょっと先ですけど……。
国王陛下が認めている以上、新たな家が興ることは確定。
そしてその当主と当主夫人に確定している私たちは社交を……しなくちゃいけないんです……!!
パーティーの場は勿論、プリメラさまの誕生を祝う場です。
ですが同時に社交場なのですから、ここでどのような態度を取るのか……それをこちらが見ているのと同じように、周りも見ているってことですよ。
そしてダンスはそうした中でのコミュニケーションの一つ。
ものすごい技量を求められているわけではありませんが、ある程度〝教養〟に関する物差しの一つとして見ることができるでしょう。
すなわち、お粗末なステップを踏んだら『ああ、この程度なんですね~』っていう攻撃の口実になるんですよ!
やだもう、貴族社会怖い……!!
(……勿論、そんな人たちばかりじゃないけど)
ビアンカさまやアリッサさまを頼れば、私にマウントを取りたい女性陣たちから遠ざけてくださることでしょう。
アルダールを頼り切って彼の傍から離れない……ってことも可能だと思います。
でも、それじゃあだめなんです。
「でも気が重い……!!」
とはいえ苦手なものは苦手なもの。
弱音の一つや二つは吐きたくなるってものです。
「私とだけダンスを踊ってくれていたらいいのに」
「そうもいかないってわかってるでしょう?」
「……借りは作りたくないけど、キース先輩を頼ってもいいかなとは思っているんだ」
「出だしから頼り切ってたら、これからが思い遣られるって叱られちゃうわ」
ファーストダンスはパートナーと、セカンドダンスは親しい家柄のお相手と……そうすることで社交に不慣れな人から見ても関係性がわかりやすくなる、なんて耳にしたことがあります。
パートナーは基本的に夫婦、婚約者あるいはそれに準じた立場にある恋人、家族であることが多いので、そこからも関係性は見て取れることでしょう。
侍女としては給仕をしながらそうした人たちを見て把握し、後々主人の交友関係に役立てていただくわけですね!
(まあ元々侍女になるにはある程度の身分が必要だから、こうしてパーティーで個別に交友関係を築いてそちらも主人のために役立てるってのが暗黙の了解ですけど……)
これまで私はそれをしないでも王城内で完結していましたからねえ……。
うーん、どれだけ恵まれた環境だったのか、改めて思い知った次第です。
「当日踊るとしたらメレクに、バウム伯爵さま、キース・レッスさま、ベイツさまあたりかしら?」
「そうだね、親父殿はわからないがキース先輩と隊長は申し込んできそうだ。そうなると私もオルタンス嬢やセレッセ夫人にダンスを申し込むべきなのかな」
「アルダールは近衛騎士繋がりで頼れる貴族家の方々と交友を深める方がいいんじゃない?」
「そうだなあ……そこはキース先輩を頼りたいところだけど、そうすると中立派が絡んでくるかな」
「ハンスさんは?」
「レムレッド家は貴族派よりだからなあ。そうすると平等に国王派と軍部派にも顔を出さないといけない」
「……でもどこの派閥に属するつもりも今のところないのでしょう? なら中立派が一番無難でしょうね」
今すぐどこの派閥に……なんて露骨なことを言ってくる人はいないでしょうが、探りを入れられることは想定しておくべきことです。
ややこしいことに巻き込まれたりする前にある程度こちらで立場を表明するのがいいとは聞いたことがありますが、残念ながらファンディッド家ではそういうのは無縁でしたからね……。
現状、メレクがオルタンス嬢と婚約したことでセレッセ家との縁から中立派より……と見られている、かな? くらいでしょうか。
最初から派閥に誘われるほど注目されているのは自意識過剰かと思われそうですが、そのくらいの気構えで望まないと恥をかく可能性だってありますからね!
私たち自身が恥をかくのはまあいいですが、いえよくないな、パートナーの恥にはならないようにしたいです!!
とにかく、私たちは新興貴族であると同時に近衛騎士であり侍女ですから、そこでの行動によっては主人に迷惑がかかることもあり得る……ということを忘れずに行動すべきなのです。
「私もできればダンス以外で他の貴族家のご婦人方とお知り合いになれたらいいなと思っているから」
「そこは公爵夫人がきっと手助けしてくれることだろうね」
「ビアンカさまのおともだちかあ……」
いい人たちだろうなってことはわかっているんですよ。
わかっちゃいるけどぶっちゃけ高位貴族家の夫人たちが主だったメンツだと思うと、こう、胃がだね……!!
侍女としてではなく客人目線で今回はパーティーを見て回りたいと思う部分もありますが、どちらかというとお仕事という考えで気を紛らわせているんですよ、実は。
こういうところがまだまだだってビアンカさまには呆れられちゃうんでしょうけれども……まだ結婚もしていないし許してもらえないかなあ!
「アルダールの方で気をつけておいてほしい相手とかはいる? 私の方は……今のところは大丈夫かしら。さすがに王族主催のパーティーの最中に、アルダールを奪おうとする元気のあるレディーはいないと思うから」
「そんな危険人物、たとえどこのパーティーであろうといてほしくないね」
心底嫌そうにそう答えつつ、アルダールは少しだけ考えて私をジッと見ました。
少しだけ躊躇う様子なのは言いにくいことなのでしょうか?
「……ない、とは思いたいけど。実は、同僚の友人の兄がそのパーティーに参加する予定らしいんだが」
同僚……ということは近衛騎士さん、ですよね。
その友人の兄ってことは、どこぞの貴族家の方ということは間違いありません。
ただその言い方だと貴族ということ以外は何もわからないわけですが。
アルダールは大きなため息を吐き出して、言葉を続けました。
「見合いが上手くいっていないらしくて」
「はあ」
「妙な薬物に手を出したらしい、ということを同僚が友人から相談されたらしい」
「……それって」
自分に使う精力剤とかなら危険なものには手を出さないでね、で済みますけども。
それが誰かに使う睡眠薬、もしくは媚薬だとしたらとんでもないことになります。
万が一、王家のパーティーにそんなものを持ち込もうものならお家断絶の可能性だって出てきますからね?
「今はまだ調査中だし、必ずそのパーティーに持ち込むともわからない。だから大事にはできない」
騎士も侍女も、それらを想定して行動を採るよう厳しく教育は受けています。
時にそうした薬物を用いた、羽目を外したパーティーとも呼べない乱痴気騒ぎを起こす方がごく稀にいらっしゃるということも耳にしておりますのでそう驚く話ではありませんが……。
「世も末ね……」
お見合いに連続失敗したから薬に手を出そうってその思考回路はわっかんないなあ!




