574
「何か引っかけようとかそういうんじゃないと思うな~」
「そう、ですか……」
「そうそう。まああの子も悪い意味で行動力があるからなあ。こっちでもちょっと調べてみるから、ユリアちゃんはあんまり気にしないでいいよー」
「ハンスもこう言っているし、もう気にしなくていい。後は全部やってもらおう」
「ちょっ、アルダール全部押しつける気かよ!?」
「自分で言ったんだろう?」
「ある程度調査はするって言っただけだから!」
ミュリエッタさんの不可解な行動をアルダールに相談しようと騎士隊を訪ねたら、ちょうどハンスさんと休憩を取っていたらしく一緒に話を聞いてもらいました。
ちなみにアルダールの得意属性は『風』であることは別に秘密にされてはいませんでした!
というか、騎士隊に入る段階で登録はされているので調べたらわかるんですよ。
ただ普段から使ってないからどうしたのかなーって程度の疑問でしたので、ミュリエッタさんがわざわざしたり顔で私に告げてもノーダメージだったわけです。
ああ、でも彼女はそのことを知らなかった可能性があるから私よりもアルダールのことを知っているってマウントをとりたかったのでしょうか?
そこも含めてハンスさんは違うと言っているわけですが……。
「そういえばアルダールは普段魔法を使わないことに意味はあるの?」
「騎士隊の訓練で魔法も使ったら反則だと文句を言われたから、討伐に出る時以外は使わないようにしているだけだよ」
「そうそう。こいつ元々物理だけでもバケモノ並の強さだからさー!」
「そういうハンスは最近すっかり腕がなまっているんじゃないか? 訓練に身が入っていないと隊長も心配していたから私が相手になってやろう」
「やめて死んじゃう!」
二人のやりとりが軽妙で、思わず私は笑ってしまいました。
内容が内容ですので、あまり人には相談できなかったり聞かれたくないことも多い話題でしたが、ハンスさんは事情を知っている側の人間ですからね!
安心して(?)相談もできるというものです。
とはいえ、不可解な彼女の行動に答えは結局出ることもなく、まあ厳しい方々に話が行く前にハンスさんがなんとかしてくれるならいいか!!
アルダールも将来の片腕を信頼してのことでしょう。
そう思っておくことにします。
「まあなんとなーく俺は彼女の思考が分かる気がするけどね」
「え?」
「いや、確証が持てたら話すよ。違ったらかっこ悪いじゃん?」
朗らかに笑うハンスさんですが、その表情はどこか苦さが混じっているような気がします。
彼はこれまでミュリエッタさんの傍にいたのは恋心が……と思われていましたが、監視目的がメインで恋心そのものはなかったと本人から聞かされております。
ただ、その分近くにいたのも事実。
だからこそ分かることもたくさんあるのでしょう。
なんだかんだとニコラスさんほどではないにしろ得体の知れなさではハンスさんもなかなかのものです。
けれど、彼は妹思いだったり、幼馴染みであるスカーレットに対しても結構気を遣っているということを今の私は知っています。
これまではお家の都合で本心通りに振る舞えなかったこともあったという話で、そこを詳しく説明はされておりませんが……現在は、自由なんだという話。
しかしながら今までやってきたことを今更覆すのは難しい話です。
ミュリエッタさんに恋をしていた青年のように振る舞ったことを否定すれば、これまで彼が何をしていたのかと疑問に思われることは間違いありませんし……。
あ、チャラチャラしていたのもわざとだって話ですが、そこは信じていません。
この人は生まれながらの陽キャだと私は思っていますよ!!
「まあ元々茶会に誘うってのは下の人間から上の人間を誘うのは無作法もいいところだろ? 親しい間柄ならともかく、ユリアちゃんとアルダール、そしてあの子の関係についていい話なんてない」
「それは……まあ、そうですね」
貴族としての礼儀作法の一つ、目上の人間に対して下の者が先んじて話しかけるのは無礼であるのと同様に、茶会や夜会についても同じことが言えます。
国が開くような大規模なものは別ですけどね!
個人的な茶会やそのほかの会などで知り合い、後日送らせてもらってもいいだろうか……というようなやりとりをした上で送る分には大丈夫なのですが、ミュリエッタさんの場合は更に複雑です。
何せこれまでの経緯を考えて個人間の関係は決して良いとは言えません。
その上世間に流した噂で言えば『貴族の作法を知らなかったから相手を怒らせてしまった自分が悪い』という自己弁護のようなもの……つまりこの場合、彼女から謝罪をするのに直接私たちに送るのが無作法と分かっている以上、誰かを間に挟まねばなりません。
それらをすっ飛ばして『知りたかったらお招きしてね』ってあたりが、彼女もきちんと学んでいるんだろうなーとは感じさせるんですが浅いというか……。
リード・マルクくんと婚約をしたので、貴族教育がおざなりになっているのでしょうか?
たとえ平民と結婚しても、ある程度そういった事情込みで知っているとあれこれ便利なんだけどなあと少しばかり思ってしまいました。
勿体ない。
頭が良くて魔力があって、学園に通えるこのチャンス、活かせば何かモノにできそうな気がしないでもないんですが……まあ、彼女にそのつもりはないのでしょう。
(……そういえば、ミュリエッタさんってアルダールと結ばれたらその後どうするつもりだったのかしら)
ゲームのように結ばれても、現実である以上エンディングはありません。
私の現状はいわゆる〝ベストエンド〟みたいな状態でしょうが、それでも長い人生で見たら〝一番輝いていた時期〟とかそんな思い出になるだけで、実際はもっと波瀾万丈な人生を送るかもしれないじゃないですか。
唐突に戦争が起きて離ればなれ、お互いに気持ちがなくなる、どちらか一方が病に倒れる……どれもこれも起きなそうで唐突にやってくる不幸がないと誰が言い切れましょう。
その際に夫婦でどう乗りきるのか……なんて、直面しなきゃわかりません。
彼女はエンディングを迎えることに必死だったように感じます。
今もまだ、それを追い求めているのでしょうか。
どこをエンディングとして見るかですけど……。
(確かにそう考えると私だって具体的に将来がどうとか考えたことなかったものなあ)
あのくらいの年齢の子に、将来をしっかり考えろって方が難しいと思うんですよ。
貴族家の子女ってそういう意味では将来の道がある程度決まっている中で、よりよい選択をしていくために模索しているわけです。
そういう意味でリード・マルク・リジルという相手は悪くはない、けどミュリエッタさんにとってベストじゃないってことなんでしょうね。
現状に不満を持っている? 感じからすると。
「まああのお嬢さんについては俺がしっかり調査するから、お二人さんの結婚式の方急げよ? 王女殿下の生誕パーティーの後はすぐ秋の園遊会なんだし、二人とも忙しくなるのは目に見えてるんだからさ!」
「あああああ……」
「それを言われると本当にキツいんだ」
ハンスさんからの激励の言葉に、私もアルダールも思わずテーブルに突っ伏しそうになるのでした。
だって! 忙しいんだもの!!