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あの後、いくらか話してその言葉選びから察するに、どこぞの貴族とのトラブルを抱えているようでしたね……。
アーロンさんが退陣することを条件にどこかの家に助けを求めたのか、あるいは助けてもらえないからアーロンさんが表沙汰にしないように醜聞を呑み込むことで去るのか。
いずれにしても問題はありそうですが……裏方に引っ込むことによってやれることが増えると笑っていらしたので、後者のような気もしますね。
経営面に関してはティモさんに任せるのはまだまだ厳しいとのことで、後進の育成に専念するとも仰っていました。
(……確か、アーロンさんのご実家は、あまり良い噂のない高位貴族家の家臣だったかしら)
あまり深く立ち入って聞くわけにも行きませんが、世知辛いものですね……!
アーロンさんのご実家がどこか、そしてどの貴族家に連なっているのか……と言うことを何故知っているかって言えば、そりゃもう王城出入りの商人は調べられているので……。
どこの貴族家かってのがわかれば、どの派閥で誰と仲が良くて悪いのかってのは使用人同士でも情報が共有されるんですよね。
こういうところにも気を配らなきゃいけないので、外宮や内宮の侍女たちは常に情報を新しくしているんですよね……王宮側、つまり王女宮、王子宮、後宮の侍女たちはそういう部分が若干弱いと申しましょうかなんと言いましょうか……。
(私も見習いの頃はそういう情報を得るためにも、配属先がどこになっても情報を共有してくれる横繋がりは大事にしなさいって教わったなあ)
万が一間違えて敵対派閥と同じ待機部屋なんて案内しちゃった日には大目玉を食らってしまいますからね!
場の空気は最悪になるし、下手したら嫌味の応酬だけで済まずに殴り合いの喧嘩に発展して仲裁に入った使用人たちが怪我をした……なんてことも実例としてありましたから。
ちなみにその貴族たちは数ヶ月の間の自宅謹慎と、数年間の王城の出入り禁止を言い渡されて社交界では肩身の狭い思いをしたそうですよ。
「……アーロンさんは、私たちにティモさんの〝お得意さま〟になってもらいたかったのかしら」
「まあそうだろうね。詳しく話さないことで我々を巻き込まず、かといって無下にできない状況に持って行くところは少し狡さもあるけれど……逆に信頼できるかなと思ったよ」
「……そう?」
「私はデザイナーとしてのアーロン殿とは親しくもないからね。名前は知っているけれど」
アルダールに言わせれば、情に訴えて助けを求めてくるばかりでは絡め取られる商人としては難しい中で貴族が上手く立ち回っている……という印象だったそうです。
確かに貴族相手の商売とはいえ、商売は商売です。
デザイナーとして一からデザインを手がけ、布地を選びぬいてドレスを作り上げるアーロンさんは職人であり、商人です。
ゆえに、商人は利になるように動くのが鉄則。
勿論、義理や人情を大事にする人もいればしない人もいるのでそこについては個人差ってやつですが。
それでも、アーロンさんは貴族家の柵と雇用主として店の従業員を養っていく中で、最適解を選び取らなければならない立場です。
その上でアーロンさんが大事にしたいのは弟子とお店と、それから?
わかりませんが、大事にすれば名声か、それとも店にかわかりませんがダメージはあるのでしょう。
かといって他を頼ればお店の利権はそちらに傾くかもしれない。
「なら、悪いことは全部引き受けるから、ただ客として大事な弟子を贔屓にしてほしい……程度の願いなら、これからの付き合いを考えれば安い願いだと思うけれどね」
「はー……すごいですねアルダール。そこまで読み取れてしまうの?」
「ユリアだって大体予想していたのでは?」
「それは……まあ。だけど、自信はなかったわ」
ティモさんからの片思い……なんてことを聞かされて動揺したせいで、冷静に考えたことすら『大丈夫か、合ってるか?』って自分に自信が持てない状況でしたからね……。
自分のことになるとてんでだめでした。
(そういう面でも揺さぶられていたのかしら……)
まあ、最終的にはアルダールがアーロンさんと会話を進めてくれたので問題なかったですけどね!
ついでに言うとティモさんもドレスの制作に大変やる気を出してくれて……プリメラさまと部分的お揃いにしたいって話も勿論伝えてあります。
それを聞いたらよりやる気を出してくれていたので、師弟で良いものを作り上げることでしょう。
アーロンさんが今後どうやって何をするのかはわかりませんが、多少の狡さを見せることもきっと……いえいえ、なんでしょうね。
考えすぎるきらいがあるって以前、キースさまに言われているんでした。
(良くない癖だわ)
とりあえずドレス問題は解決したんだし、パーティーではアルダールと揃いの服を新調できたし、ばっちりじゃないですかね!
となるとあとは……そう、一番大事なことがあります。
プリメラさまに贈る、プレゼントをどうするか……ってことですよ!!
「どうしたんだい? 今度はまた難しい顔をして」
「え? ええ……プリメラさまへのプレゼントをどうしようかと思って」
悩みが一つ消えたら次の悩みが出てくるわけで。
アーロンさんのお店を後にした私たちは、その後そのまま帰るのも勿体ない気がして近くのレストランに足を運んでいました。
ただなんて言うか、ちょっと落ち着くと次の悩みが顔を覗かせるって言うかね……。
ここのところ考えることが多すぎて厄介ですよ、本当に。
白髪が増えていたりしたらどうしてくれましょうか!
でもプリメラさまへの贈り物を考えるのはとっても素敵な時間なのでいいんですけどね!
ただ今年は何か、揃いになるものを贈りたいなって。
プリメラさまが揃いのドレスをと願ってくださったように、私もいつか義理の姉妹となる大切な大切なプリメラさまと、長く使えるもので揃いの品が何かあったらいいなと思ったのです。
とはいえこの国唯一の王女に贈る品として、私から贈れるものなんて限られておりますし……アクセサリーだと普段使いできませんし。
まあ私が侍女をしている限りはそういったものは難しいかもしれません。
(親しい関係だとみんなもわかっているなら、侍女ではなく子爵令嬢、いえ、子爵夫人? どっちでもいいけど……それならきっと許されることを前提として……)
さすがに公式の場では難しいでしょうけども。
リボン……は私が使いませんし。
化粧品……もちょっとねえ。
装飾眼鏡!? いやいや、笑いを取りに行く場面じゃないですし。
「あっ……」
靴なんてどうでしょう。
ドレスの下ですし、隠れたおしゃれグッズとしても大好評。
扇子などですと見えることもあって仲良しアピールがしやすいものですが、靴をお揃いにってのも素敵じゃないですか!
その靴を履いて一緒にお出かけしましょうね、みたいな!!
「……いい案が浮かんだみたいだね」
「やだ、ずっと見てたの?」
「それはそうだよ。……そろそろ、未来の夫にも構ってほしいんだけどなあ、奥さん」
「おくっ……気が早い!」
「いいじゃないか。もう殆ど一緒に暮らしているようなものなんだから」
クスクス笑うアルダールに今だに勝てる気がしません。
私の頬を撫でるようにしてごくごく自然に私の手を取ってキスをするとか、上級者過ぎません?
「それじゃあ未来の旦那さまは私に何をしてほしいの?」
「……うーん、そういう言い方はそのうち後悔することになるから気をつけてもらうとして」
「え?」
「今はとりあえず、一緒にこの時間を楽しんでくれたら嬉しいよ」
「……は、はい……」
うちの!
旦那さまが! 変わらずイッケメェンで私はドッキドキですよ!!




