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「こんにちは、おじさん」


「おや、まあ! 久しぶりだねえ、すっかり大人になっちまって!」


「いやだわ、つい先日も来たじゃありませんかー」


「ははは、爺いからしてみると若ぇ子をちぃと見ねえだけであっという間に時間が経っちまうもんなんだよ」


 カラカラと笑うおじいさんは奥の作業場から出てきて、私の方へと歩み寄ってきてくれた。

 お店の方はすっかり息子さんに任せて自身は職人としての仕事しかしていないと言っているこのおじいさんこそ、下町の靴屋のおじさんである。

 おじいさんって呼ぶと怒るからおじさんだよ!


「今日は靴のことで相談があって」


「ほうほう、なんだい」


「三ヶ月後、とある身分ある方に乗馬用のブーツをプレゼントしたいんです」


「……ほぉーう?」


 不思議そうな表情を浮かべたおじさんはすぐににやりと笑いました。

 その表情の悪そうなことったら!


「あれかい、噂の婚約者さんにかい」


「違います。……噂って、どんなのが流れてるんですか……」


「なぁんだ、違うのかい。いや、嬢ちゃんの婚約者さんに関しちゃあジェンダの野郎から聞いちゃいるけどなあ、たいそうな男前だそうじゃねえか。やるなあ! いつかいい男捕まえると俺ぁ思ってたんだよ!」


「ははは」


 乾いた笑いが出てしまいましたが、お許しください。


 確かにこのおじさんからはいつかいい男と巡り会えるって応援されてましたけど、この人お店に来る年頃のお嬢さんみんなに言ってますからね!

 まあネガティブなことを言う人よりはずっといいのでしょうけれども。


「そうだなあ、うちの店周りで耳にしたのは嬢ちゃんらが仲良さげに歩いていたとか、いろんな店が来てもらいたくてやきもきしているところにジェンダの野郎が睨み利かせてるだとか、野苺亭の双子が嬢ちゃんたちが常連客だって自慢していたとか、例の英雄のお嬢さんは恋が実らなかったんだなとかその程度か?」


「うわあ」


 前半も気になりますが一番最後ぉ!

 貴族社会でも有名な話でしたが、そうですかこうした一般のお店でも噂になる程度にはやはり知られておりましたか……!!


 いやまあ、かつてウィナー男爵が冒険者仲間にちょっとでも相談した……という事実がありますからね、そこから広まっていてもおかしな話ではありません。

 そもそも彼女のこれまでのやらかしは貴族社会で噂になっていたわけで、その噂はその貴族たち……ではなく、使用人たちに広まり、そして……って感じなのでしょう。


 ある程度の情報統制はあるでしょうが、それでも人の口に戸は立てられぬと申しますからね。

 恋が実れば美談に、恋が実らなくても話の種になるものです。


 ミュリエッタさんからしたらたまったものじゃないでしょうけども!

 まあ今の彼女はリジル商会のリードくんと婚約したことで、そちらに話題も移りつつあると思いますが……そういえば二人揃って公式の場に顔を出した姿はまだ見ていません。


 リジル商会の跡取り息子というだけでなく、王太子殿下の友人という立場にもあるリードくんは大きな催し物の場合は社交場に顔を出すこともあるでしょうし、もしかすれば今後はどこかでまた顔を合わせることになるかもしれませんね。


 とりあえずプリメラさまの誕生パーティーに参加できるのは貴族のみとされておりますので、そこで会うことはないでしょう。

 それだけでも少し安心材料となりますよね! 主に私の心の!!


「ええと、今日お願いしたいのは既製品から手を加えてもらうような形でお願いしたくて……」


「おう、詳しく話を聞こうじゃねえか」


 私は誰に贈るかを言わず、十二才の女の子であること、足とふくらはぎ周りのサイズ等を伝えました。

 本来ならばご本人の足型を採って作るのが最適ではありますが、それでも……さすがにプリメラさまをこちらにお連れすることは難しいでしょうから。


(オリビアさまの靴を作ったおじさんの靴を贈りたいっていうのも、単なる私のエゴだもの……)


 乗馬用のブーツを選んだのも、勿論ディーン・デインさまと共に遠乗りなさるプリメラさまは素敵だろうなあという妄想によるものではありますが……それと同時に、そこまで使用頻度がないであろうことから選んだものです。


 成長期であること、ご公務でこれからは忙しく乗馬をする時間も少ないであろうこと。

 それらを考えて思い出として受け取っていただけたらいいなと……そんな私の、エゴです。


 私の要望を一通り聞いたおじさんはいくつものメモを書いていたかと思うと、不意に顔を上げて私をまじまじと見つめ――嬉しそうに、微笑みました。


「昔なあ」


「……え?」


「昔、もうな、二十年くれえ前になるかな」


 持っていたペンをクルクル回しながら、おじさんは一つのデザイン画を取り出して、私に見せてくれました。

 そこには可愛らしい女の子用の靴が描かれていて、その横にピンクの小さな花も描かれていて……それをどうやって靴に描くか試行錯誤したメモもあります。


「こいつはジェンダの娘さんが小せぇ頃に作ったもんさ。俺もその頃はこの界隈でまだまだ若造扱いでよう」


「……そうなんですね」


「ちっとばかり技術にばかりかまけてた頃だった。ジェンダの娘さんが俺にどうしても靴を作ってくれって言ってなあ。俺の靴じゃなきゃあやだって言ってよ」


 だから作ったんだよとおじさんは笑いました。

 自分の靴じゃなきゃ嫌だ、そう言ってくれる可愛らしい女の子のために一生懸命考えて、どの革がいいだろう、どうしたら足が痛くないだろう、可愛くできるだろう……。


「そうやって悩んだあの日が、靴職人としても楽しくてねえ」


「……そう、なんですね」


「どうだろうなあ、嬢ちゃんの大切なその女の子は、こんな(・・・)花の柄は(・・・・)好きかねえ」


「きっと、好きだと……思います」


 オリビアさまの思い出を、今でも大切にしてくださるおじさんの気持ちが込められたのならば。

 詳しく申し上げることがどちらにもできないのだとしても……私のエゴだとしても。


 それでも嬉しいことじゃないかなと、どこかでそう思いました。


「……ねえおじさん、私の結婚式の靴も、おじさんにお願いしようかなと思うんです。だから近いうちに、婚約者と一緒にお邪魔していいかしら」


「おうおう、勿論だとも。そのままうちの上得意さまになっとくれ」


 先ほどまでとは違ってからりと笑ったおじさんの、そんな言葉に私も笑みが浮かびました。


 オリビアさまはいらっしゃらずとも、思い出はあちこちにあるのだと……改めて思いました。


(きっと、プリメラさまにもこの想いは伝わる)


 いつか……そう、いつか。

 プリメラさまが王女ではなくて、バウム伯爵家に嫁いだ後ならば。


 このお店にお忍び(・・・)で来て、靴を作ることだってきっとできると思うんです。

 そのいつかの日に私がご一緒できたら、いいなと……そう思いました。


「おじさんの作ってくれた靴を履いて結婚式に出られたら、きっと幸先良いと思うのよね」


「ははは、責任重大だ。勿論、嬢ちゃんたちの足に合ったやつを作らせてもらうさ。だが貴婦人たちはドレスに合わせて靴を作るんだろう?」


「そこはデザイナーさんにも相談しておきます。私の結婚式だもの」


「そうだねえ。本当にお前さんも大きくなった」


 目を細めて懐かしむように笑うおじさんに、私も笑いました。

 親元を離れて働く私に『靴はきちんと自分に合ったものを履かないとだめだろ!』って言いながら、その節くれ立った大きな手で私の頭を撫でてくれたものです。


 今は……私が成長して、おじさんは齢を重ねて、二人とも随分様変わりしたような、あまり変わっていないような。


「これからも靴はここで買わないとね」


 思い出を重ねるように、末永く。

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